第十九話
マリアンヌが王に呼び出されたのは、神秘と幸福の象徴である『聖女』に王や司教の願いを叶えて貰うためだった。
「とりあえず王様と話して、マリアンヌが『聖女』としてどうしたいのかを伝えないと、だね」
マリアンヌが生まれた日に女神の神託があり、それから十八年。ずっとマリアンヌをを探していた二人。このまま何もせず、黙って帰してくれるという訳には行かないだろう。
「国の繁栄を願ってって言われても、どうしたら良いのか分からないわ…」
マリアンヌが困った表情をすると、窓がガタガタと音を立てる。嵐が更に強まった様子だ。
「マリアンヌは僕や村の人たちのために、女神様に祈ってくれるでしょ。それと同じなんじゃないかな?」
「…私が祈るのは、ヴァンの笑顔を守りたいからよ。ヴァンは村のみんなが笑顔でいること好きでしょ?だから私はヴァンのために、村のみんなのことをお祈りしてるの」
「そうだね。いつもありがとうマリアンヌ」
「えへへ。ヴァンに褒められると嬉しい」
窓を鳴らしていた風が弱まった。
「王様の言う『国の繁栄』っていうのは、村の人たちだけじゃなくて、この国の人たちのみんなの幸せを祈るってことなのかも知れないね」
「ヴァンがそう言うなら、やってみようかな…『今日もみんなが笑顔で過ごせますように』くらいならできる気がするわ」
そう言ってマリアンヌが祈ると、マリアンヌから金の粒が弾け——王宮全体を黄金色の光が包み込んだ。
「これは…!」
「広範囲の浄化魔法ではないか?!」
「ああ…長年悩まされていた肩凝りが…」
「腰痛がなくなった!」
「目がぁぁ!目がぁぁぁ!よく見える!!」
「何という清々しい気持ちなんだ!!」
「公費を横領してました!ごめんなさい!!」
「妻に内緒の子供がいます!」
「夫に黙って秘密の恋人に貢いでいました!」
「隣国のスパイをしていました!申し訳ない!!」
気になるカミングアウトが漏れ聞こえて来るけれど、みんな幸せそうでとても穏やかな表情を浮かべている。
「良いんじゃよ〜良いんじゃよ〜」
「みんな幸せなら良いですぞぉ〜」
「過去は水に流しましょう〜」
「み〜んなハッピ〜、み〜んな幸せ」
「ありがたや〜聖女様〜」
「ありがたや〜」
「ありがたや〜」
会場中がマリアンヌに手を合わせ、一様に拝んでいる。雷鳴轟く悪天候回復し、満点の星空には流星群が訪れていた。
「これで王様たちの願いは叶えられたわね!明日は村に帰りましょ?」
「うーん、なんか違う気がするけれど…王様たち、幸せそうだから良いのかな…?」
王と司教の頭の上に、見慣れない花が咲いているのが見えた。蕾のように丸い形をした大きな花は、口のように左右に渡って亀裂が入っており、その隙間から牙のようなものが見える。「ケケケケケ」と笑い声が聞こえるのはきっと幻聴だろう。亀裂から霧状の何かが噴射されていて、それを浴びた人々は皆、蕩けるような幸せそうな表情をしている。
「「「「「「ありがたや〜」」」」」」
——会場中の『ありがたや〜』の大合唱にかき消され、僕たちを射抜く視線に気づくことはなかった。
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