第二十話
『ありがたや〜』コールで晩餐会はお開きとなった。マリアンヌを見ると恍惚とした表情で祈りの姿勢を崩さなくなった王の計いで、王宮に泊まる事になった夜更けの事。『マリアンヌには内密の話がある』との手紙を受け、僕はとある場所に呼び出されていた。
兵士の先導で通された部屋。それは鎧や宝石箱、壁に掛かる幾枚もの絵画等、様々な美術品が保管された場所だった。
「やぁ、平民くん。夜分に申し訳ないね」
僕を呼び出したのは王子だった。僕はすかさず礼の姿勢を取る。
「堅苦しい礼儀作法は不要だ。平民の君には難しいだろう?」
王子はフン、と鼻を鳴らし僕を見据えた。
「えーっと…とりあえず殿下は、正気という事でよろしいのでしょうか…?」
王と司教の頭にあった牙の生えた笑う花は咲いていないようだ。
「見えない壁に阻まれて、部屋の隅に追いやられていたからな!得体の知れない霧を吸わずに済んだのは幸いだったが!!」
パーティが終わるまで、王子はずっと壁際でジタバタしていた。マリアンヌが「パントマイムみたい」と、少し笑っていたのは黙っておこう。
「やはり、聖女がいなければ君に近づく事ができるのだな…聖女の加護は絶対だが、物理的に距離を離してしまえば発動しないということか」
王子がぶつぶつと呟きながら、僕の方に歩みを進める。
「なぁ、平民くん。君にお願いがあるんだ」
「…何でしょうか、殿下」
王子は不敵な笑みを浮かべながら話を続ける。
「聖女マリアンヌを俺にくれないか?もちろんタダで、とは言わない」
王子は宝の山を指差しながら、大仰な仕草で僕に提案をする。
「ここは王家の宝物庫。君に好きな物をやろう。この大粒のダイヤモンドなんて素晴らしいだろう?売り払えば、一生遊んで暮らせる代物だ。聖女と交換という事でどうだ?」
「お断りします」
僕は即答する。
「マリアンヌが誰を選ぶかは、マリアンヌの意思です。勿論、僕を選んでくれたら嬉しいけれど…マリアンヌを無視して、僕が勝手に話を進めることなんてできません」
僕がそう言うと、王太子が激高した。
「それができたら君みたいな平民に、こんな取引持ち掛けるわけないだろう?!俺は誰もが羨むこの国の王子なんだぞ!何なんだ?!あの蔑むような視線は!!」
マリアンヌから好かれていない自覚はあったようだ。
「あんなゴキブリを見るような目で見られたのは初めてだ!」
「マリアンヌは、多くの人が苦手とするような生き物も愛でるんです。ですからゴキブリを見る視線だって、いつも愛が込められているんです」
「だったら尚の事、俺に対して最低最悪の態度じゃないか?!」
…少し可哀想かも知れない。
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