第八話
「僕はマリアンヌの笑った顔が好きだよ」
私がヴァンへの恋心を自覚したのは、ヴァンからこの言葉を貰った時。
私は物心ついた時から、魔法だけど普通の魔法とはちょっと違う不思議な力が使えていて…それを知って村にやって来た教会の神官から、意地悪を言われてしまったことがあった。落ち込む私にヴァンが優しく慰めながらかけてくれたのが、その言葉だった。
そう言った後に優しく微笑むヴァンを見て——私はこの笑顔をずっと見ていたいと思った。
「私もヴァンが好き!!」
私もすかさずそう答えて、これでヴァンとは両思い!って思ってたんだけど。
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「ヴァン君はマリアンヌの『笑った顔が好き』って言ったんでしょ?」
お姉ちゃんにそう言われて、気が付いてしまった…『マリアンヌが好き』とは言われていなかったことに!
「ヴァン君はまだ小さいのに、気遣いが大人顔負けなのよねぇ。その時々で一番欲しいと思ってる言葉を、さらっと言ってくれるのよぉ。マリアンヌが勘違いしちゃうのも分かるわぁ」
ママまでそんなことを言う。
「ヴァン君、将来モテそうー」
「マリアンヌ、ヴァン君が好きなら今のうちから唾を付けとかないと大変よぉ?」
「都会から来た垢抜けた女の子にある日突然、簡単に掻っ攫われちゃったりして」
「うぬぬぬぬぬぬ…」
返す言葉もなかった。
ヴァンはすっごく可愛い顔をしてて、優しくて、難しい言葉もいっぱい知ってる。器用で何でもできて、魔法も上手。だから大人になったら、とんでもないイケメン…お姉ちゃんがよく読んでる恋愛小説に出てくる「すーぱーだーりん」とやらになるはずだ。
きっとヴァンを好きになってしまう子が、たくさん現れてしまう。これは由々しき事態である!
「ヴァンを都会の女に掻っ攫われてなるものか!!」
未だ見ぬライバルに、私は闘志を燃やした。
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「…とは言うものの、一体どうすれば良いのかしら?」
辺境の村に来るのは、行商のおじさんか郵便配達のおじさんしかいない。そういえば、前に来た意地悪な神官もおじさんだった。この村にはおじさんしか来ない。
教会もない、お店もない、あるのは畑と家畜だけというこの村に、わざわざ来る年頃の女の子なんているのだろうか?
「今のまま、ヴァンの側にずっといるだけでも良い気がするなー…あれ?」
芝生に寝そべって、虫たちに集られながらそんな事を考えていると、空からヒラヒラと鳥の羽根みたいな物が落ちて来た。銀色に光るその羽根には、よく見ると何かが付いている。
『一番の恋の好敵手は、己の慢心。努力を怠るな』
筆で書かれた達筆な手紙だった。
「そうね!誰も来ないから良いってわけじゃないわ!!ヴァンにちゃんと好きって言って貰えるように、今まで以上にヴァンの視界に入るようにしなきゃ!」
それからの私は、常にヴァンの後を付いてまわる事にした。いつ何時もヴァンがどこにいて何をしているか、ヴァンの一日の予定を把握し、ヴァンの隣をキープする。村のみんなの微笑みが苦笑いに見えるけど気にしない!
「うんうん、いい感じだわ!ヴァンから『ずっと僕の隣にいて、勉強してるところ全然見ないけど大丈夫?』って心配されるくらい、ヴァンの視界にしっかり入ってるわ!!」
私の努力は着実に実を結んでいるようだ。ヴァンへのアピールは上々である。勉強とは?
「このままヴァンの横にしっかりベッタリくっついていればもう大丈夫——あれ?また何か落ちて来た」
空から羽根が落ちて来る。
『恋は常に油断は禁物。己の能力を発揮すべし』
達筆な筆文字の手紙、再びである。
「…確かに村に新参者は来ないけれど、年頃の女の子が村にいないわけじゃなかったわ!いつも私がヴァンにへばり付いてるからって安心できないわ!」
私は行動を開始した。
村の東に「ヴァンくん格好良い!」と騒ぐ者があれば、行って虫パワーを使役して牽制し。
村の西にヴァンに助けられている者があれば、行ってヴァンの手助けをしつつも、ヴァンに悟られぬように植物パワーを駆使して牽制する。
私を見る村人たちの視線が、生温いものに感じるけど気にしない!不思議パワー万歳!!
何だか良く分からないこの不思議な力。魔法みたいだけど、ヴァンが使ってる普通の魔法とちょっと違う。火を起こしたり、水を出したりする事はできない。植物や虫たちが私を助けてくれる、村の中では私だけにしか使えない不思議な魔法。
だけどこの力があれば、ヴァンと両思いになれる日もきっと近いはず!
持ってる能力は使えるモンは使う!
恋する乙女の鉄則よ!!
たぶん!!
達筆師匠!
どなたか存じ上げませんが、私、頑張ります!!
数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。
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