会いたい時にいない
長い残業が終わり、僕は疲労困憊で自宅アパートに帰った。
いつものようにアパート出入り口に設置された郵便受けを確認していると、一通の手紙が入っていた。差出人の名前も切手も消印もなく、僕への宛名が書かれているだけだ。
封を切り、中身を見る。
『会いたい』
おどろおどろしい赤文字で書かれていた。それ以外の文章はない。
僕の背中はゾクリと震え、辺りを見回す。深夜零時にこのようなイタズラはやめてほしいものだ。
投函者は、まだ近くにいるのだろうか。切手も消印もないのだから、直接この郵便受けに入れたのは間違いないだろう。
僕は警戒しながら、恐る恐ると自室の203号室に行った。
ドアに鍵を挿入して回すと、違和感があった。すでに開錠されていたからだ。
(まさか……?)
僕はゆるりとドアを開ける。
玄関には、女が頭から血を流して倒れていた。
*
*
*
「おーい。大丈夫か?」
誰かが僕の頬を叩いていた。どうやら、僕は気を失っていたようだ。
目を開けると、頭から血を流している女と無精髭の男がいた。
「ひえ」
僕は情けない声をだした。
「おいおい。驚くなよ。父さんと母さんだよ」
愉快そうに男が言った。たしかに、無精ひげの男には見覚えがある。
「私は母さんよ」
女は血――おそらく血糊――をハンカチで拭いた。
「び、びっくりさせないでよ。もう」
僕は驚きで声が上擦っていた。こんなサプライズはいらない。
「しかし、お前、痩せたな。会うのは五年ぶりか?」
父親が聞いた。髭には白いものが混ざっており、年齢を感じさせる。
「うん。そうだね。仕事が忙しくて、帰れなくて、ごめんな」
僕は合掌して謝罪した。
「まあ、しょうがないわよね。仕事が忙しそうだし。毎日、メッセージくれているから許しましょう。でも、なかなか会いにこないから、むかついてイタズラしちゃった」
母親は舌を出した。少女であればかわいらしい仕草だが、中年女性がやると痛々しい。
――どうやら、この両親は、僕が本物の息子だと疑っていないようだ。
息子を三年前に殺して、戸籍を乗っ取り、そっくりに整形している別人だと気づいていない。
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