6 れっつごー
その朝、目が覚めた恭平はいつものゲームに手を付けようとはしなかった。
これは恭平のある種の制約であった。
朝にゲームをさわる時は学校以外の予定がないとき、そう決めて行動してからもう3ヶ月はたっている。
「さてと…」
そうつぶやきながら恭平はスマホを手に取った。
昨日遅くまでゲームをしていたせいだろう、少し目がぼんやりしている。
今日はカレンに強引に決められたお出かけの日だ。
強引だったとはいえ恭平も少しいつもと比べて足取りが軽い。
眠い目をこすり、見下ろしたスマホのホーム画面には
「09:51」と、そう機械的に表示されていた。
待ち合わせの時間は10時であった。
「あれぇ〜?おっそいなぁ〜?」
カレンはそうつぶやき、ストロベリーモカを一口飲んだ。
ついさっきそこにあるコーヒーショップで買ってきたものだが、もう中身は半分なくなっている。
ものすごい勢いでスマホのフリック入力を操作し、ものすごい勢いで恭平に対してメッセージを送る。
「さっきからメールも送ってるのに返事ないしぃ〜。もー。なにしてんのぉ。」
そう言いつつカレンは手元にあったストロベリーモカを飲み干し、すぐそこにあるゴミ箱に放り投げた。
時刻はすでに10時をまわっていた。
「うっわぁ…やべぇ…!ちょ、寝坊したぁぁぁ…!」
焦りながら、ぼやきながらも恭平は寝癖を整える。
とっさにカレンへの言い訳のメールを送ろうとスマホに改めて目を通すと、普段の恭平の通知欄にはない異質なものがそこにはあった。
「うわ、何だこのメールの通知!?429件!?」
送り主は想像についていたが一応確認する。
それはやはりカレンであった。
「やっべぇ…返事しないとぉ…なんて言おう…」
なかなか治らない寝癖をクシで撫でつつ、恭平はカレンへの返事を打ちはじめた。
ごめん、寝坊して今起きた。今からすぐ家出る。まじでごめんちょっと待ってて
…と、そう返した。
すっかり家を出る頃には10時半だった。
「あーもう!なんでこんな大事な日に寝坊しちゃうんだよ!」
そうぼやきながら恭平は自転車にまたがった。
そして、急いで待ち合わせ場所であるコーヒー屋へと向かった。
全速力で行っても20分は優に超えるんだよな、と思いつつ、恭平はさらにスピードをあげた。
しかし、こんな何も無いこの町でいったいカレンはどこに向かうのだろうか、そう疑問に思った。
現在の時刻は10時38分。
「ハァ…ハァ…ハァ…おっけ…やっどついたぁ…」
あれから約15分後、恭平はコーヒー屋についた。
すっかり息があがっている恭平はその場にしゃがみ込み、くたっとした。
そういえばカレンはどこにいるだろうか、さすがに店の中にいるんじゃないかな、そう考えた。
「どーだろ…やっぱカレン怒ってるかなぁ…」
そうぼやきながら恭平は連絡をしようとスマホを取り出した。
「きょーへーくぅーん?」
ふと後ろから強烈な気配を感じた。
おそらくそれは体があたってるせいだけではないだろうな、と全身で感じつつ恭平はゆっくりと背後の気配に目を向けた。
やはりそれは予想通りというかなんというか、阿修羅のようなオーラを放っているカレンが後ろにはいた。
しかし顔は笑顔だ。それがまた不気味さを増している。
「カ、カレンさん…その…」
「まずぅ〜?どーしておくれたのかぁ〜?もーいっかい恭平君の口から聞いてみたいなぁ〜?」
そう言うカレンに対して、恭平ははい、としか答えられなかった。
「へぇ〜なるほどなるほどぉ〜私との約束があったのに深夜の2時までゲームしてたとぉ。」
恭平は事の顛末を洗いざらいすべて話した。
まぁ、話したら余計怒るだろうなとは予想していた。
というか、怒らないほうがおかしい内容だ。
「しかもぉ〜?女の子とぉ〜?いっしょにぃ〜?遅くまでぇ〜?」
「確かにそうですけどそれはいつも通りっていうか、その、相手は幼馴染っていうか…」
「へぇ〜きょーへーくん幼馴染の子いたんだぁ〜。へぇ〜。ふ〜ん。へえ〜。」
さっきからとてつもなく怖い。
寝坊したのはこっちだがそこまで怒ることだろうか、と心の隅ですっと思った。
「まぁいいやぁ。ほらぁ、早くいこっかぁ。」
「切り替えはやっ。」
恭平は思わず口走ってしまった。
「えぇ〜?私としてはまだあと1時間くらいは言いたいことはあるんだけどぉ?」
「すみませんでした。」
もうオーラから違うカレンに対して謝ることしかできなかった。
「ほらぁ、はやくぅ。電車来ちゃうよぉ。」
「え?電車?」
そんなことは恭平は聞いていなかった。
「え?逆にぃ、この辺で遊べる場所あると思ってたのぉ?一応ここ恭平君の地元でしょ?」
カレンは煽るように答える。
「まぁ地元っていうかここに今住んでるんですけどね。でも電車を使うのは聞いてなかったんで少し戸惑ったというか。」
「あぁ、そーいうことぉ。まぁ大丈夫だよぉ。ここから電車で30分くらいのとこだしぃ、目的地。」
「目的地の名前、一応聞いていてもいいですか。」
恭平は尋ねる。それにカレンがいつもの味気のある笑顔で答える。
「イオンだよぉ。」
そう言い放った彼女からは、どことなく誇らしげに見えた。
実はこの辺りは田舎だが、ここ周辺はそうでもない。
それこそ山を越えれば今日の目的地のようにイオンとかはあるし、もう少し、電車であと3時間くらい行けば遊園地だってある。
ただ、電車や車を使わないとこの辺りの山を越えるのは難しい。
実際に恭平も試したことはあるが、ものすごい坂道に阻まれて4時間も向こうにつくのにかかった。
それに、その時山の急な下り坂によってブレーキが壊れてしまった。
家族とも最近はもうずっといっしょには出かけていない。
そのため恭平はそういうイオンなどの施設に行くのは久しぶりであった。
「ねぇ〜。恭平くん〜。あっちについたらまずはどこいこうかぁ〜?服買うのもいいしぃ〜、ゲーセン行くのもいいしぃ〜。あ、でもぉ、1番はやっぱりプイキュアショップだよねぇ〜。絶対にイオンにいくならあそこはかかせないよねぇ〜。ねぇ〜?」
思ったよりよく喋る人だな、と思った。
「なんか、カレンって初対面とだいぶ印象違くなったんだよな。」
「えぇ〜?そんなことあるぅ?」
「なんていうか…その…全体的に。」
「私は君と会ってからもこうだしぃ、君に会う前もこうだよぉ。っていうかぁ、私たちまだ2回しかあってないしぃ。」
「それもそうなんだけど…なんだろ、まぁカレンが距離感バグってるのは確かだけど。」
「えぇ〜?心外だなぁ。」
「いやこれはマジ。そうじゃなきゃ俺のこと泊めてねぇ。」
恭平はこの部分を強調して言った。
「まぁ〜。君に言わせればそうなのかもねぇ〜。」
カレンは相変わらずって感じの反応だった。
「あ、そろそろつくよぉ〜。降りる準備してぇ〜。」
「わかった。」
意外とつくのが早かったな、と思った。
「おぉー。ここもずいぶん変わったんだなぁ。」
恭平は老人のような感想を口にした。
「えぇ〜?恭平君ジジイみたいなこと言うねぇ〜。」
そうからかうようにカレンが言った。
「そりゃだって最後に来たのがたしか…小6ぐらい?なんで」
「え?恭平君このへんの人だよねぇ?あそこの町に住んでてここに来ないのはぁ…あっ…」
どうやら配慮してくれたらしい。
「そうだよ、いっしょに来る友達がいないんだよ!」
そう力強く恭平は言った。
「あー…ごめぇん…。でも1人でも買い物に行くならここに来ないとあっちの町にはほとんど…」
そう言いながらカレンは恭平の全身をぐるっと見た。
「あぁ…。はい…。もう何もいいませぇん…。」
「おいなんだよそれ」
変に配慮してくるのが逆に気まずくなるんだよ、と思った。
「まぁ、とりあえず移動しようぜ。」
「あ、うん。そうだねぇ〜。あ、そうだぁ、恭平君の服も今日は選んであげるよぉ〜。」
「あ、服見るんすね今日」
「えぇ?言ってなかったけぇ?」
「言ってなかった」
「そうだっけぇ〜?」
すっかり会話も弾むようになったなぁ、としみじみしてるとカレンがいきなり「あぁ〜!」と声をあげた。
「どうしたの?」
恭平がたずねる。
それにカレンは食い気味に答えた。
「見てみてみてぇ〜!これぇ、プイキュアのガシャガシャ!うわぁ…こんなとこにあるなんてぇ〜!引こうかなぁ?ねぇ?引くべきだよねぇ?」
「引けばいいんじゃないか?それ、レアなモノなのか?」
そう恭平が問いかけたとき、確かに流れが変わった気がした。
「え?恭平君、プイキュアについてぇ、くわしく知りたくなっちゃったぁ?」
「いや、そんなことは…」
「遠慮すんなってぇ、じっくり教えたげるからさぁ!えーっとぉ、まず誰からいこうかぁ。あ!そうだぁ、このギュータンピンクなんだけどぉ、キラキラしてるように見えて実は重い過去を持っててぇ…」
これは20分は覚悟しなきゃな、と密かに思いつつ、カレンのプイキュアの愛を耳から受け取った。
「いやぁ〜!今日っていう日はなんて幸運な日なんだろうねぇ〜!恭平君と来たからかなぁ?」
そうホクホク顔のカレンの横で、恭平は少し疲れたかのように「よかったじゃん」と言った。
カレンの手にはガシャから出た小さなおもちゃがあった。
おそらくはカレンの推しのグッズなのだろう。
さっきの話はほとんど頭に残っていないのでそう断定するしかない。
「よぉ〜しぃ!そしたら今日のお目当てのイオンにぃ、れっつごぉー!」
そう意気込んで駆け出すカレンに対し、恭平はその後ろをとぼとぼと歩いて追いかけるのが精いっぱいだった。
新生茶んです。
ラストの構想とかはすぐ出るんですけどつなぎの部分が全然思い浮かばないんすよね。
話の整合性を取るのがいかに難しいのかを実感してます。
世の中の小説家の人ってすげぇ。
コメント大歓迎です。作者に対してだけなら悪口も大歓迎です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。