飴と鞭
「お、お前達は何が望みなんだ! 金か!? それとも地位か!? 知っているとは思うが、私であればお前達に望むものを提供する事ができる。そこの男の事も知っているとも、落ちぶれているが元勇者・・・・この国の王になる予定だった男なのだから王の座を狙うのは至極当然・・・・わ、私も協力は惜しまん。だからここは仲良くいこうじゃないか・・・・なぁ?」
見覚えの無い男が何故か下卑た笑みを浮かべてこちらへそんな事を語ってくるのだが、何なのだろうかこの状況は・・・・・。
色々と忙しく皆が動いているのは知っていたが、俺に出来る事は無いだろうし、新しい料理でも考えようかとキッチンに籠っていたところ急遽呼び出されて今に至る。クロからはお話だけ聞いて頂ければ幸いですなどと言われてダンジョン内に備え付けた会議室スペースで何を作るかと考えていたところに現れたのがこの男。身なりからして高貴な生まれなのだろうと想像できるのだが、強引に連れてきたのだろうか所々泥やら血やらで薄汚れており、近寄りたくは無い。
「・・・・・・公爵様、状況を理解しておいででしょうか?」
クロが目の前の男を公爵と称して言葉を重ねるが、相手にしても地位を知って変わらぬ態度に赤く変色した顔を歪ませ、怒りをあらわにする。
「理解していないのは貴様達だろう! 私はこの国の公爵なのだぞ! 愚かな貴様達でも分かる様に言うならばこの国を差配する国の宝であり、物流さえも支配する重要人物という訳だ。分かったならお前等では不釣り合いな程の金をくれてやるから、私を解放したまえ」
一方的な宣言に突如連れてこられたこちらとしては居心地が悪いのだが、座っているように言われた手前立ち上がることもできずに視線を漂わせていると・・・・。
「アッ・・・・・っうぁあああああッ!!」
何かが強引にねじ切られる音がしたかと思った瞬間、公爵様は謎に体を捻っては口の端から涎を垂らして身もだえる。急激な変化に何事かとクロへ目配せしてみるのだが、返って来たのは底冷えのする笑みのみであり、開かれた口からは尚も冷たい言葉が漏れだした。
「・・・・・ご自身の立場を少し理解して頂ければ助かるのですが」
「・・・・・・・・・わ、私にこんな事をして・・・・ただで済むと思って──」
公爵様が何やら怒りの表情でクロに怒号をあげるが。
「ひっ・・・・・・ひぃ・・・・・・・はぁ・・・・・・ひぃい」
と、次いで彼の口から洩れたのは人の言葉ですらない怯えた吐息。
恐らくは公爵の後ろに控えたレギオン辺りが彼の痛覚を数十倍に肉体改造したのだろうが、酷な事をするもんだ。
元より戦闘とは無縁の彼にとって痛みとは未知に近い感覚であったにも関わらず、この様な仕打ちをされれば言葉を失うのも当然と言えば当然の事。
強烈な痛みに呼吸する事すら困難なのか、過呼吸気味な感じもするのだが、俺以外の者達にとってはまだまだ始まったばかりなのか、拷問と称するに相応しい行為に何時の間にか手慣れた様子のレギオンを見て内心こちらまで寒気を感じてしまう。
「公爵様・・・・・如何でしょうか? 耳を傾ける為に時間を設けましょうか?」
「い、いや! いやいやいやいや! 嫌だ! た、頼む! これ以上するのは止めてくれ! いや、お願いたします! どうか、どうか・・・・どうかぁ・・・・」
先程までの外面などかなぐり捨ててクロの足に縋り付く姿を見て哀れだと思ってしまうが、痛覚への耐性がなければこうなるのも当然で公爵という地位を考えればましなぐらいか? 今でも泣き出しそうなほどに顔を歪めているが、ぎりぎりで耐えている辺り、自分の前世を思えば拍手を送りたいぐらいだが、敵らしいので助け船ぐらいは投げてやるかと口を開いてみる。
「・・・・クロ、それぐらいで良いんじゃないかな?」
「しかし・・・・・」
クロは序の口だと否定するが、どう見ても公爵は折れてそうな顔で懇願するものだから、こちらとしても可哀そうになったのも事実。
今更無かったことにするのも心苦しいので、オモイカネ経由で苦しい言い訳ではあるが、飴と鞭を例にして懐柔策はこれぐらいで良いのではないかと提案してみたのだが・・・・・。
「・・・・成程、シロ様の御意向理解しましたか?」
「この上なく!」
クロが何やらレギオンに声をかけるなり公爵を担ぎ上げ、部屋を出たかと思うと数分後には怒りで赤かった顔を蒼白に変化させた公爵の姿が。
俺からすれば一体なにがあったんだろうかと首を傾げてしまうが、クロとレギオンは満足げな様子で前世でいうところのドヤ顔と言うべき表情でこちらを見つめているので対応に困るのが正直な話。
さてさてどうしたものかと意識を数秒飛ばしていると、何やら相手から先に動きがあった様で・・・・。
「・・・・・・あれは・・・・・助かる・・・・のでしょう・・・か」
途切れ途切れだが訴えかけるような声色に再び頭の中が疑問符で一杯になるのだが、クロとレギオンは変わらず満足げな表情のまま。
俺としてもこのままでは埒が明かないのでレギオンが送りつけてきたデータを開封してみるが・・・・・うわぁ。
何というか言葉で言い表せない様な実験データの山、山、山。
まだまだ発展途上の技術なのか粗削りなのだが成果はでているらしく、敵陣で捕まえた聖女、剣聖、賢者の首から下をレギオンの個体に移植してみただかなんだかと危ないデータがつらつらと出てきた辺りで公爵が何を見たのかの見当がついてしまった。
「・・・・・クロ、首から上は?」
「生きてはおります」
データだけを見れば仮死状態にして生かしており、レギオンのパーツを繋げればクラスやスキル以外は元通りになるのだが、交渉材料にするつもりかクロの言葉は尚も冷たい。
「ですが、猶予は余りないかと・・・・」
流石にこれはとどめの一撃か。
視覚的にも分かるほどにうな垂れた公爵の姿は痛々しく、向けられる視線はすがる様な気配すら纏っており、涙を浮かべた瞳は口よりも雄弁。
俺としても心苦しい感覚に苛まれて声を出しそうになったが、クロの手がそれを遮った。
「・・・・・何でも致します。どうか・・・・どうか、我等に救済を!」
これだけ確実な言葉を引き出せればクロとしても満足したのか、俺の言葉を促す様な視線を投げ掛ける辺り年の功というものかと内心胃が痛くなるのを感じた。
「勿論、救いましょう」
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