第十一話
その屋敷の中は立派な外観とは裏腹に、中はがらんとしていた。使用人がいてもおかしくない大きさの屋敷は、どこか黴臭くて薄暗く、人の気配もない。
ただ一人を除いて——
「あら?マリアンヌ。あなたがひとりで私を訪ねて来るなんて、珍しいわね」
リリーは微笑みながら言った。村に来たばかりの頃の青白かった顔は、今では薔薇色の頬となりすっかり元気になったように見える。
「ヴァンを…村の人たちを眠らせたのは、あなたね」
「眠らせた?一体、何のことかしら?」
リリーが可愛いらしく小首を傾げる。
「分かっているのよ。あなたの仕業だってことは!」
ヴァンが倒れていた小道の先にあるのは、気がついたらいつの間にか立っていたリリーの住む屋敷だけ。ここは村外れの何もない雑木林だったはずで——こんなに立派な大きさのお屋敷の工事をしていれば、誰かしら気付くはずだ。にも関わらずリリーが引っ越しの挨拶をしに来るまで、誰もその存在を知り得なかった。
他にも違和感はあった。王都から引っ越してきたリリー。深窓のご令嬢にも見える彼女は、この屋敷で一人暮らしをしている。体が弱くて療養に来たはずなのに、リリーの身の周りの世話をしている人はいない。通いの使用人を見たという村人もいなかった。
ヴァンはリリーの正体に気付き、一人で向かうつもりだったのだろう。そしてリリーの下へ辿り着く前に…眠らされてしまった。
「あなた…人間じゃないわね」
私は意を決して口を開いた。
「あら?どうしてそんなこと言うの?私、悲しいわ」
リリーが悲しげな表情を作る。美少女の涙目は罪悪感を煽るが、私は誤魔化されない。
「分かってるのよ!あなた、魔物なんでしょう?!眠っているヴァンが教えてくれたの…『リリーに気をつけて』って」
私は持っていた小さな紙をリリーの前に突き出す。眠っているヴァンが握り締めていたメモだ。ヴァンが迫り来る睡魔に襲われながら書いたのであろう、弱々しい文字が並んでいる。
そこに記されているのは『アルラウネ』。
眠らせて人の生気を喰らう魔物——
そう言うと、リリーが俯きながら言葉を紡いだ。
「…へぇ…あの男、人間の癖にしてやってくれるじゃないカ。アタシの術にかかってもまだ喋れるなんテ」
そう語るリリーの声は、さっきまでの鈴の音のような可愛らしい声色ではない。酷く掠れた老婆のような声だ。
「良かったじゃないカ、マリアンヌ。アンタ、アタシにずっと嫉妬していたもんネェ?滑稽だッタよ。か弱い人間如きが!千年の時ヲ生きル植物ノ女王、アルラウネ様に楯突くなんテ!!!」
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