強奪
「なんだよ今日もカレーかよ」
「馬鹿言ってんじゃないよ、カレーは二日目からが美味しいんじゃないの」
「・・・・へいへい。もう少しましなものが食いてえな」
「黙って食べな!」
今はもう思い出せない誰かがそう言うと軽い音と共に痛みが走った・・・・・。
「・・・・・頭を叩くんじゃねえよ、クソババァ・・・・・」
胸の痛みと共に慌てて飛び起きるが、目に飛び込んで来るのは見知らぬ光景。
周囲を見回してみても見えるのは安っぽい作りの部屋。
恐らくは中級の宿なのだろうが、目覚めは最悪。
「くそっ! 何なんだよ。今更思い出すなんてよ」
我ながらなんて様だ。
少しばかり昔の事を思い出したぐらいで、幸福を感じてしまう辺りどうかしている。
「こんな事なら見ない方がましだろ。余計つらくなる・・・・」
前世とはまるっきり違う世界にたった一人。
親しかった友人もおらず、虚しい気持ちだけが増していく。
「・・・・最低だろこの世界」
郷愁と共に付随する記憶が蘇える。
それはきっとこの世界へ渡った頃の記憶。もう、二度と見たくは無いのに失敗する度に思い出す。
「目覚めなさい、世界を渡る者よ」
真っ白な空間の中、何だか分からない存在がそんな言葉を俺に向けて語り出した。
勿論、見るからに胡散臭い光景に、高校生にもなって中二病かよと突っ込むのは当然の事。
年齢を考えろと、眠っているであろう俺自身に唾でも吐きかけたくなったが、悪夢はいっこうに覚める事は無く、謎の存在は現実の者のように語り出した。
「まったく、情熱の無い子供ですね。そんな事では生き残れませんよ?」
あちら様も白けているのは同様か。言い分も冷めたものだなと言いたくはなったが、偉そうな雰囲気だったので黙って言う事を聞いていると・・・・。
「貴方には選択肢があります。我々の世界へ転生し、生きていくか、もしくは消滅するかのどちらかです」
今なら冷静に突っ込んでやれるが、それは選択肢ではない。
そして今の俺ならば喜んで消滅を選ぶのだろうが、その当時の俺はまだまだ若かった。
いや、若すぎたんだ、何もかも・・・・。
「・・・・・悠長の方ですね。こちらとしても能力が低い者は不要なので、消滅───」
「ま、待ってくれ!」
こちらの思惑など知った事かと告げられる死刑宣告に、当時の俺は慌てて手を上げてしまった。
このまま伏して、消滅を待てばよかったものを・・・・。
だが、そんな選択を誰が責められるものか。
謎の存在はまるで作業的に人の生死を決定し、動作も面倒くさいとばかりにゆったりとしており、脅しなどでは絶対にありえない。
まるで虫でも潰すかのような傲慢さに、当時の俺が抗う術などありはしない。
何故に虫は死の間際まで抗うのか? なんてことを今の俺ならば置かれた状況にそんな事を思うのだろうが、生物というものは皆そんなもんなのだろう。
死を前にして生きることを放棄するなど、不可能な事なのかと、何度も見た結末を眺める。
「なら、転生ってことで宜しくね。あぁ、そうそう・・・・ひとつだけ能力をあげましょう」
「能力?」
なんだか聞いた事のある展開に、転生特典とかそういうものかと浮かれたものだ。
「そうですね。あぁ、これがありましたね。では、授けましょうか、一度だけクラスを強奪する権利を」
謎の存在がそう言うのと同時に、俺の視界は白色の世界より色を取り戻し、気づいた頃には見知らぬ部屋で横たわっていた。
「王様、王子が目を覚まされました」
「死んだかと思ったが、案外丈夫で助かったな」
侍従風な男が声をかけたのは、豪奢な衣装を身にまとったいかにもな風貌の男。
こちらを見つめる目線は冷たく、品定めでもしているのかと言いたくなるが、思い浮かぶ記憶の残滓が、止めろと警告していた。
「練習試合で気絶したと聞いたが、これは使い物になるのか?」
男は俺を見つめている筈なのに、気にもとめず侍従に対して言葉を重ねる。
侍従も俺の事などどうでもいいのだろう。ちらりと一瞥した程度で、手に持った報告書に目を通すと、つらつらと事務的な報告を続けた。
「残念ながら、第一王子のように勇者の素質は御座いませんでした。また、剣士の素養は備わっていないのか、剣術など有用なスキルを使っているようには思えず・・・・・」
「つまり、失敗作か」
「・・・・現状ではそう断定するしか無いかと」
人の評価を勝手に判断してるんじゃねえと、叫びたかったが、今それをするのは死ぬことと同じ。
黙って俯き耐えるだけしかできずに、震えていると、そいつもそんな俺に興味を失ったのか、顔を上げた頃には居なくなっていた。
「・・・・・・何なんだよ」
最悪な転生に謎の存在への憎悪は強まっていく。
日々、切り捨てられる恐怖と孤独に苛まれ、何か無いのかと縋りついた先には、奇妙な言葉。
『・・・・一度だけクラスを強奪する権利を』
謎の存在と付随する言葉。ここで生きていく為には寄る辺となる重要なクラスを奪う権利。
そう、これは、偉大なる者から与えられた権利・・・・・。
たまたま死に、生まれ変わったのでは無く、新たに生まれることを選ぶことが出来た主人公こそが俺なのだと。
だからこそ、強者である者から奪うのは当然の事なのだと、理解するまで時間はかからなかった。
「だったら奪うのは決まってる・・・・・」
目覚めるきっかけとなった人物を思い出し、愉快な感情が胸を熱くするのを感じていると不意に寝室の扉が開かれた。
「・・・・ルーク、大丈夫か?」
開いた扉から入ってきたのは俺と似た子供。
俺よりは年上なんだろうが、記憶を思い出した俺からしてみれば幼稚な少年。
しかしながら、彼は第一王子であり、『勇者』のクラスを持つこの国の宝。
対して俺は『戦士』のクラスであり、スキルも糞の役にも立たないものばかり。
俺を転生させた奴はなんで『勇者』のクラスを俺に与えなかったのか訳が分からない。
「大丈夫ですよ、兄上」
「そうか、ならば良かった。頭を強く打ってしまったからな、練習試合とは言えやり過ぎてしまった。申し訳ない」
そこまで言うと目を伏せ、こちらへと頭を下げてきた。
俺としてもこのまま不貞腐れているのも子供じみているので、早々に切り上げようかと思っていたが、そんな気持ちとは別に無機質な映像が目の前に現れた。
『勇者』のクラス及びスキルを強奪可能。
などと書かれた表示が点滅して先を促してくる。
見たことも無い表示に一瞬固まってしまうが、あれの言葉を思い出せば一目瞭然。
心の中で『奪え』と念じてみると、何かが抜ける様な感覚に追従し、俺の中に巨大な物が流れ込んでくるのを感じた。
「・・・・っな」
急激な変化は目の前の男にも起こったのだろうか、呻き声を発して痛みに身をよじらせ、それは壊れた機械のように床を転げ回った。
「っあぁああああああああ」
滑稽な姿だなと、壊れていく兄を眺めていたが、俺にも変化が現れはじめたのか、次第に熱を帯びる肉体に対し、増していく眠気。
強引にまぶたが閉じていく最中、最後の最後に映ったのは従者に抱えられていく兄の姿。
絶対的強者であり、国の跡目である彼を大切に扱うさまは俺とは対照的。
全くもってくだらないもんだと思ってしまうが、それも今だけの事。
次からその場所に立つのは俺なのだから・・・・。
「・・・・・・くたばれ、兄上」
そう、これが最低最悪な俺の始めての記憶。
今思えばこれこそが全ての間違い。
直ぐに決断を下すのでは無く、もっと情報を集めるべきだったんだ。
「・・・・・まさか『勇者』がこんな使えないクラスだと誰が思うんだよ。なにが皆の力を束ねて戦いに挑むクラスだ!? そんなもんは勝てる前提の話だろ! 逃げる選択が不可能とか意味が分からん。勇気と無謀を履き違えんなよ!」
確かに低級クラスに比べて能力は別格。多種多様なスキルもあるにはあるが、全ては勝てる事が前提の設計。直近の戦闘が顕著だろうが、逃げるのに交渉ありきとか馬鹿の設計だろうと、超常の存在の頭を疑ってしまう。
「・・・・これなら商人にでもなって城を出るべきだっただろ」
思えば元の戦士もそう悪くはなかった。下手に縛りも無く、能力を生かせば上位にもなれた。
程々に生きていくことを目的とすれば、貴族で無くても楽して生きていけた筈だった。
「糞、こんな事を思い出すとか最低最悪だな。きっとこの匂いが原因・・・・・・・」
口で言いながら嗅いだことのある匂いに、母の顔が浮かび上がる。
悲しいのか嬉しいのか分からない感情。鼻の奥からはジンとした痛みを感じ、郷愁と呼ぶ感覚か、胸が熱くなるのを感じた。
「・・・・・どうなってんだ?」
何度となく夢想した家庭的な味を求めて、俺の足は知らず知らず寝室を抜け、階下へと辿り着いていた。
「勇者様、おはようございます。良ければ華麗、食べません?」
そう言ってこちらへ笑顔を向けるのは公爵家の聖女様。
手にはカレーが盛られた皿を持ち、テーブルには味の悪いパンの山。
賢者と剣聖は我さきにとカレーを手にして知性の欠片も無く、パンを片手に食べており、お前等は一応貴族様だろうがと、指摘したくもなったがこの世界の食事を思い出して放棄する。
「・・・・・それは、カレーか?」
「はい、華麗ですわ。まさか勇者様がご存じとは」
さすがにこれは不味いかと思い。
「いや、少し聞いた事があっただけだ」
と、やや苦しい言い訳をしてみるが。
「あぁ、成程・・・・あの屋台で食べられていたのですね」
などと曲解してくれたので、そのまま頷いておいた。
「勇者殿! これはとても美味しいですよ! 今まで食べていた野菜スープが濃厚な味わいになるのです! これは食事に関して研究するのもやぶさかではないですね!」
賢者も頭がおかしくなったのでは無いかと思える程にがっついており、皿の枚数からも3皿は既に食べているようだ。
「確かに! 旅の食事はとても重要ですから、はむはむむ、僕もそれには同意致しますねっはむむ・・・・・って賢者殿、そんなに食べたら僕の分が!」
冷静沈着と言うか死んだ魚の様な目をしていた筈の剣聖までもが何故か生き生きとしており、困惑するが、早い者勝ちならばいう事は無い。
「・・・・・俺の分も当然、残ってるんだろうな?」
「勿論ですよ、勇者様」
そう言って聖女より渡されたのは何とも素朴で飾りっ気もない家庭的なカレー。
高級という訳でも無く、ただただどこの家でも普通に食べていたであろう、日常食。
前世であれば肉が食いたいと喚いたのだろうが、口に含めば何のことは無い・・・・。
「・・・・・くそうめえな」
食事程度で馬鹿らしいが、この程度で勇気が湧くのだから愚かなもんだ。




