第二十一話
不機嫌な態度を崩さず、王子は言い放った。
「俺は女にはそれなりに人気があるんだよ。そのお陰で、多くの女たちを見てきた」
確かに一般的に言えば、王子というだけでも充分モテそうだ。その上、眉目秀麗とくれば放っておく女性は皆無かも知れない…残念ながらマリアンヌの好みから外れていたみたいだが。
「晩餐会の間、聖女を見ていて気づいた」
強制パントマイムをしながら、僕たちを観察していたらしい。
「聖女の君を見る視線は、絶対的な信頼と揺るぎない好意。いくら金を積んでも、地位ある者が近づいても壊れることのない純粋な愛情。いやぁ!実に美しい!素晴らしい!!さすがは聖女様だ!!!」
王子が髪をかき上げ、芝居掛かった仕草で話す。
「あの熱量の恋心は、俺も身に覚えがあるよ。身を焦がすような情熱的な恋心。俺を好きになる女たちもそうだった。一方的な感情を押しつけ、勝手に盛り上がり、勝手に落胆し、自滅する」
王子がそう言いながら、僕との距離を詰めて来る。
「追い払っても閉じ込めても、あの手の輩はどんな手段を使っても舞い戻って来る。付き纏い、自分にとって都合の良い解釈で振る舞い続ける強欲の塊だ。俺は聖女以外に興味がなかったから、全て根源から遠ざけた。欲望に忠実なのはお互い様だが…俺は幸いにもこの国の王子…王子という身分は、色々便利なんだ」
狂気を孕んだ瞳で、王子が僕を見据える。
「聖女マリアンヌ、彼女も利己的な部類の女だろう?君に失恋したくらいでは、到底諦めがつかない。打算も拒絶も受け入れない——君がこの世に存在する限り」
王子は腰に下げていた剣を抜いた。
「…最初から、僕を殺すつもりで呼び寄せたんですね」
「残念ながら、そうだ。あの手の女は思い込んだらどこまでも一途だ。良くも悪くも、ね。君が死んだら後を追おうとするかも知れない。だが、聖女は女神の加護の力のせいで簡単に死ねない」
『女神の加護』は、マリアンヌを守ろうとする力そのもの。マリアンヌの身を傷付けるのは、マリアンヌ自身にも難しいのは確かだ。
王子が冷たい笑みを浮かべながら言う。
「だから俺が、聖女様を慰めて差し上げようではないか!君さえいなければ、邪魔は入らない。邪魔をさせない。王宮で囲い込んで、誰にも会わせない」
「マリアンヌを監禁する気ですか?」
「監禁なんて人聞きの悪い事を言わないでくれ。これは国による保護さ!」
「…マリアンヌの力は強大です。閉じ込めるなんて無理ですよ」
しかし、王子は僕を見下すような表情で言葉を続ける。
「だったら尚更、君如きには無用な力だろう?聖女の力は素晴らしいが、同時に危険なものだ。最強のドラゴンをも支配し、人の思考すら操る。ただの平民である君のような農夫より、俺のような一国を背負う王族ならば、彼女の力を正しく行使することができる」
僕は壁際に追い詰められた。逃げ道は——ない。
「悪く思わないでくれ、平民くん。君は俺の治世のための尊い犠牲だ…聖女マリアンヌは、しかと貰い受けたよ」
——鋭い痛みの後、僕の意識は暗闇に沈んだ——
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