走馬灯1
「どれだけ時間をかければ済むんだ!?」
俺が初めて意識を取り戻した時に感じたのは痛みと不快感だった。
恐らくは声よりも先にでた右手によって俺の頬は殴られ、何本か歯が折れたのを理解した。
当然、殴られた体はふらつき倒れようとするが、男はそんな事を許す気もないのか俺の首を左手で締め上げ、男と同じ目線まで引き上げていく。
「・・・・あっう」
生命が持つ防衛本能と言うべきか、痛みや恐怖から逃れようとするように意識が遠くなるのを感じたが、男にそんな事を許す優しさなどそもそも存在しないのか、再度振りかぶった右こぶしが腹に突き刺さり、俺は反射的に込み上げるものを吐き出した。
「・・・おぇ」
口から漏れたのはほとんど水しか含まれていないような液体だったが、所々かすかにイモの様な物体が見て取れた。
冷静に判断するならば栄養がまったく足りていないなと思うばかりだが、出所が出所。
自分の体から漏れているならばそれは自身の身に他ならず、今朝までの状況との差に混乱してしまう。
「何なん・・・・だ?」
「あぁ!?」
まったく反省の無い態度に男が笑う訳も無く、おまけだとばかりに追加の一撃を腹に加えると、俺の体を水の張った大瓶の中へと投げ捨てた。
「っぶ」
急速に奪われる酸素を求めてじたばたと体を動かすが、どうにもおかしい。
手と足の間隔はどれも短く、瓶が大きいといっても精々大人二人分。
体全体が入るとしても瓶の両端に手が届かないというのは異常そのもの。
「っち! 汚えガキのせいで水瓶が汚れちまったなぁ」
そんな声が聞こえたのを最後に俺の意識は思考する暇もなく、刈り取られていった。
「大丈夫か?」
次に目覚めた時に見たのは不思議な光景だった。
「誰だ? それにここは何処だ?」
目の前には粗末なぼろ切れを着た少年と冷たい石造りの部屋。
何処か古いRPGの牢屋を思い浮かべる作りに疑問が湧いてくるが、目の前に人がいるならば聞いてみるほうが早いかと問い掛けてみる。
「多分大丈夫だと思うが、君は誰だ?」
俺の問い掛けに少年は驚いたのか目を瞬かせて息を飲み、同じく言葉を投げ掛けた。
「幼馴染の顔も忘れたのかい? ぼくの名前はリドだよシーラ」
リドと名乗る少年は俺をシーラと呼称する。何とも聞きなれない名前に首を傾げるが、何故かシーラと呼ばれた名前がしっくり来るような気もしてくる。
だがそれは気がしてくるだけで、俺としては納得しかねるのも事実。
疑問を解消すべくリドに質問する事数十分・・・・。
「・・・・異世界転生とかいうやつか」
どうにもこうにもそういうジャンルらしく、こちらで死にかけたせいで過去の記憶が蘇った的なやつらしい。そもそもここに住む奴等は国に飼われた奴隷のようなもので、人権ってやつはゴミ同然。
前世のブラック企業なんて目じゃないぜって感じの労働環境で働いていたせいで、死にかけたらしい。なんでも不遇なクラスと最悪なスキルの組み合わせを俺は持っているようで、俺に出来る仕事はここでポーションやら薬を作る事だけなんだと。
「意味が分からん」
納得することも出来ないが、頭の中でステータスウィンドウとやらを思い浮かべると、眼前にはそれらしきものが浮かんでいた為、納得せざるを得なかった。
「虚しい」
せっかくつまらない人生から逃れたのかと思ったんだが、生まれ変わってもそれは変わって無い様で・・・・・いや、悪化してさえいるようで、何とも溜息の漏れる状況だと理解した。
「それでリド、俺のクラスは錬金術師でスキルが折れない心とかいう戦士系のスキルだと?」
溜息はでるが、折れてはいない心でもって現状を再度確認してみる。
「うん。基本的にはクラスに相性のいいスキルが発現するんだけどシーラの場合は何故か戦士系のスキルが出ちゃったんだよね。戦士だったら痛みとかを我慢して戦う為にも必要なんだけど、道具を作る錬金術師にそれはどうなのってね。できれば道具作成効率みたいなやつとか、精神力消費低減とかであれば良かったんだけどね」
何てことをつらつらと語っているが、同じ部屋にいるからにはリドにも何か問題があるのは確か。
記憶を掘り起こせればいいが、思い出せるのは言語と多少の識字率程度。
言葉に不自由しない事は助かるが、字もまともに読めないのでそこは大変だが、それはどこも似たり寄ったりかと文化レベルを見て思う。
「それでリドのクラスとスキルは?」
「急だねぇやっぱり性格かわったよね? その見た目でおじさんっぽい言い方は色々と納得できないけどまぁ、手間は省けるか」
ぐだぐだと話をしている余裕があればそれも構わないが、ここの労働環境を察するにブラックそのもの。寝る時間とこれからの目標設定の為に色々省いた結果これが効率が良かっただけだ。
「君の想像通り僕もクラスとスキルが合ってないのさ。僕のクラスは戦士でスキルは道具作成効率と精神力消費軽減(小)っていうなんとも錬金術師っぽいスキルでね。でもクラスが戦士だから作れる道具のランクは高くないっていうちぐはぐさ。戦士としてやっていくにも肉体強化とか優秀なスキルがなければ足手まといになるって事で、後方支援の落伍者って訳」
俺を心配させないようにか努めて明るく振舞う姿に対して、子供に気づかわれる俺自身情けなく感じつつも、そう思う事すら情けない事かと気持ちを切り替え思考を巡らせる。
「・・・・ここから身を立てる方法はないんですか?」
「君をシーラと別って考えた方がいいかもね・・・・」
リドはそうやって割り切るなりこの世界のルールを話始めた。
まず最初にこの世界での価値とはクラスとスキルだという事には驚いた。
リドの戦士というクラスは最底辺のクラスであり、それは俺の錬金術師も同じ。
上にはナイトやら侍やら、魔法剣士やらが名を連ねており極めつけは勇者やら剣聖などが存在するらしい。また錬金術師も同じく何でも作れるがその反面専門性には乏しいらしく、薬師なんていう専門職には到底及ばず、できるのは低ランクの回復薬作成と同じく低ランクの装備やら道具の作成にとどまる・・・と。
聞いているだけでもどん詰まり感が否めないわけだが、聞かない事には始まらない。
我慢しつつも聞いていると能力の向上や、クラスの上昇などというワードもちらほらと出始めた。
「つまるところ生物を殺せば力を奪えるってことか?」
「急に過激だね」
「でも、そういう事だろ簡単に言えば」
「まぁそうなんだけども、実際には成長の為の糧というか未来の先取りみたいなものかな」
回りくどい言い回しだが結局のところ成長するルートはある程度決まっていてそれの足しになるかどうかって話なのだと。つまり補助クラスは補助でしかなく、戦闘系でないものには勝てないというルール。そして優遇されたスキルはそのまま強く伸びるが、戦闘系でない限りはこの国では底辺だという事。
「倒して強くなるっていう下地があるからこそなのか? そもそも何と戦ってるんだ? 強者が必要な理由は?」
色々な疑問が浮かび上がるがそうした情報に触れる事の出来ない人材であろう事はリドを見ても理解できる訳で、仮説するしか無いのだが・・・・。
「戦争の道具・・・・防衛? 侵略? それとも倒さなければいけない何かが・・・・」
ゲームであれば魔王やらなにやらが存在しており、それらを倒せばゲームクリアなんだろうが、そんな安易な話があるのだろうか? 過去の世界と比べてみても個人の突出した能力を求める雰囲気とそれを現実にする力。そしてそれを肯定する下地があるのだとすれば抑止力として暴力が行使されているのは言わずもがな。結果戦えぬ者を虐げて戦意高揚とするのは策としては悪くないのかと理解してしまった。
「色々と分かった。ありがとうリド」
「・・・・・分からないで良い事も理解した気がするけど言わないでおくよ。それと一応君は女の子なんだから言動には気をつけた方が生きやすいと思うよ。じゃあお休み」
リドはそう意味不明に呟くと地面に敷かれた藁をかぶり寝息をたてた。
「これからは忙しくなるな」
これから先の事を考えて気持ちが落ち込むが、スキルの折れない心とやらがそれらを帳消しにしてくれる。使えないスキルだと言われていたが、案外使えるようでなによりだ。
痛みの軽減と微かな回復効果、精神強度の補強などなどブラック会社務めにはありがたいスキルだとスキルに感謝を述べ、俺も目を閉じた。