ダンジョンの主
目の前で決闘の場が出来上がっていくのに対し、思考は冷えていく。
戦う際は常に冷静に・・・・そんな呪いのようなものが奥底にこびりついているのを感じるが、そもそもの話、わたしは考えるのに向いてはいない。
「出来る事などただ戦うのみ」
自己を定義づける言葉でもって両の手に力を込め、眼前の扉より漏れだす殺気を見つめる。
「行くですな!」
ダンジョンの主が命じるなり重々しい扉は音を立ててゆっくりと開き。
それに合わせて冷たい殺気が垂れ流された。
「・・・・・・・」
呼応して冷や汗を垂らす己が身体。
飲まれるものかと呼吸でもって精神の沈静化を促す。
「っふぅ~~~」
濃密な闇が満ちる扉の先より巨大な物体が歩く音だけが響き渡る。
心を平常心へと繋ぎとめていた手綱を握りしめ、相手と向き合うために顔を上げた瞬間、体は呼吸することを止めた。
「・・・・・・・・」
見つめる先には威風堂々たる姿。
主より頂いた両目より導き出された正体は『地龍』
だがしかし、己が目に見えるのは名称だけ。
その数値でさえ軒並みエラーと記載されており、戦力差は不明。
姿形だけを見れば大きな蜥蜴にも見えなくはないが、内包する圧力がそう語るのを許さない。
恐らく、手の一振りで大地を砕き、天は裂ける。
それ程に圧倒的であり、同じ生物として比べる事が愚かの極み。
戦う事など馬鹿げた行為だと己が肉体は悲鳴を上げていた。
「僕の本体ですな。年齢はお前と同じですが、取り込んだマナが違うのですな。肉は美味かったですから、諦めるなら見逃してもいいですな」
勿論、ダンジョンの主にとっても弱者の姿は見慣れたものか。
本心で心配でもしたのだろうその声色は母が子にかけるような色で満ちており、だからこそ敗北する訳にはいかなくなった。
「わたくしは心配していたのです。強くなり過ぎた、戦う相手はもう居ないのでは無いかと。ですが、それはこの様に杞憂でしか無かった。もっともっと強くなって良いのだと、戦う相手は存在するのだと教えてくれた。やはりシロ様との旅は面白い、神に仇なす御方はこうでなくてはなりません」
「・・・・ですな?」
やはり主にとっては神に反逆するなどその程度の事なのでしょう。
今更何を言うのかといった風な態度は真似できません。
そもそも死者の蘇生など神に逆らわなければ不可能な話。
素晴らしい主様に仕える事ができたのだと、器の違いを再認識してしまいます。
ダンジョンにしても神の領分。それを自分の物にするなど矮小な身では考えつかぬ暴挙。
流石は神に抗おうとする方なのだと溜息すら漏れてしまいます。
「・・・・・だからこそ、わたくしは全てを殴殺しなければならないのです」
「っふふふ。何だか分からんですが、その意気や良しなのですな。では、行くですな」
会話は軽いが、地龍の動きは重々しく殺気に満ちていた。
挨拶がわりと振るわれた逆立つ岩の刃。視界を埋め尽くす勢いに圧されつつも早々に対処せねば死を待つばかり。切り刻まれる前に手あたり次第、目の前の刃に拳を叩き込む。
「っらぁあああああっ!」
魔力を覆った状態での格闘戦。多量に放出した魔力が蒼い炎となって周囲に漏れだす。
まだまだ魔力の無駄使いが多いのだと理解するが、限界状態では仕方ない。
「この攻撃に耐えるとはやるのですな。でもまだまだ──」
主がそう言うと、背筋に冷たいものが奔る・・・・・不味い、後ろ──。
『索敵』を周囲に展開していた事が功を奏した。視界に頼らず、脳裏には対象の形がはっきりと像を結ぶ。しかし、見えていても回避不可能。被害を最低限に減らすため両の手を接点へと割り込ませ、衝撃で吹き飛ばされ距離を稼いだ。
「尻尾攻撃も防ぐですな。やるですなぁ」
如何やら攻撃の正体は地龍の尾であったのか、尻尾が存在した場所には小さな穴が開いており、そこから地面を伝って攻撃をしかけたのだろう。
対人戦闘ではあり得ない戦法に舌を巻きつつも、打開策を探して思考を巡らせる。
魔力が集中する場所は・・・・胸部。端から削れば・・・・。
攻撃を警戒している事からも命中すればダメージを負わせる事は可能。
無警戒に再度振るわれた尾の一撃に手刀を合わせる。
「シッ──」
「んっぎゃぁぁああ!?」
瞬き程の刹那。主の声から悲鳴が上がり、舞い上がるのは地龍の尾。
こちらも無傷とはいかず、手首の骨は折れたが悟られてなるものか。
こちらが有利であると見せかける為にも痛みで呻く地龍に接近し、無傷の左で掌打を繰り出す。
「ぬな!?」
当然、表皮を叩いた程度では効果は無い。更にその奥、魔力の集中する魔石に魔力を叩き込む為にもこの距離こそが最適。これを逃せば勝機無し。
肉体に蓄えた魔力を全力で攻撃的な波へと転化させ叩き込む。
「破ッ!」
全身から絞り出した魔力の渦。到底無事な筈も無く、体が軋みを上げる。
叩き込んだ左手は早々に根を上げ、血は吹き出し、色は一瞬で土気色。
急激に込めた魔力の反動か、右の目は破裂しており、視界は半分削られた。
龍などと呼ばれる化け物を想定していなかった事を恥じるばかりだが、ここは相手の堅さを褒めるべきか。強固な守りに全力で突っ込めば相応なダメージを受ける事は予想していたが・・・・。
「・・・・さ・・・すがわ・・・・龍・・・ですね」
喉元からせり上がる不快感。邪魔だと吐き出した先に見えるのは大量の血塊。
だが、こんなもので止まれるものかと折れた程度の右拳を振り上げ・・・止めをさそうと振りかぶり。
「ま、負けですな! もう無理ですな!もう止めるですな~~~~」
などと気の抜けた声に力が抜けていくのを感じた。
「・・・・・・・・」
さて、どうしたものかと判断を仰ぐ為にも主様を眺めるが、この結末も予想通りか表情は冷ややか。
満足する結果を出せなかったかと、胸中のわだかまりを吐き出し、勝者として右手を差し出す。
「・・・・力をお貸しください、ダンジョンの・・・主・・・殿」
勝者の姿としては惨めだが、これが今の限界。
相手側にしても負けたという思いは同じか、小動物姿の主は差し出した右手に軽く手を当て。
「も、勿論ですな! これからもどうか宜しくお願いするのですな!」
敗者として負けを宣言してくれたダンジョンの主に対して肩の荷が下りた。
とはいえ勝者と敗者の構図としては褒められたものではない。
小動物を虐めているようで立つ瀬も無いなと呆れてしまうが、意識があったのはここまで。
最後の吐息を吐くなり視界は暗転していった・・・・。
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