走馬灯2
「起きろガキども!」
目覚めの一発目としては最悪な罵声に気持ちも落ち込むが、そこは折れない心。
気持ちのいい朝とまではいかないが、まずまずな精神状態まで気持ちを持ち上げ、覚醒する。
「喜べガキども! 今日は週に一度の観察日だ! くせえお前等がそのままだと俺の評価が悪くなる! 悪くなれば何人か居なくなる事はお前等も分かっているだろうが、分からん奴らには分からせておけよ。部屋ごとに並んで井戸水を浴びて見た目を整えておけ! 分かったならさっさと進めゴミ共が!」
昨日暴力を振るっていた男がそう叫ぶとリドが俺の手を握り少年少女の列へと連れていく。
「風呂でも入るのか?」
内心、ゲロまみれの状況は何とかしたかったので渡りに船ではあるのだが、漏らした言葉がまづかったのかリドがあり得ないとばかりに此方を向いて首を振る。
「残念だけど風呂なんて入れないよ。いつも井戸水を頭から二回かぶれればいいところだよ」
リドは俺の中身が色々変化した事を理解している為、そう諭してくれていた。
多分、リド以外のやつが同部屋であれば色々大変だっただけにありがたいと思いつつも、認識の齟齬を埋めていく。
「衛生観念は色々最悪だってことか・・・・病気とかになったらどうするんだ?」
当然の疑問が浮かぶが・・・・。
「耐性を上げれば病気にはかかりづらいんだよ」
「ファンタジーが過ぎる」
後できくとそれは前世の免疫に近い考え方か、毒をくらうとそれに対する耐性ができるというのだから驚きだ。確かにこれほど汚らしい恰好であるにも関わらず病気と無縁というのはおかしな話。
常識としてそこらを失念していた為、ステータスを詳しくみていなかったのだが、毒やら病やら呪いへの耐性というものが存在しており、それらが高いと病気になりずらく回復も早いのだそうだ。
とは言え此処に居るのは底辺な俺等。その時は分からなかったが最低限身ぎれいにしなければ病気で死んでしまうのでそういった措置として水浴びだけは義務化されているのだそうだ。
「言葉で説明するより見た方が早いだろうからちゃんと着いて来るんだよ?」
リドが心配そうに言うのに対して俺も首を縦に振り、言葉少なく着いていく。
そうして口を閉じ冷たい石畳の廊下を抜けていくと目の前には大きな広場が広がっていた。
一見すると何の整備もされていない練習場。広さは学校などのグラウンドを数倍に広げたようなものか、運動をするには良さそうだ。
視線を他所に向けるとそれは正しい感想だったのか、兵隊と思しき者達が各々の武器を手に鍛錬する姿が見て取れた。
「運動した後に汗を流す場所か」
同じ用途で使うのだろう大きな井戸が練習場の端に据え付けられており、そこには水をくむ桶が何個も備え付けられており、練習場の一角であったが、水はけを考えてか最低限石畳で舗装されていた。
「・・・・・遠目にも睨んでやがるなあ。立場をわきまえろってか」
教練を行っている者達からすれば俺達はゴミ同然。自分達が使う施設を汚されて気持ちがよい筈も無く、周囲から向けられるのは冷たさと侮蔑のまじった視線と気配。
人とは思われていないだろう無遠慮な空気に内心心も折れそうになるが、そこはありがたいスキルのお陰で耐え忍ぶ。
「シーラ、ここからは口を閉じて皆にあわせてね」
リドはそれだけ言うと前に進み例とばかりに水桶を井戸に沈めて引き上げ、水をかぶる。
井戸水を頭からかぶるなんて見ただけで心臓が痛くなるが、彼等にとっては日常か、同じ行為を続けて列は進んでいく。
「早く進め」
そんな声がしたのと同時に衝撃を感じて体は浮き上がる。
内心動揺しつつも、目の前に迫る井戸のふちに慌てて掴まり息を吐く。
振り向くと俺の後ろには170センチはありそうな大き目な男性の姿。
蹴りを放ったのだろう姿のまま、片足を上げており、背中の衝撃はこれかと納得した。
「はぁ・・・・」
この最底辺グループの中でも俺の立ち位置は下かと理解して溜息を漏らすが、これ以上止まっていると次に放たれるのは昨日の男による叱責である事は容易に想像がついた。
無駄に痛いのスキルがあっても嫌なので、リドにならって衣服をきたまま頭から水を二度かぶり、先へと進む。
暫くそうして進んでいると何やら見慣れぬ服を着た男が一人一人に対して手をかざし『浄化』なる言葉を呟いていた。
「まさかとは思うが、そうなのか?」
非現実的だがもしかしたらと思いステータスウィンドウを開きつつ、男の浄化とやらを受けてみると、汚染などと書かれた項目のパーセントが40%から10%ほどに変化していた。
これには流石に驚いたが、これなら耐性と合わせて死亡率が低いのにも納得だ。
ビバファンタジー! ノーモア科学! 魔法最高! と内心微かにみえた光明に心が踊るのを感じた。