後片付け
「お見事です。シロ様」
一撃でもって豚の魔石と心臓を砕いた人にそう言われるのは嫌味に聞こえてくるが、クロの表情からはその様な陰は見られなかったので考えすぎという事か。
「クロも豚・・・いやオークの相手ご苦労様」
「滅相も御座いません」
頼りになる相棒のお陰で何にせよ初戦は上々。
入って早々にリタイアという事態は避けられたようで、満足な出来といっても過言ではない。
それに彼等にとっては悪い話だろうが・・・・。
「獲物を間違えたのは彼等だし、死んでしまったのだから貰っても良いよね?」
「当然です。先に手を出したのはあちらですし、遠慮は無用です」
この世界のルールに疎い俺にとってクロの考え方は一つの指標。
その指標が間違いでは無いと言っているのだし、問題は無いのだろうから、オークが吐き出した彼等の財布と武器だけ拝借しておく。
「おっ・・・・・・やっぱり手を出さなくて正解だったっぽい」
「・・・・ライセンスに死因と元凶が記載されておりますね」
財布と一緒に懐に納められていた銅のライセンス。そこには彼等の末路が記載されており、死因は全てオークによる轢殺からの、捕食。
きっとこの結果はライセンスに備わる機能である様で、死亡と紐づけられており、死と共に情報が集団的無意識へと書き込まれるのだろう。
「こう思うとライセンスって色々おかしな性能してるなあ。同じ機能のコピー品だろうけどそれにしても高性能過ぎる」
それは懸念材料が増えたことを意味しているが、分からないという事は相手の手の内でもあるという事。理解できない攻撃を受けているという訳でも無いのだろうが、無知は危険と同異議であろうし、この状況はむしろ好都合か。
「このダンジョンにしても鑑定で分かるのは到達できた階層まで・・・か。それにしても不思議なんだが、低級ダンジョンっていう割に誰も最下層まで到達していないんだな」
「・・・・まさか」
クロは何かを思い出したのか、目に宿った鑑定でもって暫くダンジョンを眺め・・・・・。
「どうやら此処は低級ダンジョンなどでは無いようです」
と、意外な答えが返って来た。
「クロが持っていた情報と差異があるってこと?」
「仮説になってしまいますが、低級ダンジョンと偽っていた可能性が高いと思われます」
「・・・・・あぁ。上級ダンジョンの数を詐称して国力が低いように見せたって事か」
「恐らくは」
ダンジョンが油田みたいなものだと考えれば納得できる話。
豊富な資源が眠っていることを他国に知られるのは不味い。
現状、休戦状態ではあるが、何時開戦するとも知れぬ状況。
休戦とは開戦の為の準備というのが王城内での主流派となれば、驚くことも無いか。
「でも、考えようによっては深くもぐれば人も居ないってことか」
「身を隠し、装備を整える場所としては最適かもしれません」
「だよね。幸か不幸か彼等の死体もダンジョンに喰われたオークと一緒になくなった事だし」
先程まで血の匂いをまき散らしていたオークの死体は煙の如く消え去り、残ったのは砕けた魔石が一つ。ミノタウロスの方はというと此方もオークよりも大きな砕けた魔石と、俺に断ち切られた角が1本残るのみで、死体はダンジョンに吸い込まれる様に消えていた。
「倒す前に切り分けた角が残ってるから、ダンジョンに吸い込まれる前に切断した物は素材として貰えそうだね」
そこらの鉄とは違うずっしりとした重さを手のひらに返す牛角。
素材としても先程まで使っていた手枷とは比べ物にならない硬度であり、魔力の通りも良い。
早速これで剣でも作ろうかと思ったが、戦力的には俺よりもクロの方が良いかと彼女を眺めつつ。
「クロは何が得意?」
一応聞いてみるかと問い掛ける。すると・・・。
「・・・・そうですね。殴ったり蹴ったりするのは得意です」
などと物騒な答えが返って来た。確かにオークを粉々にした技を思えばその通り。
この様子であれば無手でも大丈夫だろうが、安全を考えれば作業用手袋の様な物を作るべきかと考える。
「指は自由な方が良い?」
「いえ、拳さえ握れればどうという事はありません」
「了解了解。拳全体を覆う様にして・・・手のひらでも刃を受けれる様に・・・・・と」
もう片方の手で残った牛君の砕けた魔石を握り、頭の中で設計図をひいた通りに魔力を流すと、牛の角は不定形の如く感触が変化していき・・・次に目を開くとそこには想定通りの手袋が一組。
見た感じは角と同じく漆黒。強靭さは言うまでも無く、更に強化された靭性はそこらの刃では傷もつかない程。武器相手でさえ手元に引き寄せてしまえば問題は無いか。
「これなら手は痛くないと思うから」
あり合わせであったが、素材が良いお陰か工房で作っていた時よりも上質。
ギルドで出会った奴等の武器程度では傷もつかないだろう。
「拝領致します」
少々重苦しい感謝の言葉だったが、感謝されているのは素直に喜ばしい。
クロは受け取った手袋を早々に身に着けると、二度三度と拳を振るっては様子を確かめ満足したのか、ローブから覗く口元には笑みが彩られていた。
「身に着けている感覚がほとんどありません」
「まぁ、クロの体を作ったのは俺だからね」
「そう言えばそうでした」
傍からそれだけ聞けば変態みたいだが、役に立つのは事実。
俺は変態じゃない・・・と言いきかせつつも場の空気から逃れる為にダンジョン内を先へと進む。
「クロの目も暗闇で見える仕様になってるから灯りはつけないよ」
「・・・・はい。それにしてもシロ様の錬金術は素晴らしい。スキルを肉体が保持する様に設定なさるとは、驚きました」
ダンジョンの暗がりでも月下の如き視界に便利な肉体を再認識したのだろう。
「スキルってのは基本的には魂に付随するものだからね。だからこそ寿命の短い人族の魂はそれだけ強いんだろうね。それに千年は生きるエルフではそんな余分をつけたままじゃ肉体より先に精神が死んじゃうだろうし、逆に寿命に比例して肉体が強くなるんだし良し悪しってやつだね」
「・・・・仰る通りです。スキルに傾倒する事は怠惰とみなされております。長年の研鑽を一瞬で手に入れる事ができるのがスキルというもの。しかし、裏を返せば経験によって補えるという事であり、我等エルフには時間だけはありますので、無理に魂に刻むよりは数百年でも鍛錬した方が得られる結果は大きかったのです」
「それはまさしく長命種の考えだね」
「かもしれません」
「人は生きても精々百歳。戦う者の限界を考えればその半分にも満たない。修練して得られる技術よりも、スキルで得られる技術の方が勝るのは必然か」
「・・・・そもそもエルフは人族の様に増えませんから、損耗を避ける選択をしたのかもしれません」
「それはありそうだね・・・ってさらっと言ったけど、増えにくいの?」
「・・・・はい。次代を産み出すにはマナが滞留する聖地と呼ばれる場所で長い時間をかけ多量のマナを体内で魔力へと変換せねばなりませんので」
「成る程・・・・」
魔力の元になるマナを体内に取り込むのはこの世界の生物であれば一般的。
生命の誕生にも密接に絡んでいるとは思ったが、その大小によって産まれなくなるというのは初耳。人族であれば子をなすのは当たり前。しかしながら両者の種は肉体の構造、魂のあり方さえも別。
肉体に重きを置くエルフと真逆の人とではここまで違うとは思っておらず、俺が作り出したのはどうやら前者と後者のハイブリッドである事は明白だった。
「それでクロにとっては馴染み深い感覚だったのか、どおりで」
徐々に慣らした俺とは違い、一発でじゃじゃ馬を乗りこなした点に疑問が浮かんでいたが、これには納得。変にスキルを書き込む前に会話ができて正解だったかと胸を撫でおろす。
「技術系のスキルは書き込んでないし、大丈夫だとは思うけど、慣らし慣らしやっていこう」
「畏まりました。ではっ───」
俺が言うや否や黒髪の美女は颯爽と闇の中を駆ける。
突然の事に何事かと思ったが、クロが駆ける先には何時の間にやら血の匂いに引き寄せられたか餓鬼の様な風貌のモンスターが遠巻きに此方を見つめており、西洋風に言い直せばゴブリンと呼ぶにふさわしい化け物達。
怖気の走る無機質な不気味さを感じとり、前世のゴキブリめいた気持ちの悪さを感じるが、クロにとっては関係ないのか、接敵するなり右の拳が翻る。
『ギャッ───』
微かに漏れる悲鳴を残滓に、クロは止まる事無く次の標的へ。
『───オギュッ』
手のひらで押しただけに見えたが、死にざまは何ともぐろい。
限界まで水を入れた風船が破裂するかの如く血を吹き出し絶命。
それを見た残り一体は戦意を喪失したかに見えたが、ダンジョン産モンスターの性質か、突如として態度を静から動へと変化させ、クロへと飛び掛かる・・・・・が、しかし。
『ビュギ・・・・』
邪魔だとばかりに裏拳が顔面へと突き刺さり、そのまま壁面へと衝突し、絶命。
死に様も虫けらの如くゴブリン達はそのままダンジョンへと飲み込まれていった。
「・・・・えぇぇ?」
慣らしとは何だったのか、オークの攻撃力を遥かに凌駕する膂力でもって殴殺する姿は圧巻。
威風堂々たる王者の戦いっぷりに驚くばかり。目にした光景が信じられずに疑問符を浮かべていたのだが、クロにとってはごく当たり前の事か、身に着けた装備品への感想を述べ始めた。
「頂いた手袋ですが、素晴らしい性能です。痛みもありませんし、魔力の伝わりやすさも素手と同等。魔拳も問題無く機能しております」
「・・・・・まけん?」
聞いたことのない単語に対して当然の疑問を投げ掛けるが、返答はなんとも物騒なもので。
「はい。魔力混合殴殺拳を略して我が国では魔拳とよんでおりまして、武器の持ち込みが禁止されている場で敵を殴殺する為の武術です」
「・・・・・・はぁ」
確かに最後の最後に頼るのは己が肉体なのだろうし、王族が主戦場とするのはそういった場所なのだろうが、エルフという可憐な容姿と行動がどうにも結びつく事が無い。ますます頭の中は混乱してしまうが、恐らくはそうした間隙を突くのも目的なのか。
これがスキルに頼らず、武を追求した種族なのかと舌を巻くばかり。
「流石はシロ様、魔拳に着目されるとは素晴らしい観察眼。そもそも魔拳に関しては秘儀に属するものですので知られていないのも無理もありません。国としても魔剣と同じ呼び方で混同するように仕向けておりますから」
なんてことを語り出すが・・・・。
「・・・・・もう一つあるのか」
呼び方から察するにこちらは剣。エルフのネーミングセンス的に魔力混合殺人剣とかかも知れないなと予想していると。
「ご想像通り、魔力混合鏖殺剣を短縮して魔剣と呼んでおります」
「・・・・・・・・」
・・・一緒じゃねえか。
「魔剣の場合魔力を纏わせるのは武器ですから、それ程修練に時間は必要ありません。子供の頃はそうして剣の道へと傾倒するのですすから、悲しい事に数百年で学ぶことはなくなってしまいまして・・・・」
「・・・・でしょうね」
「そもそも剣での切り合いなど味気ないものですし・・・・」
「・・・・あっ・・・・はい」
これ以上は精神が汚染されると折れない心が判断したのか、話半分に受け流す。
「結論をもうしますと、この体は素晴らしい。エルフの弱点であった肉体の脆弱性を補いつつも、魔拳使用に耐えうる魔力量。マナを体内魔力へと変換する高次変換能力。人を容易に殴殺する事のできる膂力とその力に耐えうる頑強さ。とても、とても素晴らしい・・・・・」
そう語るクロさんはバトルジャンキーの様に嬉々として目を輝かせる。
蘇らせる相手を間違えたのかも・・・・なんてことをここまで常々感じていたが・・・・。
「・・・・・間違えちゃったな」
明確に失敗したと俺の心が悟ってしまった。だがしかし・・・・。
「頂いた力全てを発揮し、シロ様に刃向かう悉く鏖殺することを此処に誓います」
なんてことをキラキラした目で誓われたら何も言えない・・・・。
だって言えば俺が鏖殺されてしまうから・・・・。
当然、俺の返答はこうなる訳で。
「き、期待してるよ・・・・クロ」
対してクロの反応はというと。
「ははぁ」
時代劇のクライマックスさながら。王にかしずく臣下の如くひれ伏し、頭を垂れる始末。
どうしろってのよ? 断れば死んじゃいますよ・・・・・。もう仕方ないじゃない・・・・。
色々な思考が入り乱れるが・・・・もう知らん。
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