第九話
「えぇー?まさかこんな展開なのー?!」
ある日のこと、お気に入りの恋愛小説を読んでいるお姉ちゃんが不満気な声を上げた。
…余談だが、お姉ちゃんも「ヴァン君イケメンに育ったよねー」と言っていたので、辺境伯の息子と偶然の出逢いを演出してくっつけておいた。
テーマは『遊びに行った町でしつこいナンパ男から助けてくれたイケメンが、国の重鎮である貴族の息子という優良物件だった件』である。
『不穏の芽は早めに摘むべし』
達筆師匠の教えだ。おまけに貴族との繋がりができたので、我が家も安泰である。
「その恋愛小説って、幼馴染同士の女の子と男の子の話だよね?」
恋に恋するお年頃の女子に大人気の恋愛小説——前回までのあらすじでは、友達以上恋人未満になった二人が、どちらが先に告白するか——で終わったはずだ。
「それがさー、療養のために引っ越して来た儚気な美女とくっついちゃったんだよ!何年も一緒にいた幼馴染をあっさり捨てて!」
「薄情な男だねー」
他人の恋バナよりも自分の恋に忙しい私は、あまり興味がなかった。不穏の芽をきっちり摘み取っておかなかったヒロインが悪いと思う。芽は芽のうちに、摘み取っておかねばならぬのだ!芽が育って、蕾となり、花開く前に!!
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「初めまして。王都からこの村に療養で引っ越して来ました、リリーと申します。どうぞよろしくお願いします」
「………………」
「ほら、マリアンヌもご挨拶して。初めまして、僕はヴァンと言います。こちらは幼馴染のマリアンヌ。リリーさんと僕らは、同じ位の年齢かな?よろしくね」
…儚気な美少女が都会から引っ越して来た。
…これは由々しき事態である。
垢抜けた都会的で儚げな美少女リリーは、たちまち村の人気者となった。リリーは明るくて、誰にでも優しい。
体が弱いのは本当で、いつの間にか立っていた立派なお屋敷から出る事は少ないけれど、体調が良い日はゆっくり散歩をしながら、村人たち笑顔を振り撒いている。村人たちも嬉しそうにリリーを取り囲み、楽しそうにお喋りをしている。
ヴァンも時折リリーから頼まれ事をしているみたいで、屋敷の庭に咲く花の手入れをしたり、体力のないリリーの代わりに買い物の荷物を持ったりしている。
私ももちろんヴァンにくっついて行って、ヴァンとリリーが二人きりになるのを阻止しているんだけど…リリーが引っ越して来る少し前から私の周りに集まるようになった鳥たちが、リリーに対して露骨に威嚇するような仕草をするから少し困る。
牽制とはこっそり水面下でするものなのだ。病弱な美少女を狙って、糞を落とすのはやめて欲しい。恋バナに出て来る悪役令嬢も真っ青の悪行だ。
「マリアンヌはリリーが苦手?リリーがいると、少し機嫌が悪いよね」
ヴァンが単刀直入に聞いて来た。
「えっ…そんな事ないよ!最近風邪気味で…ちょっと体調が悪いだけ」
ストレートの豪速球な物言いに、私は狼狽えてヴァンにはすぐバレる嘘を付いてしまった。リリーに嫉妬してるなんて、ヴァンには知られたくなかったから。
「無理しないでいいよ。マリアンヌが風邪を引いた事なんて、一度もないでしょ?怪我したって不思議な力ですぐ治っちゃうし」
私は生まれてこのかた、病気になった事が一度もない。流行り病で村のほとんどの人が伏せっても、私だけピンピンしていた。怪我だってそう。かすり傷くらいなら一瞬で治ってしまうのだ。
「それにリリーが来てからのマリアンヌ、一人だけ雨に打たれてずぶ濡れになってる時あるし」
「……」
村は晴天なのにもかかわらず、私の上に出て来る雨雲のせいで、セルフ濡れネズミになっている事があるのがヴァンにはしっかりバレていた。
「…実はリリーのことで、気になっていることがあるんだ。マリアンヌ、もう少しだけ時間をくれないかな?」
そう言うと、ヴァンは立ち去ってしまった。
「リリーが気になる?時間が必要??ヴァン…あなたもリリーのことが…好きになってしまったの?」
摘み取れなかった不穏の芽が、いつの間にか花開こうとしていた。
数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。
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