墓地
「さて・・・・と」
眼前に迫るのは王子達による必殺の一撃。
殺意と死という結果でもって契約が破棄される事を知ってから俺はこの時を待った。
ここに至るまでに散々煽った結果か、誰もかれもが俺を殺すべく力を振り絞り、跡形も残らぬ程に高められた一撃は俺にとっては好都合。
契約条件をしってから作った俺と瓜二つの肉の塊を瞬時に背後へ出現させ入れ替わる。
瞬間的な入れ替わりに奴等が気づく筈も無く、次に目を開いた時には俺の体は湖の中へと水没していた。
「ぶっぼぉぼぼばぼ」
想定通りであったがイメージと現実は違うもの。
体中の酸素を奪われる感覚にどうしても慌ててしまう。必死の想いで体を動かし湖岸に上がるが、べっとりと濡れた衣服は不快そのもの。勇者パーティーという事で見てくれだけはましなせいか、ぼろ切れであった頃より水を吸って重くて仕方ない。
「作り直すか」
俺の感覚からしても使い勝手が悪い衣装を見つめて考える事数秒。
このまま捨ててもいいが痕跡を辿られたりしても面倒なので錬金術でもって布に一度変換し、再度服として構築しなおす。
「・・・・面倒だから前世できてた洋服でいいか」
村人やそこらの奴等がどんな服を着ているのか見た事が無いので知りもしない。
知らないものは作れないので今回ばかりは仕方ない。
俺はそうやって無理やり納得しつつ耐久性重視の無地のグレーTシャツとジーパンと上に羽織る外套を作り鉱員風衣装で固める事にした。
「デザインに関しては面倒だしこれでいいかそもそも凝り性でもないしな」
そもそも必要に応じてつどつど作っていけばそこは言い訳で、必要も無いのに先んじて作っていては疲れるだけ。危険とかそういう感覚も昔なら湧いたが、色々と肉体強化をしてしまったせいか、そこらの感覚が鈍くなっているのは否定できない。
「矢とか撃たれても痛いぐらいで死なないし仕方ないよな~~」
逃げるだけならそこまで必要も無かったのだが暇すぎた。
契約という絶対的なものから逃げる方策が思いつかず、とはいえダラダラとするにも暇。
だったら少しでも建設的に・・・・と考えた結果がこれ。
表面的な皮膚に関してもそこらの鎧より硬く、前世でいう所の炭素繊維並み。
しかしながら常に硬質では不味いので、流動性を持たせるという意味不明な技術も足しており、ファンタジー版超高性能アンドロイドみたいなちぐはぐな化け物が出来上がったのだ。
「ファンタジー?」
俺としてもこれをファンタジーと言うにはSF要素強めな気もするが、出来てしまった者は仕方ない。そもそも使われた技術は全部こっちのもの。別に俺はそういった専門家でも無いし、俺の記憶に詰め込まれているのはエセ科学のみ。物理的に何がどうで何ができるからなどといった難しい事は分からず、結果を知っているからそれをどうにかこうにか錬金術で実現したに過ぎない。
答えを知っているからできると知って、その過程を無視できるクラスに運よくついていただけで、諸々付随する精神崩壊やら痛みでの発狂やらはありがたいことにスキルが補助してくれた。
「最低最悪な組み合わせにも使い道があるってことだな」
この世界的にはゴミとゴミの組み合わせだが視点次第。
王国の面々が侮ってくれた現状に感謝しつつ、王国の城下町へと足を進める。
「・・・・王子連中も俺を早々に殺したなんて言える筈も無いし、逆に悟られないように出発する可能性の方が高いか? なら尚更王国を出るのは後だな・・・・今なら安全だろうしゆっくり準備しますかね」
急ぐとかえって不味い事になるだろうし、ゆっくりするかと意識を切り替え動き出す。
計画に変更を加える事にはなるが、脱出事態は想定内。
急ぐ予定だったので色々と端折る予定だったが、幸運な事に時間はある。
「だとすればあの場所にも行ってみるか」
当初外していた場所にもいけるとなれば色々必要にもなってくる。
最初にそちらを経由した方が後々楽かと想い、俺の足は王都の中でスラムと呼ばれる場所へと向かう。
走りたい気持ちを抑え周りから異常と悟られぬ様に歩く事半時。
目深くかぶった外套の隙間から見えるのは退廃的な雰囲気を放つ光景。
王城が光の源泉であるならばここは闇。
往来には亡骸が点在し、生きている者達にも生気は無い。
腐敗匂がそこかしこから漂い、それとは別に甘ったるい香の匂いが思考を鈍く汚染する様は異様そのもの。
「末期だな」
この世の終わり、生命の行き着く先、終焉、地獄。
色々な言い方もあるだろうが、此処はクラスとスキルのみが権威であるこの世の歪み。
誰にも必要とされず見向きもされない者達の吐きだまり。
邪魔になれば消されるだけの場所であり、此処にいる者達もそれに何の疑問も持たない。
王国の民にとっては見えない者達であり、存在しない者達。
「まぁ、だからこそ俺にとっては助かるんだが」
そもそも価値が無ければ見つけようも無く、無くなってもそれは無価値なもの。
下手に荒らさなければ他の奴等に目を向けられる事も無い。
とはいえ今更ながら気が滅入るのは事実。
今から行う人とは思えぬ所業に目をそらすべく思考に耽っていると、何時の間にか目的の場所へと辿り着いていた。
「・・・・・はぁ」
無意識なのだろうか溜息が自然と漏れるのを感じるが、罪悪感にめげている場合か。
意識を覚醒すべく俺はもげそうになる腐臭の中、奮起すべく肺に残る嫌な空気を吐き捨て墓地に山と積まれた死体へと向き直る。
「さてと、当たりが落ちていればいいが」
俺もそうやって独り呟いてみるが、望みは薄い事は重々承知。
死んですぐであれば俺の錬金術で動く死体からの魂の定着という荒業で息返す事も可能。
しかしながらそう運良く使える者が存在するなんて事は運任せ。
これもまた政争のごたごたで掘り出し物が捨てられるなんていう噂をあてにした博打に過ぎず、最悪徒労に終わるのだろうが、勇者誕生などという祝い事にはそういった小事が見逃されるのも多々あるという。大きな光に隠れて小さな不祥事を隠すなんて事はざらにある世界であれば今がその時か。
なんて事を考えながら墓地を巡りつつ片目の鑑定を起動し、死体を探っていると・・・・。
「エルフ? それも高位の・・・・死因は・・・酷いな」
見つめる先には口にするにもおぞましい行為の末、四肢を切り落とされた惨たらしい肉塊がそこにはあった。
「恐らく女性なのだろうが・・・・」
ぎりぎり鑑定でもって女性だと判別がつくだけであり、目に映るのは男女とも分からぬ程にそぎ落とされており、そうした痕は陰湿。余程痕跡を削りとりたかったのかはたまた嫉妬によるものか、殺すだけを目的とした行為では無く、周囲にあばかれると不味い類の情報がそこにあったのだと知れた。
「外交問題とかそういう可能性か?」
停戦の発端となったエルフの国との衝突。
双方共に捕虜の交換がなされたなんて事は周知の事実であり、目の前にあるの死体は高位のエルフ・・・・・。
「やっちまったって事か・・・・」
身目麗しいエルフに懸想する輩なんてのは大勢いるだろうし、王族であろう高位のエルフとなれば尚更。しかしながら手を出せるとすればおのずと此方の相手も察する事が出来る訳で。
「あのくそな王と王子かもしくわ側近連中・・・いや、人数からして全員か」
鑑定が告げる見たくもない結果に子供でも分かる結末。
今回の勇者出発という目的が不祥事を発端である事は国民だれもが知らない事だろうが、何とも情けない。俺にしても気持ちの悪さを感じるが、罪悪感の方が大きい。
「不幸ばっかりってのは辛いよな・・・・」
流石にこのまま不幸であったで終わらせる気は俺にはもう無い。
面倒を考えれば考慮に値しないが、そんな面倒なんて考える方が精神的に面倒だ。
ぐだぐだとこの先後悔するよりも後悔の無い人生の方が楽しいのだから考えるだけ無駄だと割り切り目の前の塊に対して錬金術を発動する。
「・・・・・肉体の蘇生を開始・・・・足りないものは周囲のもので代用・・・・性能向上・・・・魂の再構成開始・・・・」
ぐんぐんと吸い上げられる魔力に対し、体が危険だと痛みとなって警告を繰り返すがそれすらも煩わしい。
「ぬっ」
脳が悲鳴をあげ、目の前がチカチカとブラックアウト寸前。
限界を迎えるべく意識が遮断されそうになるが、まだまだ。
「・・・・・畜生が!」
不幸を跳ねのける強者を生み出すなど当初の予定には無かった計画。
ほどほどに切り捨てられる者を作る予定が、命をかけるはめになるとは想定外。
こんな身の上はそこら中に転がっているだろうに何をしているのかと思ってしまうが、目にしてしまったのだから仕方ない・・・・・・。
「・・・まず・・・い」
思考がちりじりになりかけているのを感じて気を引き締めるべく歯噛みした瞬間、俺の視界は黒一色に染まった。