感情
下賜された武器を身に着けた拳を見つつにやけてしまうのが止まらない。
こんな気持ちになったのは何千年ぶりか。武としての極限へと至り、その先が見えているにも関わらずそれをなせぬ脆弱な身体への落胆。隔絶した強者へと至れぬ無念を胸に生きるにはエルフという生は長すぎた。徐々に膿んでいく心、長く行き過ぎた弊害か、人では至れぬからこそ絶望は相応。これならば死んだ方がましかと、人質交換に応じたが・・・・。
このような結末になるとは思いもしませんでしたね。
「・・・・・はぁ」
前を進むのはわたくしにとっての神様。
高度な偽装を施す眼鏡を身に着けている為、そこらの者達には平凡に見えていますが、とんでもない。他人をゴミの様に見つめる瞳は冷ややかでまるで宝石を思わせるほど神秘的であり、些か冷ややかではありますが、愛嬌を装ったいつもの表情とは正反対。氷を思わせる美しさに彩られており、御髪もまた偽装とは反対の雪を思わせる潔癖な白色。
背丈も可愛らしく私の胸元辺りですが、身長に似合わず胸元だけは不相応なアンバランスさ。
見るだけで魅惑的で蠱惑的な印象を感じてしまいますが、この姿を見る事ができるのは一部の強者のみでしょうから忠臣としては胸を撫でおろします。
こうして見つめるだけでも胸の奥から熱いものがわきあがるのを感じて、溜息が漏れてしまいますが、そんな事は臣下としてあるまじき行為。
主様の視線がこちらへ向く頃には緩んだ顔を引き締め、何事もなかったのだと平然を装います。
「大丈夫?」
「・・・・問題は御座いません」
「・・・・そ、そお。なら良かった」
流石に主様を騙す事など出来ないという事でしょう。わたくしの本心など手のひらの上。
くだらない考えに耽る愚か者とお考えでしょうが、それでこそ主様。
神でなければなし得ない生命の強制進化。人では到底なしえぬ神の御業を前に、狂姫などと呼ばれていたわたくし程度、塵芥。全身全霊をもってさえ及ばぬ至高の存在に対してわたくしの心臓は早鐘を打つ次第で。
「・・・・・はぁ」
何度となく漏れてしまう吐息に表情を引き締めようとするが、至難の業。
運命の人と出会うなどと、若い者達はくだらぬ幻想にうつつをぬかしていたが、それは本当の事だったのだと今更ながらに恥じ入るばかり。小さな世界で他を見る余裕も無く、殻に閉じこもっていたのは自分自身。そう、わたくしにとってこの出会いはまさに望外の極みであり、信仰すべき御方。
以前であれば森の神にでも祈りを捧げたのでしょうが・・・・。
「・・・・我が神は此処に」
昂ぶりを感じて一瞬、本性が出てしまいましたが、小声であったことが功を奏したのか、主様は周囲に気をくばっている様子。
「このままでは・・・・」
鼓動を上げよと肉体が勝手な命令を下す
だが、しかしそんな事はできるものか。敬愛する主様の前で無様な恰好を晒すなど言語道断。
武神などと呼ばれ、数千年生きた我が思慕の情に振り回されるなどあって良いものか。
今に至るまで研鑽に研鑽を重ねた技術を総動員し、心臓が荒ぶることの無いように制御下におき、呼吸さえも平常心を装う・・・・が。
「疲れてない?」
こちらを思いやる言葉だけで心臓は暴れ馬の様に鼓動を刻み、目には何やら水が溜まって視界が歪む。何が起こったのか混乱は深まるばかり。どうしたものかと言葉を放とうとするが。
「装備に問題があったら言ってね。体の方は大丈夫だと思うけど、マナの吸収とかそこらへんはまだまだ未知数だから、もし何かあったらちゃんと報告すること。わかったかい?」
そうやって下から見上げる姿に心臓の鼓動は跳ね上がり、目頭が熱くなるが平常心、平常心。
「・・・・大丈夫です。ですが、頭が少しばかり茹でているようなので、お時間を頂ければ」
「それこそ大丈夫・・・・なの?」
心配そうに見上げるシロ様の姿にますます茹で上がりそうになり、必死で顔を背けて事なきを得る。
「頭を冷やす為にも単独行動の許可を・・・・」
「う、うん。問題があれば直ぐに帰ってくるんだよ?」
「畏まりました」
などと言って駆けだしたのは覚えているが、記憶があるのはそこまで。
激しい鼓動が痛みを感じさせるまで駆けていた事を思い出すと、周囲は見たことも無い風景が広がっており、ダンジョンの奥深くまで来てしまったのだろう。
「何処だここは? ふむ・・・・主様との繋がりは問題はない。辿れば帰還は容易・・・しかし、手土産の一つも無いのは如何なものか?」
頭も冷えたおかげか冷静な思考はできている。
しかし、冷静だからこそ正当な言い訳を用意しなければ立つ瀬が無いとも感じてしまう。
さてさてどうしたものかと考えていると・・・・。
「剣戟、魔力の乱れ・・・・こっちか」
魔力によって乱されたマナ、微かに響く金属音を頼りに辿り着いた先には何やら見たことも無い一団の姿が。
「くそっ! ミノ野郎が出るなんて聞いてねえぞ! どうなってんだ国の情報はよ!」
「知りませんよ勇者殿。そもそもその情報も先代勇者である貴方のお父様が書き記した手記ではありませんか、ダンジョンに変化があったのではありませんか!?」
『ムモゴォオオオ───』
怒鳴り合いつつも息の合った剣戟を左右から繰り出す若者達。
ミノ野郎と呼ばれたミノタウロスも拮抗状態に追い込まれているのか有効打は少なく、左右の手には流血の痕が見て取れた。
「援護魔法をもっと寄越せ!」
勇者と呼ばれた金髪の少年は後方に陣取る二人組へと悲鳴に近い怒声を放ち、それに応じるべく場違いな装備に身を包んだ二人組が動いた。
「魔力の腕よ、かの者に宿れ・・・・魔人の舞踏!」
「神の信徒たる聖女の名においてこい願う・・・・英雄の盾よ顕現せよ!」
どちらも稚拙で聞いたことも無い魔法であったが、効果はあったのか。
『──ッモ』
魔法が発動したのと同時に悲鳴を上げる牛野郎。
徐々に押し込まれている様を見るに増したのは力と重さ。
魔人の舞踏なるものが恐らくは力であり、英雄の盾と呼ばれるものが重さの正体。
後の魔法はデメリット効果しか無いように見えるが、前の魔法と合わさる事で攻撃に重さを与えており、総じて相性は良い。言葉の内容からして防御を増すのだろうが、一度押し込んでしまえばこの攻勢を覆す手札は牛には存在しない。
微かな抵抗として主に見せたような突撃を敢行するが・・・・。
「魔力の鎖よ、かの者を縛れ・・・・縛鎖」
魔力のこもった言葉に弱った身体では耐えきれなかったか、最後は身動きが取れぬところを左右から斬撃を喰らい・・・・鈍い音と共に崩れ落ちた。
「・・・・ふぅ。何が簡単に強くなれる場所だ! 潜って早々に死にかけたぞ! 何か? 俺を殺してメリットがある奴がそんなにいるのか?」
目立つ金色の鎧を着た男が声を荒げるが、残りの3人にとっても予想外の事態だったのか、疑問を述べる。
「我々を失う事は国力を低下させることと同じこと。次代の勇者が選定されたなど聞いた事も御座いませんし、我が家においても賢者のクラスを持つのは私だけ。結果として我が家は関与していないと言い切れます」
そう意見を述べたのは後方にて魔法を行使していた片割れの少女。
年の頃は勇者と呼ばれた少年と同じく17,8ぐらいだろう。見てくれは美しいのだろうが、冷たい双眸に対して髪色は燃えるような赤。整った容姿に冷たい瞳というアンバランスな見た目なのはどこか主様を思わせるが、そう考えるのは不敬というもの。
我ながらくだらない感想に耽ってしまったものだと無駄な感情にけりをつけて眺めていると、残りの者達も口々に関与を否定し始めた。
「同じく同意しますわ。早々に仕掛けるのであれば旅に同行する初日に仕掛けております。それにここで亡き者にするのであれば援護をする筈も御座いません。道中、わたくしの回復魔法に何度命を救われたか再考なさってくださいませ」
と、痛烈に批判。回復を受ける機会の多い前衛にとってその言葉は痛く刺さったのか、勇者ともう一人の少女は顔を見合わせ息を吐く。
「・・・・お二方が仰ったとおり、次代の件など聞いていません。自分もこの通り剣術のみが取り柄ですから、腹芸など家の者が出来るとは到底思えません。そもそも国の盾として存続を許されている我が家。政治には疎いものですから、考えるだけ疲れるだけだと思います」
そう告げると、まるで忠犬の如く命令を待つ様は学びに満ちていた。
背の高さは勇者とそう変わらぬだろうが、命令を承る仕草は子犬のそれ。
己にはこれが足りぬのかと、雷にでも撃たれたような衝撃が全身に奔る。
「・・・・・素晴らしい」
感嘆すべき立ち振る舞いに対して、自然と立ち上がり、声が漏れてしまう。
流石に不味いと思っても最早、後の始末・・・・。




