Angel 13 皇子トラヴィス
「という訳でだ。ウォータースとフィリップは国家反逆罪として処刑する――やれ」
アドナイ第一皇子のトラヴィスは黒い笑みを浮かべる。
トラヴィスの付き人は、フードをしたまま、身長程の黒い棒を持ち出す。
風を切りながら横に薙ぎ払うと、先端から刃が飛び出した。槍に近い戟と呼ばれるそれは、真っすぐにフィリップを向いている。
「——仕方ない、俺も無様に殺されると言うのは気に食わん。悪いけど久しぶりに本気を出すとすっかな」
フィリップはレイピアを抜刀し笑って見せる。そして己の右目を水色に光らせた。
「——斬風烈靱!」
アルゴーとは比較にならない斬撃速度と斬風烈靱の密度がフードの男を襲う。男は長い戟をコンパクトに持ち、斬風烈靱を掻き消していく。
しかし接近したレイピアの手数の多さは圧倒的だ。フィリップは隙の生まれにくい突きを主体に立ち回っているため、ローブの男は反撃に出れずにいた。
「ッ……」
ローブの男は居心地が悪そうにしている。柄の部分でガードを続けるが、致命箇所を守るので精一杯のようで、腕や足にはダメージが蓄積されていく。
ローブの男はガードをしながら少しずつ後退していく。ここは室内だ。直ぐに背中が壁に付く。これで逃げ場は完全に失われただろう。
その隙を見逃すフィリップではない。レイピアを振りながら空いている左手で注射器を取り出し、自らの太ももに突きつける。中にある銀色の液体は、フィリップの身体に入って行った。
「悪いな。これで終いだ」
フィリップの右目の幾何学模様は、身体を侵食していき、やがて右腕まで紋様で包まれた。magica本来の上限を無理やりに引き上げたのだ。右目からは血が滲み、身体の節々が軋み始める。
嫌な感覚を耐えながら、男目掛けレイピアを横に薙ぎ払う。
そこで発生した斬風烈靱の斬撃の大きさと威力は驚異的なものだった。
分厚い壁を切り裂き、廊下を超え、周囲の窓ガラスを衝撃だけで粉々に粉砕させていった。外から吹き込む風を感じながら、肩で息をする。口からは鉄の味がした。
どうやらこれほどの出力をした後は、少し動けなくなってしまうらしい。フィリップは自身のもろさに自嘲した。
実際の戦闘時にはあまり使えた代物ではない。
だが完全に殺した。いや、ここで殺さなければいけなかった。
しかし、飛び散っているはずの血潮も、分断されたはずの肉塊も見当たらない。
身体が血の一滴も残さず粉砕されたとは考えにくい。あくまで斬風烈靱は斬撃の延長線上にある能力だからだ。強化されているとはいえ、それほどの力はない。
「ぐはっ……」
フィリップが代わりに見たものは、自分の胸元に刺さった黒い戟。後ろから刺されたそれは、身体をえぐりながら引き抜かれた。
倒れる直前、男の方を見る。男はフィリップの《《影の上》》に立ち、真顔で返り血をぬぐっている。
「促進剤を使ってその程度か。お前のmagicaは弱いなぁ……哀れになるほどに才能が無い。いくら技能を身につけても限界はある。その証拠がお前だ」
男は馬鹿にするように言葉を吐き捨てる。
外から吹き込む風で男のフードが揺らいだ。ちらっと見えた男の顔は衝撃そのものだった。男が異形という訳ではない。
——ただ、フィリップはトラヴィスを恐れた。その顔をフィリップは知っている。
「——お前は……。ははっ、全部、手のひらの上……かよ……この悪魔、め」
「《《悪魔》》か。ははっ! それはそれは。確かにこの俺は天使にも負けてはいないと自負している。だが、本物の悪魔に失礼だとは思わないか? フィリップよ」
死にゆく意識の中で、最後に映ったトラヴィスの顔は愉悦そのものだった。
フィリップは無念の中で息を引き取った。
第一章 アルゴー編完
これにて第1章完結です!
読みずらい文体だとは思いますが、ここまで読んでいただき有難いです……ブックマーク及び感想いただけますと非常にありがたいです。ぜひ
以下は用語解説です。
・天使 聖歴0年に空から舞い降りた生命体。すべて合わせて6体が確認されている。降り立ったままの姿を原体、何らかの事情により人に入り込んだ姿を仮体と呼称する。
・magica 天使の降り立ちと共に観測された先天的な異能力。近年では、magicaを移植することも成功しており、聖歴0年以前の人間も疑似的に保有している場合がある。(例 ウォータース
また、適性の無いmagicaを移植した人間は様々なリスクがある。
magica発動時は片目が幾何学模様に光る。
・適性体 すべてのmagicaに適性がある人間。天使は適性体にしか宿ることが出来ないため、適性体は重要なサンプルや天使の器として用いられる。
・アドナイ 戦争唯一の勝利国。現在は世界の全てがアドナイの領土となっており、地域によってナンバリングされている。基本的に1に近いものが発展しており、アドナイ本国に近いものとなる。
・アルゴー 船体やシステムなどがmagicaのみによって構成された客船。現代技術の披露の場であり、フワネエルが披露される予定であった。
・コンフェッサー アドナイの保有する研究機関。上位の研究者は聖席と呼ばれ、アドナイから付き人が付けられる。付き人は研究者の監視の側面もあるため、かなりの戦闘力を誇る。




