13 決戦、
「よし…」
いつもより半音低いしゃがれた声で恭平はつぶやいた。
とりあえず当初の目標は達成した。後は「ハザマ」までのもう一欠片を手に入れる。なに、そう難しいことじゃない。
しかし、腑に落ちない点も数多くある。
なぜ俺は記憶を失っていたのか。
なぜカレンには人並み外れた強大な力があったのか。
なぜ俺は記憶を失っていたはずなのに能力の使い方は完璧に理解していたのか。
なぜ、俺は「ハザマ」を目指しているのか。
まだまだ思い出したいことだらけだ。いや、もしかしたら元からここの記憶はないのかもしれない。
とりあえずそんな宇宙のように無限に広がる疑問はおし殺すことにした。
まずは計画通り、だ。
「消去、改変、復元、巻き戻し、再生。」
一度作った歪みを正すような、そんな行動だっ
「あぁ…。まずは謝らないとね。ごめん、大事なもの壊しちゃってぇ…」
「…は?」
ちょうど「監視者」とやらをカレンがぶっ壊したところにまで巻き戻してしまった。
能力をミスったか。そういうこともあるだろう。
「あっ…ごめん!でもこれは本当に大事な理由があってぇ…」
「加速、と…消去、改変。」
気がつくと恭平は自室のベッドの上にいた。
「…え?どうして…なぜ?」
時計を見ると朝の4時半だった。
「じゃあまさか…」
恭平はスマホを手に取る。そこにはやはりカレンのメッセージがあった。今日の朝確認したのと一言一句同じだ。
「くっそ…なんだよ!一体どういうことだ!」
バン、と恭平は机をたたいた。
「まさか…あいつが死ぬ前に言ってた脅威ってやつか…?」
恭平はそう言うとカレンのこれまでの言動について反芻する。下からは母親の怒声が響いているがもはやそんなものは些細な気がかりにもならない。
「くそっ!どこだ!どこに隠れてやがる!」
部屋のカドというカドに叫ぶが、当然返事は返ってこない。
「畜生!ならもう一回試してやる!加速ぅぅぅぅ!」
そう恭平は叫んだ。
しかし、時はそのままのリズムを保ち、動かなかった。
下からは母親の怒号が聞こえてくる。もうそろそろこの部屋に上がってくるだろう。
「…なんで?なんでなんでなんで?なんで俺の能力が使えなくなってる?」
「もしかしたら私のせいかもよ?恭平?」
「…へ?」
突然、自分の背後から女性の声が聞こえた。いや、女性というには少し幼く、かと言って幼女の声とはどこか違う…そんないつも聞いていた声が恭平の脊髄を伝った。
「…美空?」
「さぁ、誰でしょう?少なくともこの星での名前は…君の言った通りだよ」
「なんで美空が?ここに?どうして…」
「だーかーら、美空じゃないって。私の名前は確か…エムドルド、だよ」
当然わけのわからないことを美空は言う。その表情はいつものニコニコした感じとは違う、どこかの宇宙を眺めているような表情だった。
「話を本筋に戻そうか。君がなんか能力っぽいの唱えてたでしょ。あれを私が上書きしてたの」
「え…?なんで…そんなこと…」
「え?普通にいたずらだけど?面白かった?」
「全く面白くねぇよ!何がしたいんだ!」
「だーかーらぁ、ただのいたずらだってば。あ、それともう一つ理由があったわ…」
急に美空…いやエムドルドは表情を変えた。
「旧友のピンチを助けたかった…かな?」
「は…?旧友…?あいつと…?」
「まぁ、ちょっとね…」
「なんだよそれ…あいつとお前でどんな関係があるってんだよ!」
「それを詳しく知る必要はないよ…だって君は…」
スーッ、とエムドルドは呼吸を整える。
そして儚く、消え入りそうな声と表情でこう言った。
「これから私に殺されるんだから。」
「…そうかよ。ただ黙ってやられるとでも思ってるのか?」
「そんなこと一ミリたりとも思ってないよ。ただ…そうだね、場所を変えようか」
パチン、と指を鳴らした。するといきなり恭平の部屋からあの場所…そう、例のガシャの前にまでワープしてきた。
「おぉ、すげえじゃんお前の能力」
「思ってもない褒め言葉は嬉しくないよ、恭平君?」
「まあいいじゃねぇか、じゃ、始めるか?」
「いいよ、はじめよっか。でも1つ聞きたいことがあるんだ…」
「なんだ?」
「果たして君は、何回この私との受け答えを聞いたんだろうね?」
「ずいぶん面白い煽り方してくれんじゃねぇか!」
恭平は掴みかかるようにエムドルドにかけよった。
(…相手の方が時間操作能力は洗練されている。上書きされこちらの能力は無効化してくるはずだ。無限に時間を戻され、こちらの動きを全て読まれては勝ち目はない。となると…)
「これしかねぇか…」
その間、およそ0.3秒。いつにもなく恭平は冴えていた。
「何しても無駄だってわかってないの?」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!!!」
改変、とだけ恭平はいい、袖から爆竹を取り出す。
「…え?それだけ?そんなのかさぶた1つできないよ?」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!増強、起爆、離脱!!」
その瞬間、辺りは豪炎に包まれた。
「…はぁ…。多分こんなんじゃ死んでないよなぁ…」
あいつは恐らく俺の能力を見誤っていただろう。
俺の能力は「真実の偽装」。漢字二文字の単語であれば宣言するだけで事象を変えられるのだ。例えば 「大岩」といえばまさに大岩といった感じのものを呼び出せるし「知識」といえばこの世の全ての知識を呼び起こすこともできる。ただ、この能力で直接人を殺したり消失させたりはできない。
恭平がついさっき使ったのは「改変」だ。「改変」はその名の通り自分の変えたい事象を変えることができる。そこで恭平は2つの事象を改変した。
まず1つは「爆破物の威力」だ。あれは単純に爆破物の威力を通常の1000倍にした。
そして2つ目は「エムドルドの能力の消失」だ。これによってエムドルドの時間操作を無効化した…と思う。
「一応…密閉、炭素。あ、あと睡眠」
そう恭平がいった瞬間、目の前に禍々しい巨大な箱が顕現した。その箱は瞬く間にパタパタ、と閉じていき、やがてそれは2メートル四方の中ぐらいの箱へと変化していく。
「…なんもしてこねぇよな?大丈夫だよな?」
しばらく待ったが特に変化は起きない。
「…っはぁ〜。疲れるわぁ〜。やっと終わったぁ〜」
恭平はその場に腰を下ろす。
「にしてもなんなんだあいつら…一体どこから…あ、忘れてた。消化。植林」
辺りを包みこんでいた火が消えていく。そして消えた火から新たな命が芽吹きをあげる。その光景は儚くとも美しかった。
「おい!どうした!あいつらからの返事は!」
「それが…ありません!なにかチキュウでトラブルが…」
「くそったれ!そうじゃ、あいつは!?ナグサはどうした!?」
「それが…さっきから連絡はしているのですが…」
「もしや全滅か!?そんなにチキュウにいる脅威は恐ろしいものなのか!?くっ…一体どうすれば…」
「とにかく増員を送りましょう!具体的な対策を講じる時間を稼ぐのです!」
「わしに捨て駒を送れと言っておるのか!そんなことできるわけないじゃろ!」
「できないなら私がやるまでです」
「…くっ…そうか…」
「ゼウス」は荒立てていた口調を落ち着け、深呼吸した。
「わかった…熱くなってすまない…」
「いえ、これは未曾有の危機です。一丸となって乗り越えましょう」
「うむ…」
スーッ、と深く呼吸をした後、側近は声を大にしてこういった。
「皆の者!!今、この天界は存続の危機、窮地に立たされている!この大天災を乗り越えるため私たちは一丸となってこの事象に当たらなければならない!!今ある仕事は後回しにして『チキュウ対策本部』をこの部署で設立する!!この苦難、共に乗り越えるぞ!!!!」
ウォォォォォ、という熱い声が響き渡る。
ふぅ…と側近は息をついた。
「また、休みなしの日が続きそうですね…ちゃんとボーナス奮発してくださいね、ゼウスさん」
「あぁ…感謝する。」
いつにもなく素直で逆に気持ち悪いな、と側近は思った。
[佐野恭平の1日整理脳内日記]
長い一日が終わった気がする。帰った後、お母さんからの追求を逃れるのが何気に1番の困難だったかも。これは冗談だけど。しかし記憶が戻ったとはいえ完全ではない。まだカレンたちの正体まで分かっていないし…何よりあの「監視者」というのが1番の不気味だ。
あれは誰がなんのために、そしていつ付けたものなのだろう…とにかく、明日に備えるとしよう。
あ、忘れてた…「知識」。…やっぱりこれは地球上の情報限定か。カレンとかはさっぱり出てこねぇや。
UFOとかの情報でも整理しておこうかな…。いや、いいや。今日はもう寝よう。
おやすみなさい。