末路
「はぁ・・・・・・」
溜息をついて現状を思い出してみるが窮地である事は依然変わりない。
逃げ出すつもりが更にダンジョンの奥へと誘われており、不利な状況。
当然、疲労困憊でギリギリな姿を俺が奴等に見せるよりも、虚勢をはる方がまだまし。普段ならば率先して自身の安全を確保する筈なのだが、今はそれすらも許されない。
「さてさて、どうするか・・・・」
現状、ダンジョン突入時に持っていた装備の半分は消費しており、護身用のポーションも空。他の面々を思い浮かべるが、後衛の若い二人に頼るのは酷な話。ベテランの二人にしても負傷の多い剣士と装備の損傷率が高い弓使いの二人。懐具合は俺よりも厳しい筈で、通常の装備を維持するのすらやっとな彼等に余裕は無さそうだ。
「こんな事ならポーションをもっと買っとくべきだったな」
まともに回復するポーションなどほとんどが国に買い上げられている為、簡単には買えないのだが、それでも買っておくべきかと後悔するが、今更。
「ポーションが少ないのも冒険者が死亡する理由だったっけかな?」
爺さん婆さんの世代が国に対する不満でそんな事を言っていた気がするが、俺達の時代ではポーションなど無いのが当たり前。常に綱渡りの状態だが、ポーションを買うよりも装備を買った方が生存率は高いのだから仕方ない。
「・・・・・だからこそ、僧侶や魔法使いは人気なんだろうが、あいつらはあいつらで特権意識があるのがなぁ」
だがそれでも、あの二人は相当ましな部類。
過去にパーティーを組んだ中には敵ごと魔法で焼き払おうとした魔法使いや、回復するごとに金銭を要求する僧侶などが多数を占める中で稀有な奴等だと言えた。
「青臭いガキどもだが、そんな奴等には生きていてほしいもんだな・・・・となると、ここは俺が気張るしかないか」
自身の安全を第一としつつも、ギリギリまでは援護するかと駆け寄る一団を見て頭を切り替えた。
「・・・・・おいおいおいおい。何でオークがいるんだよ!」
青臭い決意をしてから数分後。
出口へ向かおうと転進した俺達の前に現れたのはオークの群れ。
「押し通るしかないだろ」
剣士のおっさんが止まった状態を破壊するべくそんな事を言ってくるが、剣士にとってオークの相手は相性最悪。数度切れば剣は鈍らになるだろうし、その数度の斬撃すらオーク相手では命がけ。本来であれば距離をとって一体一体引きながら戦うのがセオリーだが、道を開くためには前へ進むしか無いこの状況は悪すぎる。
「それしか無いですね。私が先行を!」
弓使いも決意を固めたのか、魔石を矢尻に加工した特別性の矢を番えてリーダーらしき大きな個体目掛けて矢を射る。
風を切る音が洞窟内をこだまする。一瞬後には赤い花を咲かせたオークの死体を幻視したのだが・・・・。
『ッグゴ?』
返って来たのは掴んだそれが何なのかという疑問の声。
俺の視線の先には与えられたおもちゃを眺めるように手にした矢を弄る豚どもの姿。明確な知性を示す行動に、脅威度は上昇していく。
「やばいぞ! そいつらただのオークじゃねえ」
慌てて俺は強化された視覚で得た情報を見えていた弓使い以外にも共有すべく語るが、返って来たのは微かな声。
「・・・・・あっ」
声がする方向へと視線を這わせてみるが、視界の端々に映るのは千切れて空を舞う魔法使いの肉片。
「前は囮だ!」
前方に集中させていた気配察知スキルを全方位に放射するが、映し出されるのは敵を表す赤だらけ。
「壁も全部が敵!?」
あり得ない現象に感知した現実を叫ぶが、それはどうやら現実。
壁から生えた腕がこちらを掴もうとのびたかと思うと、俺の前を通り過ぎ、茫然と立ち尽くす僧侶の小僧を掴む。
「しまっ──」
己の失態に声を漏らそうとした刹那、視界の中で小僧の手足は握りつぶされ。
「アッアギャァアアアア!」
と、ただ悲鳴をあげるだけの芋虫へと姿をかえており、剣士にしてもそれは同様か、二十にも及ぶ伸びる手に絡めとられて身動きはとれず、身に着けた鎧のまま体は拉げてまるでボールのように姿かたちはかわっていった。
「弓使い──」
生き残りをかけて残りの一人に声をかけるが、それに答える口は既に失われていたのか、頭部だけになった生首がオークの手の内で揺れていた。
「くそっ!」
最早一人だけのパーティー。ならば逃げることを優先すべき。
俺はそう決意すると、消音と消臭を重ね掛け、気配を更に薄めつつ前方に漏れる光へと駆ける・・・・駆ける・・・・駆ける・・・・。
「はっ、はっ、はっ・・・・はっ」
こちらを見失ったオークどもの間を抜け、血と臓物に濡れた腐臭漂う通路を切り裂き、俺は・・・・・俺は・・・・・・。
「・・・・・・・あ?」
急に反転した視界に違和感を覚えるが、転んだだけだろうと立ち上がろうとするのだが、体の感覚は空を切るようであやふや。
こんな所で時間を浪費するわけにはいかないと意識を切り替えるのだが、どうしようもなく眠気が満ちてくる。
こんなところで眠る訳にはいかないのに、どうしても抗いがたい衝動に、まぶたは重くのしかかる。
「・・・・・紅葉様、こちらは頂いても宜しいでしょうか?」
ダンジョンの中で俺達以外に人がいた事には驚いたが、暗い視界の中では誰かは分からない。
「食前の運動をしただけだから別に構わんのだなぁ」
紅葉と声をかけられた幼子のような声の主は俺達の所有権をどうこうしようとしているが、まってほしい。俺達としてもここで死ぬわけにはいかないので、『助けてください』と、声をかけようとしたが、どうにもいう事はきかずに話は進んでいくようだった。
「では、彼等にはこのまま我等レギオンの苗床兼、人としての姿として使用させて頂きます。では、このまま頂いていきますね」
レギオンとやらは最悪な結末を軽く語るが、言葉が通じるなら交渉の余地はある筈だと、思考を巡らせる・・・・が。
「金銭は交渉材料にはなりませんよ冒険者の方々。そもそもあの方にとって金銭など重要ではありませんし、何よりあの方から奪った権利を正当に返還していただくだけの事。知らず知らずに奪った貴方達を責めるのはおかしいと思うかもしれませんが、楽だからと従ってしまった貴方達にも責任があったという事であしからず」
人を人とも思わない冷たい声色に寒気を感じつつも、俺は俺として認識できたのはそこまで。
多種多様な絵具がまざって灰色になるように意識は混濁し、俺という個人は消失していくのを感じた・・・・・。
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