第二十二話
「あっさごはーん!あっさごっはーん!お城の朝食が楽しみ過ぎて早起きしちゃった」
マリアンヌが身支度を整えていると、扉をノックする音がした。昨日から身の回りを世話してくれている侍女が現れた。
「おはようございます聖女様。朝食前に申し訳ございませんが、殿下がお呼びです」
「えぇー…朝食後じゃダメですか?」
マリアンヌは不服そうだ。
「はい。火急の用とのことでして…」
「ヴァンは?」
「ヴァン様は殿下の御前で、既にお待ちとの事です」
「ふーん…ヴァンも行くなら声かけてくれれば良かったのに。まいっか!じゃあ行きましょ」
侍女に連れられて向かった先は宝物庫だった。部屋の入口は兵士が何人も行き来し、物々しい雰囲気だ。
「聖女マリアンヌ…お待ちしておりまし…あっ、ちょ、すみません!これ以上貴女様に近寄りませんので、力を抑えていただけませんか?」
聖女の力で強制パントマイムになりかけた王子が、慌てた様子でマリアンヌに声を掛ける。
「はぁ…こちらこそ失礼しました。で、何のご用ですか?」
マリアンヌは不機嫌を隠さない。
「ヴァンもここに来ていると聞いたんですが…彼はどこですか?」
王子は声色を落として語った。
「実は昨日の夜半、この宝物庫に賊が入ったとの知らせを受けまして…抵抗された為、斬り伏せたとのことですが…」
そう言って、王子が部屋の中が見える様に移動すると…血の気の失せた顔で、空を見つめる男が横たわっていた。その瞳は見開かれているものの、光を宿してはいない。
「ヴァン、ヴァン!一体、何が?!」
王子が重々しく言葉を続けた。
「どうやら、この部屋の宝飾品に目が眩んだようでして…国宝のダイヤモンドを持ったまま離そうとしないので、やむなく警備の兵士が斬った、と…」
男の手には、赤子の拳大サイズのダイヤモンドが握られていた。
「宝物庫に押し入るのは大罪です…いくら聖女様の大切な方とはいえ、このような形になってしまい…残念です…」
マリアンヌが斬り捨てられた男に手を伸ばす。
「ヴァン…あぁヴァン!なんて酷い…こんな、こんな…」
「気を落とさないでください、聖女様。悪いのは貴女ではありません。お部屋に移動しましょう。朝食もまだでしたね。少し落ち着いたら、ゆっくり今後についての話を…」
王子が立て続けに話すのを無視して、マリアンヌは絞り出すように呟いた。
「…ヴァンが泥棒なんて…そんなことするわけないわ」
「お言葉ですが聖女様!事実、この男はこうして国宝を——」
王子がマリアンヌに言い返すが、マリアンヌはそれを遮る。
「だって!ヴァンはダイヤモンドなんて、どんな大きさの物でも魔法で簡単に作れるのよ?!こんな小さなダイヤ、わざわざ盗む意味がないわ!!」
それを耳にした王子が、目を見開き絶叫する。
「魔法でダイヤを創造するだと?!そんな芸当、王国いちの魔導士でも不可能だぞ!」
驚愕のあまり、王子の口は止まらなくなっている。
「クソッ…どこまでも目障りな平民男め!そんなことができると知っていれば、生かしておいたものを!!あっ…」
思わず口を滑らせた王子を、マリアンヌがギリッと睨みつける。
「…やっぱり貴方が、ヴァンを殺したのね…」
マリアンヌの髪が、重力に逆らうように天に向かって靡く。身体が光を帯び、彼女の足元の床から亀裂が入る。
「ごっ、誤解です!私は聖女様のために…」
王子の言葉は、マリアンヌの耳には届かない。
「煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い…」
床の亀裂が王宮の壁に広がり、ガラガラと大きな音を立てた。既に何処かが崩れているような異音が響き渡り、粉塵が舞い上がる。
「殿下、ここは危険です!!お逃げください!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
兵士や王子が慌てて逃げていく。部屋は既に原型を留めていない。空は雷鳴轟く大嵐となり、マリアンヌと残された男の体には、豪雨が叩き付けるように降り注ぐ。
「ヴァン…私のせいで…私が一緒に来てなんて言ったから…私がっ…貴方を巻き込んでしまったから…」
マリアンヌは冷え切った男の体を抱きしめ、咆哮した。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
全てが一瞬で金色に染め上げられ——
世界が一つ、滅んだ。
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