地下
「店の前で立ち話という訳にもいきませんから、さぁ・・・中へどうぞ」
気まずい空気を察してか、先方の美女が扉を開くと、その先には下へと続く階段がぽっかりと口を開いていた。
「・・・・・詳細をつめませんと」
怪しい雰囲気に腰が引けたが、レイスにそう言われては従うしか無く、クロと名乗った美女の後に続いて階段を下りていく。
「・・・・空気が」
明確に温度と空気が変化したのを感じて声を上げてしまう。
レイスにしても状況が変わったのを感じたのか、いぶかし気な表情をクロへと向けるが、先方にとっては気にする程の差異ではなかったらしく、変わらず涼しい顔で階段をおりていく。
「レイス、これ程急激な変化はダンジョン以外あり得ないぞ」
「確かに・・・・」
レイスにしてみても魔窟に踏み入れる様な感覚を覚えたのか、今更ながら冷や汗を流すが、もう遅い。
俺達の背後からも何者かの気配が迫っており、感覚だけでも強いと分かる強者の気配。目の前のクロと呼ばれる美女だけは強者の気配をまったく纏っていないのだが、それすらも今は恐ろしい。
「罠だったら死ぬな」
道を一歩でも外れれば命は無いと本能が告げており、無駄な抵抗をするべきでは無いと体が逃げる事に拒否反応を示す。
心臓も痛いほどに鼓動を打ち、ただ階段を降りるだけの物体に成り下がったかの様に足は下へ下へと歩を進める。
「もう少しで到着致しますので」
まるで何時間もの間歩いていた様な気もしたが、どうやらそれ程でもなかったか、後ろを振り返れば出口の光が希望の光の様に煌々としており、逃げ出したくはなるのだが、それは恐らく不正解。
クロが進む先へと目を向けると、終着を示す様に階段は切れており、違う階層に辿り着いたのだと知れた。
「なんだ此処は」
階下へと辿り着いた先に広がっていたのは摩訶不思議な世界。
此処を何処かと聞かれれば構造的にはダンジョンだろうと答えるのが正しいのだろうが、それにしても常識から外れている。
右を見ても左を見てもダンジョンらしい殺伐とした雰囲気は無く、田畑が耕されていたり、家があったり、川が流れていたり・・・・・。
おおよそ生活に必要な物がそろった街と呼べる施設がそこら中に備わっており、街の住人と呼べる者達も右に左に大忙し。
活気のある街での生活とそれは呼べるものなのだろうが、それは一点を除いて。
「・・・・・・魔物達の街・・・・なのか?」
異常である光景が目の前に広がっているせいか頭が混乱してしまうが、目の前で働く者達はどれもが異形。見てわかる範囲でもミノタウロスにオーク、ワーウルフと多種多様であり、そのどれもが並ではないと一目でわかる程。
「どれもが上位種ですぞ若」
体面を取り繕う余裕も無いのか、レイスが俺のことを昔ながらの若と呼ぶがそんな事など指摘している場合でも無く、逃げ出す方策を頭の中で考えてみるが。
「・・・・・・無理か」
最悪を想定してレイスを切り捨てたところで俺の力では死ぬのが少し遅くなる程度でしか無く、それならば交渉で道を開いた方がまだ希望はある。
「先方もまだ話がある様だしな」
「・・・・こちらへ」
見苦しくも警戒心を露わにした俺達とは反対にあちらは素知らぬ顔。
話し合いの場へと向けてついて行った先には酒場と思しき建物が一つ。
「どうぞ中へ」
「・・・・・・先に」
護衛としてレイスが先に足を踏み入れるが、中から覗いた光景は外観と同じく酒場の様で、進んだ先には来客にあわせて大きなテーブルが一つと、俺達が座る様なのか椅子が2つ並んでいた。
「もてなしを期待してもいいのかねぇ」
「・・・・豪気ですな」
内心、冗談を言えない程に寒気を感じていたが、内情を晒すほど心は折れてはいない。最悪な状況になれば逃げる事を優先するのだろうが、場の雰囲気が、何故だかそうした決断を鈍らせているように感じた。
「・・・・・何でだ」
何処かで見た事のあるような作りての癖と言うべきか。
テーブルにしても椅子にしてもどことなく武骨。装飾という概念を知っている筈なのに面倒だからと乱雑に錬金術を使っていた彼女の面影が浮かんでは消える。
「・・・・・シーラはまだ王都に囚われている筈」
脳裏に浮かんだ懐かしい光景に目頭が熱くなるのを感じたが、今はまだ思いに耽る事は許されない。
「・・・・・それで、こんなところで何の話だ」
不意に解れた緊張を無理やり引き締め、椅子に腰を下ろしてクロとやらに気を巡らせるが、俺程度の実力では脅しにもならないらしく、子供でも見るような目で見つめられてはこちらもかたなし。恥ずかしさから顔が赤くなるのを抑えられず、目を背けてみるが、これも恥の上塗りか。
「ごめんごめん、上が忙しくってさ」
恥ずかしさから目を背けていた先から何者かが駆けてくる。
どうにも威厳を感じない平凡でどこにでも居る少女の姿に違和感を感じて凝視してしまうが、相手にとっても見つめられるのは不得手か、視線を避ける様に建物の柱を盾にして身を隠す。
「シロ様、お忙しい中、ご足労頂き誠に申し訳ございません」
「・・・・べ、別にいいんだけどさ・・・・凄い見つめてくる彼は誰?」
酷い言われようだと思ったが、俺も見つめ過ぎたのは事実。
謝るべきかと再度、彼女を眺めて見る・・・・が。
「何だ・・・・・呼吸が・・・・・」
急に跳ね上がった心臓の鼓動に毒でも盛られたかと防毒の指輪を見つめるが、効果を発揮した様子もなく、感じているのは奇妙な高揚感だけ。
そもそも何で高揚感なんだろうかと自問自答してみるが・・・・・。
「・・・・・お前、もしかしてシーラ・・・・か?」
「・・・・・何でその名前を」
俺の問い掛けに驚いた様子で誤魔化すように見覚えのある懐かしい仕草で後ろに下がる少女。最早ここまで似ていれば真似る方が困難。
レジスタンスを立ち上げた大きな目標の一つが目の前にあるのだから、自分を偽る事の方が馬鹿らしい。
「俺だ! お前の許嫁の・・・・リドだ!」
「・・・・・いや、許嫁とか初耳なんだけども、リドって・・・・王城で一緒だったリドの事か?」
子供の頃の記憶はやはり失われているのか、王城で様子が変化したあの頃の記憶は継続しているのか、リドという名前にだけは反応を示した。
俺としては過去の記憶が失われているのは悲しい事だが、今思い出しても彼女にとって楽しい記憶は多くは無い。そもそも、錬金術師として生まれた事がこの国にとっての悪。俺が勇者というクラスを失った程度で奴隷に落ちる程度には最低な国なのだから。
「あぁ、お前と臭い飯を食った仲のリドだよ!」
「なんだよ! 生きてたのかよ! 死んだと思ってたじゃねえか!」
昔とは違って粗野な感じもするが、俺の事を心配していたのだと分かり、視界が歪む。くそ・・・・・こんな姿を見せたい訳じゃねえのに、どうしても前を見ていられない。
「・・・・・でも、何でリドが此処に居るんだ?」
シーラがクロと呼ばれた女性へ疑問をぶつけていたが、俺にしても抱えているのは同じ疑問。何故、此処にシーラが居て、万屋と呼ばれるギルドは俺を助力するのか・・・・と。
「疑問は当然、これに関しましては王国からの圧力が増しておりますので、そろそろ排除に動くべきかと、レジスタンス組織である彼等に助力した結果で御座います」
「・・・・・・ほぉほぉ」
確実に理解していないだろうと言いかけたが、シーラの置かれた状況も分からないので遠巻きに眺めていると、レイスも状況を理解したのか話に加わった。
「万屋様におかれましては、度重なる援助を頂き、王国軍とも戦える様に状況も好転致しました。つい先月までであれば我々は風前の灯火。何時消えてもおかしくない程に追い込まれており、武器は当然の事、食料も底をつき、最後は華麗に散るべきかと算段していたところ・・・・・クロ様にご助力頂いた次第」
「・・・・・成る程」
多分、まだまだ理解していなさそうな気配を感じるが、命を救われたのは事実。
レジスタンスと恰好はつけてみても弱者の集まりに過ぎず、援助を受けるにも虐げられた者達に余力がある訳も無い。俺としても虐げられた民から徴発する事に納得が出来なかった為、この有様。そんな時に救いの手を差し伸べられれば相手がどうこうなどと言っている余裕もありはせず、こうして言われるがままに万屋の本拠と思しき場所へと辿り着いたのだが、そんな事は俺達の事情に過ぎない。シーラをこれ以上巻き込むのは不味いかと口を開こうとするが・・・。
「・・・・やっぱりこの前、女神の武器を食べたのが悪かったのかなぁ」
「王国ならびに聖王国からの影響については女神の仕業かと」
「そうなるよねぇ・・・・・」
などと人属の守り神であろう女神について二人が語り出した辺りから雲行きが怪しくなってきた。
「レイス、どうやら援助を貰った相手は相当にやばいギルドだったようだな」
「・・・・・・その様で」
レイスにしても俺にしても神とやらに裏切られた落伍者。
今更、神を敬う精神を取り戻したりはしないのだが、それにしても話のスケールがぶっとびすぎている。ものごころのついていない子供ですらクラスを与えるであろう女神に対して敬う心はもっているものだが、目の前の二人に関してそうした気配はまったく無く、嫌悪感を抱いている様にも思えた。
「王国と聖王国、両国を潰すにあたって二正面作戦では潰されるのは目に見えております。然るにこの国の実権を奪い取り、聖王国に対する守りに使えるのでは無いかと思い、行動に移した結果がこの通り」
そう言って一見して美女のクロさんが指し示したのは部外者である我等。
棘のある言い方に心苦しいが、援助を受けてもまだまだ国を取るには至らない為、致し方なし。針の筵の様に冷たい視線を受けつつも、シーラが救われていたのであれば命の使いどころに悩む必要も無い訳で・・・・・。
「そこに関しては任せてくれ! 今までは死ぬ訳にはいかなかったが、もう問題は無い。一か八かにはなるが、王城に奇襲をかける程度には戦力も整ってるからな、次が命の使いどころだ」
「わ、若! 何を言うのですか!」
俺の本心など元より知らせてもいないレイスが戸惑うが・・・・まぁ、当然か。
「今更驚く必要も無いだろ、レイス・・・・・いや、こう言うべきか、王国の暗部のナンバーワン」
「・・・・・・・・・・はぁ」
ついこの間まで信頼していた男は、落胆した様に一度溜息を吐くと、冷たい表情を浮かべてこちらを見る。




