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我の主は聖女、也

「イーグル、今日もありがとう!大好きよ!」


 そう言って我を撫でるのは、我が(あるじ)と決めた人間の雌——女神の加護を授かる『聖女』。名はマリアンヌと言う。


 主と出会ったのは、まだ主が幼少の(みぎり)の事。同族が棲まう集落を飛び出し、己の高みを目指そうと、行く当てもなく空を旅していた途中の事だった。

 そろそろ腹拵えをしようと、小動物(餌共)が密集している一点を目指し下降した処、その中心に妙に心惹かれる魂を持つ、小さな人間の雌がいた。

 それが主であった。食事は美味しく頂戴した。


 主の身体からは、女神の加護である黄金の魔力が美しい粉塵となって常に溢れ出ている。しかし当の主を含め、人間共にはそれが見えていない様子だ。

 そもそも、誰も女神の加護にすら気づいていない。


「なんか不思議な力だねぇ」

「ねー」


 ねー、ではない!!これは由々しき事態である。

 我が主を導いてやらねば!!


 我はそう決意した。

 


‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥



 主の住まう『辺境村』という所は、人間達の長が居を構える『王都』なる所から、幾分か離れた所にある。同族の中でも、我は飛ぶ事に自信がある方だが、その我でも半日程は飛び続けなければ成らぬ距離である。竜種ならば数時間程度、と言った処であろうか。

 奴等は風の抵抗を魔力で制御して飛んでいるので、どの種族よりも速く飛ぶ事が出来る様だ。いつかは我も会得したいものである。


 さて、その辺境村は王都の人間からは『ど田舎』と言われている土地らしい。意味は解らぬが、良い意味ではなさそうな響きである。

 この世で唯一女神の加護を持つ主が下等な人間共から揶揄されるのは、眷属筆頭の我としては許しがたい侮辱だ。

 我は主の小間使いである小僧を使役し、主の身の回りの世話をさせる事にした。主はこの小僧を憎からず思っている様子だが、眷属筆頭である我が認めていないので、奴は永遠に小間使いなのである。



「イテッ!…何だろう?上から何か降ってきた?」

「ヴァン!大丈夫?!これ…本?随分古そうな本ね」

「何語で書かれてるんだろう?古代語?」

「ヴァンってば古代語も分かるの?」

「最近、暇つぶしに勉強してるんだ。読めるようになったら楽しいかなって思って」

辺境の村(田舎)じゃ、娯楽が少ないもんね…」


 小僧は手先が器用らしく、普通の人間ならば一属性しか使えないはずの魔法も、四大属性である火・水・風・土の全てが使える様だ。小間使いならば、主を守るべく力を磨くべきだ。我は、嘗て『魔導王』と呼ばれた人間が記した書物を小僧に与えた。人間共が滅多に訪れる事の無い、崩れかけた洞窟の中で偶然見つけた物だ。これで腕っぷしの方は、少しは使い物になる筈である。



「うわっ!何か降って来た」

「もう!またイーグルね!ごめんね、ヴァン」

「気にしないで、マリアンヌ。イーグルのおかげで僕の趣味が増えたから、結構楽しみにしてるんだよ」

「ヴァンってば本当に優しいんだから。いつもありがとう!」

「今度は何を作ろうかな?マリアンヌはどれが良い?」


 小間使いの基本は、主の身の回りの世話である。我には人間の食べ物が解らぬ故、王都に住む配下である自称食通の鴉共に、『グルメ本』とやらを調達させた。

 それから、年頃の人間の雌は衣服にも気を使うらしい。『ファッション誌』なる物も一緒に調達し、小僧に与えた。小僧は料理も裁縫も会得した様子である。



「これ、一応出来たけど…イーグル、何に使うのかな?」

「これ一つで家が建つわよ」

「犯罪に加担してる、とかじゃないと良いんだけど」


 物を調達するのに、人間共は『(きん)』なる物が必要らしい。鴉は『(かね)』とも言っていたが、我に違いは分からぬ。要は、丸く光る小さな何かが必要なのだろう。眷属のせいで、主が盗っ人呼わりされるのは好ましく無い。

 我は小僧に魔法の練習用で与えた『金鉱石』と呼ばれている石ころから『(きん)』を作らせ、それを書物を扱う人間に与えた。すると、人間が自ら勧んで書物を献上する様になった。良い傾向である。



「マリアンヌの不思議な力は、女神様の加護だったんだね」

「そうみたい。これからは毎日、女神様にヴァンの幸せをお願いするわ!」

「ありがとうマリアンヌ。僕はマリアンヌや村のみんながいつも笑顔で過ごせれば、それだけで幸せなんだ。だから無理しないでね」

「ふふっ。ヴァンは本当に優しい!そういうところが大好きよ!!」


 辺境村にアルラウネの侵入を許してしまったのは、我にとっては手痛い失敗であった。

 人間に擬態するアルラウネに糞爆弾攻撃を仕掛け、小僧に危険を知らせるのは容易かった。しかし我も一緒に眠らされるとは、我が生涯一生の不覚!八つ当たりに小僧を啄いておいた。

 だがこれを機に、主が自らが持つ女神の加護に気付いたので、良しとしよう。


 しかし主の力が高まる程、主を利用しようと良からぬ輩が増えるやも知れぬ。

 我ら鳥族は勇敢で忠誠心は高いが、残念ながら非力な者も多い。これからは更に強固に主を守るべく、大型の獣共に主の守護を任せると、我は旅に出る事を決意した。


 目的は世界最強の竜種、レッドドラゴンに(まみ)える為である。

 

 我の存在を力で示せと言うドラゴンとの激闘の末、我は奴に辛くも勝利した。そして主の下へ仕える様、進言したのだった。

 この戦いで、我は竜種の魔力操作で飛行する方法を会得し、以前よりも数十倍速い速度で飛翔出来る事となった。我は、より一層高みへと登る事に成功したのである。



「これは…またイーグルの催促かな?」

「もうあの子ったら!言うこと聞かなくていいのよ?」

「うーん…でもイーグルの事だから、何か必要があってなんじゃないかな?」

「だけど…これ大変じゃない?本当にいいの?」

「前にも作った事があるから大丈夫だよ」


 丁度その頃、王都の各地で諜報をしている配下の雀共から、人間の長が主を探しているとの知らせが入った。長は主を招いて、大々的な宴を催す予定らしい。遂に主の存在をこの世に知らしめる、絶好の機会が訪れたのである。我は小僧に、主に最高の身支度を用意させる様、(しか)と命令した。


「今回はちょっと急だったから、時間が足りなくて…アクセサリーはお姉さんの借り物になってしまってごめんね」

「気にしないで良いのよ、ヴァン!元々お姉ちゃんのアクセサリーだって、ヴァンがお姉ちゃんのドレスと一緒に作ってくれた物じゃない?この前お城のパーティに着て行ったら、みんなから大評判だったって言ってたわ!このドレスもお姉ちゃんのと色違いで、とっても素敵!ありがとう、ヴァン!!」


 人間の雌の衣服は、複雑怪奇である事は見て取れた。幾ら器用な小僧とはいえ、練習が必要だと思い、主の姉の衣装で練習をさせておいて良かった。魔法で生成させた『ダイヤモンド』なる石ころを散りばめた衣服は、輝く星の如し。女神の愛し子としての主の魅力を引き立てた、良い出来栄えであったと思う。小僧には決して言わぬが。



 だが、人間の長に招かれた夜の事。愚かな人間の手によって、小僧は呆気なく死んでしまった。腕っぷしを鍛えたつもりであったが、奴に与えた魔導書は『錬金術』なる魔導書で、己の身を守る術は記されていなかったらしい。

 …我の落ち度であった。


 悲しみに暮れる主の叫びを聞きながら、世界が裂けて行くのを感じる。それと共に、我の身体も粉々に砕け散って行く。

 己の至らなさを、不甲斐なさのせいで、主を悲しませてしまった。主の為に出来る事はまだあるはずだ!このまま塵芥となって消える訳には行かぬ——!


 すると——消えかかっていた我の意識が急に浮上した。四散した筈の我の身体は以前よりも大きくなり、炎の様に光り輝いていた。

 この世の全てが消滅し暗黒に包まれた空間で、我の発する光は、弱々しく泣き崩れている主の魂を照らした。


 我は、暗闇の中を翔んだ。輝く背中に主を乗せ、光の如き速さで。

 主が探し求める、小僧の下へ——



 …多少不本意であってのは、否定しない。



‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥



 世界が再構築され、主と小僧は永遠の命を得た。我も神鳥となり、主と悠久の時を過ごす事となった。眷属筆頭として、当然の事である。


 長い時を経て、いつしか主は『聖女』ではなく『魔女』と呼ばれ、小間使いの小僧は『魔王』等と呼ばれる様になった。だが我にとって、主は主である事に変わりはないし、小僧は永遠に小間使いのままである事にも変わりはない。

 ただ一つ言える事は——



「イーグル、今日は君の好きなハンバーグを作ったよ。良かったら食べて行ってね」



 此奴(ヴァン)の作るハンバーグとやらは、世界一美味い。



これにて、本編・番外編と共に終了です。


数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。


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