邂逅
「・・・きて・・・下さい・・・・早く・・・・起きて・・・」
何処か遠くで聞こえる声とは違和感を感じる衝撃。
左、右とリズミカルに感じるそれらに対して俺の違和感は増していくが、それは馴染み深い感覚だと段々と俺の感覚が告げていた。
「痛みじゃねえかこれ?」
痛みを発する頬をさすって目を開けた先には二つの肉の塊が。
「スライム?」
ぽよんぽよんと揺れるそれは何とも魅惑的。
スライムを思わせる瑞々しさに混乱は深まるばかりだが。
「起きましたか? で、あれば説明を求めたいのですが」
何故か肉の塊が理性的に言葉を発する幻想を見てしまい、再度目を閉じようとした最中。
「痛い!?」
ピシッと空気が裂けるような音と共に頬から痛みが走り、慌てて目を開くとそこには振り上げた掌。
馬鹿につける薬は痛みだとでも言う様に振るわれる暴力に対し、逃れるべく俺は大慌てで飛び起き距離をとる。
「いきなり何なんだ? それにお前は誰なんだよ」
暗闇の中であろうとも暗視であれば問題無く襲撃者の姿を捉えており、その姿は何ともアンバランス。顔の造形はエルフに近く美女と呼んで差し支えは無いのだが中身が幼いのか無理やり押し込んだような違和感。黒髪の垂れる首からしたについても何とも蠱惑的であるのだが、彼女にそうした思惑がないのか前世でいうところのスポーツ少女の様な雰囲気を感じてますます混乱してしまう。「・・・・・整合性がとれてない?」
生活をしていけばおのずとそうした感覚は身についていくもので、ここまでズレているのは異常そのもの。目の前に生じた謎に頭を悩ませるが・・・・・。
「・・・・・あっ」
俺が今の今まで何をしようとしていたのかについて思い出して間抜けな声を漏らしてしまった。
「俺が作ったんだったな・・・・」
死んでいた高位エルフの肉体と魂に周囲の者達を素材として作り出したのが目の前の彼女。
記憶については精神の汚染度からして自我崩壊が免れなかった為、封印の後に補強。
肉体についてもそこらにパーツは余っていたので、それらでもって生物としての枠組みの限界、否・・・それ以上のスペックでもって作り上げた結果がこれであり、自然と魅力値もカンストしたのか色々とやばい。対面するだけで色香を感じてしまう辺りどうしたものかと思ってしまうが、元のスペックからして規格外だったのだろうから仕方ない。だがしかしこれが生物的に存在していいものかと今更ながら疑問符を浮かべてしまうが、俺と同じく不幸を跳ねのけるぐらいには強くなってもらわなければ仕方ないので、疑問は棚上げとしておく。
「申し訳ない。突然の事だと思うが、君は生き返ったとしか言えない」
「・・・・死から・・・・ですか?」
「そうだね」
「・・・・・・・」
生き返った割に何とも重い空気。
意思の疎通も何だか不自然だとは思ったが、彼女の表情を見て納得してしまった。
そう、この表情は・・・・詐欺にあわないように警戒する人の顔。
高い壺や布団を買いなさいなんて押し付けられている奴等の雰囲気。
こいつ頭がヤバイやつなのか、もしくは金をむしろうとする輩なんじゃないかなんていう顔。
そもそもこの世界に蘇生なんてものが無いのでそれも仕方ないといえば仕方ないのかと今更ながら得心してしまった。
「・・・・・色々と抜けてたわ。ごめんね」
「・・・・・はぁ」
この世界では死後、弔われなければ悪霊やらアンデッドやらになるのは普通の事であり、この墓地にしても不法投棄場。本来であれば教会などで魂を送り出してやる必要があるのだが、それについても金がいる。金が無いやら知られたくないやら色々な訳があるものがここに捨てられ最後は掃除屋に潰されるかもしくは神職の練習台になるのが常々。
神職にしても払う事はできるが、蘇らせるなんて事は畑違いであり、息返せるとしてもそれはネクロマンサーなどが行う低級で低能な腐った死体が精々。
彼女の様に頭で考え行動に移せるようなものでは無く、命令に服従する操り人形が一般的である為、当然といえば当然か。
「まぁ、特別仕様って事で理解してくれると助かる」
「・・・・・分かりました」
色々と言いたいことがあったのだろうが、知性的な瞳はこれ以上の問答は時間の無駄だと判断したか、ここまでの事を何となく理解したとばかりに息を吐き、言葉を漏らす。
「強制されている感覚はありませんが、命を救ってもらった恩には報いねばなりません。わたくしにしても記憶の大部分が欠落しているのを感じます。そもそもどうやって生きて来たのかすら分からないのですから、生きる為には貴女についていくのが効率的だと判断致しました。蘇らせたのですから色々と計画もあるのでしょうし、お任せ致します」
つらつらと蘇ったばかりとは思えぬ程に紡がれる言葉に対して少々面食らうところもあるが、悲鳴を上げたり抵抗されたりしないのは個人的に満点。
多少なりとも一緒に行動する仲までどうしようかと考えていたのが馬鹿らしくなるぐらいにとんとん拍子な展開に罠かと勘ぐってしまうが、元から人を疑うという事に慣れていなかった可能性が高いと想像し、傷口を抉るのは避けるべきかと疑問符をないないで処理をする。
そもそもが高位エルフなどと呼ばれる者達は王族かそれに連なる者達。
長い寿命を生きる者達に人間的な浅ましさでもって裁量するのがおかしいのかもしれないし、するべきでは無いかと思考を放棄する。
そしてそんな事を考えるより前に言う事があるという事に、俺は至らず恥をしりつつも口にする。
「・・・ありがとう」
場当たり的な判断はあったのだろうが、俺に任せると言ってくれた手前、感謝を述べるのが遅くなったと謝罪する。
しかしながら遅すぎたかと思ったが、彼女の雰囲気が少し柔らかくなったのを感じて内心ほっと安堵した。