第二話
この国には、古くから伝わる『聖女伝説』がある。
それは、女神の加護を授かった女性が起こした奇跡の物語。加護を用いて、世に繁栄と平和をもたらした神秘と幸福の象徴。それが『聖女』。
マリアンヌが生まれた日、国中の神官が女神のお告げを聞いたそうだ。
…——万物に愛されし、女神の愛し子が誕生した。その成長を、大切に見守るように——…
「せ、聖女じゃっ!聖女様の誕生じゃ!!」
「教会で育てましょう!すぐに保護の手配を!」
古の『聖女伝説』が現実となり、女神を信仰する教会は狂喜乱舞した。
報告を受けた王と教会の重鎮である司教は、愛し子である聖女を保護すべく、国中を血眼になって探す事となった。
‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥
マリアンヌが聖なる力に目覚めたのは、彼女が一歳の誕生日を迎えた日。
ニコニコと笑うマリアンヌの笑顔に釣られるかのように、彼女の周りには花が咲き出した。
ここは王都から遠く離れている上に、田舎過ぎて教会も神官もいない辺境の村。神のお告げがあった事など誰も知らず。
「不思議な事もあるもんだねぇ」
「マリアンヌは可愛いから、特別なんだよ」
誰ひとり疑問に思わなかった。
それから四年。僕とマリアンヌは五歳になった。
不思議な力で植物を生やすマリアンヌの話がぼんやりと広まり、マリアンヌの噂を聞きつけた神官が村にやって来た。
「珍しい力を有する娘がいると聞いた!さっさと出てこい!」
神官は嫌な感じの人だった。
「それは、私のことですか?」
「お前か?ほらさっさと早く来…うっ…うぎゃあああああああ!!!」
神官が腰を抜かした。
なぜなら、表面がゾワゾワと蠢く、真っ黒い塊が子供の声を発したのだから。
万物から愛されるマリアンヌ。
それは人に限ったことではない。
彼女が草花を咲かせるようになってからしばらくすると、それらを目当てに、蜂や蝶などの小虫が集まるようになった。そしてその虫たちを捕食しようと集まって来た、肉食系の虫も集まるようになったのだけれど…マリアンヌは、そんな虫たちからも愛されるようになり——身体中がびっしりと、虫に覆われるようになった。
「虫まみれの悍ましいガキが、聖女様の訳あるか!!」
神官は下半身から異臭をさせながら、一目散に逃げ帰って行った。
「田舎住まいのワシらにゃ、虫なんて見慣れたモンだがなぁ」
「都会の人にゃ、刺激が強かったのかも知れんなぁ」
村の常識は都会の非常識だった。
「…私、嫌われちゃったのかな?」
落ちこむマリアンヌの頭上に、小さな雲が湧き上がる。黒い色のその雲は雷を宿し、パチパチと音を出しながら光っている。
「そんなことないよ、マリアンヌ!マリアンヌは悪くない!!あの神官さん、ちょっと意地悪そうな人だったもん」
僕は必死でマリアンヌを慰めた。
マリアンヌと僕は、隣同士の家に住む幼馴染。僕たちは兄妹のように仲良く育った。彼女が傷つけられるのは、僕にとって家族を傷つけられたように悲しい事だった。
「ありがとう、ヴァン…ヴァンはいつも優しいね」
「僕はマリアンヌの笑った顔が好きだよ。だから…笑って?」
僕はマリアンヌの笑顔が大好きだった。笑顔のマリアンヌは、大輪の花が綻んでいるみたいだったから。
「私もヴァンが好き!!」
巨大なラフレシアが咲いた。
ちょっと臭かった。
笑顔は見えなかった。
虫のせいで。
数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。
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