因果
「普通に開いたな・・・・」
始めての事に緊張していたのが馬鹿らしい。難しい事などは一切なく、些か肩透かし気味。
想定通り夜の森に開いたようで、ゲートの先から聞こえてくるのは木々が風に揺れる音と虫の声。
このまま抜けてしまおうかと思ったが、警戒するにこしたことは無いかと『索敵』を使ってみるが。
「・・・・索敵にも引っかからないか」
流石にこれ以上は注意しすぎかと若干気も緩くなる。
ならばとゲートから体を出してみるが・・・・・人の気配は無いようだった。
「外は普通に森の中だな・・・・影響は無さそうか? いや、少し影響があるのかこれ?」
周囲を見渡してみるが影響といっても悪影響では無い様で、逆にゲートによる魔力の影響か? 木々は逆に栄養をとりもどしたかのように艶やかに見えた。
「・・・・・まぁ、問題は無さそうだし、大丈夫かな」
ダンジョン内でも魔力を与えただけでは問題は無かったのだから大丈夫かと思考を停止する。
「さてさて、想定通りかな街の方は」
「シロ様の想像通りかと思われます」
「僕が消えたのなら混乱してるですな」
「・・・・んじゃまぁ、見に行くとしますか」
予想通りかどうかを確認する為にも俺達は街へと急いだ。
◆
「このままでは民が飢えてしまいます・・・・・」
死地より這い出たわたくしたちを待っていたのは地獄でした。
唐突に消え去ったダンジョンという魔境は思いの外この街にねずいており、元よりダンジョンが存在する事で優位に立っていた関係には亀裂が生じ、ザークという街の信用度は大幅に低下。
それに伴いダンジョンが存在するという優位性を武器に今まで横暴な態度であったことが災いしたのか、輸入に頼っていた食料の価格は上昇に転じ、民草は飢えるばかり。
元はといえばダンジョンに頼り切った政策が裏目にでただけですが、責任をとるべき領主は既にこの街を捨てて王都へと逃げてしまい、残されたのは無辜の民ばかり。
「・・・・・わたくしの力では飢えを癒す事はできないのです」
何が聖女か? 傷を癒す事はできても飢えという死の病からは救えない。
ならば農具を手に田畑を耕そうとしても、そんな力はこの手にはありはしない。
わたくしに出来る事は戦士を癒す事だけ・・・・。
「あぁ・・・・何が聖女ですか・・・・・」
これならば農民の方が数多の命を救済する事ができてしまう。
貴族という生まれを商人に振りかざそうと、金銭の伴わぬ言葉など虚しいだけ。
彼等に見えているのは確実な信用であり、ダンジョンに破れて逃げ帰った勇者一行など信用するに値しないのだと・・・・。
「・・・・・民を・・・・民を救いたい・・・・・」
どうすれば民を救えるのか。どうすれば・・・・どうすれば・・・・・。
思考はまとまらず、けれど救わなければならないと『聖女』というクラスは私を苛む。
『苦しい、痛い、寒い・・・・・助けて』
呪いの如く頭の中を駆け巡る救世の願い。常に賛美されていた王都とは真逆の世界。
人々の怒りと悲しみが街全体にうずまき・・・・・私の心を汚辱する。
「・・・・・っははははは」
もう、これ以上は限界です・・・・・心が押しつぶされてしまいます。
痛みと怨嗟が広がる街の中・・・・・ふと、一瞬の事ですが光が溢れた。
「・・・・何の光でしょうか」
飢えと悲しみが広がる本通りを光に向かって歩き出す。
歩む私をすり抜けるのは笑顔の子供達。私には出来なかった救世の主がこの先にいるのだと心の奥底が理解していた・・・・・。
「・・・・ここは?」
光源へと辿り着いた頃には苛む声は消えており、周囲から放たれるのは喜びの声。
原因を探るべく周囲を眺めていると、視覚よりも先に嗅覚が嗅いだことも無い強烈な匂いを感じ取る。何事かと匂いの先に視線をやると・・・・・。
「何ですか、あれは?」
大きな鍋から黒い汚物のような汁を皿に盛る奇妙な一団。
呪術の類かと警戒するが、光を発するのは彼女達だと理解し、尚更混乱してしまう。
「・・・・・ですがあの汚物、匂いだけは良いですね」
腹が減れば何でも極上になりうるのか、民は汚れた汁を嬉々としてパンにつけて食べており意味がわからない。
「パンと食べているのですから煮汁の一種なのでしょうか?」
もしかしたら不味い味をこの強烈な匂いで誤魔化しているのでは無いか?
いや、そうに違い無い。この街で食べられるものは腐った野菜ぐらいなもの、ならば匂いで誤魔化すのは手段として適切ではないかと今更ながら理解してしまった。
「・・・・成る程、その為の匂いですか」
食えない物を食えるようにするという思考に至らなかった己を恥じるばかり。
こういった柔軟な発想こそが大事なのだと貴族的思考を改める。
「申し訳ございません。浅ましい事では御座いますが、わたくしにも煮汁を一杯いただけませんでしょうか? 民を救う為、どの程度であれば人々に受け入れられるのかを知りたいのです」
意を決して救済の主へと声をかけてみるが、相手方の対応は少しばかり異質。
わたくしを見るなり何故か眼鏡越しに目を見開き驚いた表情。
覚えの無い顔だったのでわたくしは反応に困ってしまいますが、困るのはあちらも同じでしょうか。
微妙に引きつった表情を浮かべては歪な笑顔で対応しはじめた。
「・・・・・身なりからして何処ぞのお嬢様だろうけど、止めておいたほうがいいよ。多分口に合わないだろうから」
一瞬で貴族である事が判明してしまい戸惑うばかり。
言葉の意味から服装に原因があるのだろうと理解し、今の装備を眺めて・・・・・。
「・・・・あっ」
成る程と納得してしまった。国宝である装備に身を固めていた事をすっかり忘れており、周囲の視線も何処か遠巻き。
救世の願いに引きずられて慌てて駆け付けたのが仇になったかと恥じ入るばかり。
少しは状況を理解するべきだったが、それも今更。
これ以上迷惑をかけてなるものかと慌てて救世の主である女性へと頭を下げる。
「威圧的な服装ですみません。これは戦意高揚の力が付与された装備でして、元々は大規模戦闘用と言いますか・・・こんな場所で着る物では無いのですが、慌ててしまいまして。あぁ、そうじゃない、そうじゃない。そ、その、煮汁の件ですが・・・・・わ、わたくしにご教授頂けないでしょうか!」
自分で言っておいて支離滅裂でまったくもって無作法が過ぎる。
いきなり過ぎたと慌てて何度も頭を下げるが、さすがに都合が良すぎるかと顔をあげて相手の顔を眺めてみる・・・・と。
「・・・・まぁ、別に教えるのは構いませんよ」
などと困った表情であったが、軽い返答が返ってきてしまい益々混乱してしまう。
身分を笠に着る行為だったのでは? これは脅しでしょうか? などなど自らの行いに反省すべき箇所は多々あれども、民を救いたい気持ちに嘘は無い。なればこそ貴族のプライドなどかなぐり捨てて感謝の言葉を述べる。
「感謝致します!」
貴族の所作としては恥ずべき行為だろうが、癒せぬ苦しみを前に知った事か・・・と。
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