遭遇
「湿った匂い・・・・?」
人が数人横並びに通れる程の門を抜けて歩く事数分、ダンジョンと呼ばれる異常地帯に足を踏み入れて最初に感じたのは妙な湿り気。粗削りな洞窟を人が進むのに適した通路へとギリギリ整地したような歪さ。人が侵入する事を良しとするかの如き気持ち悪さを覚えて、背筋に冷たいものが走る。
「罠だろこれ」
何処か食虫植物を思わせる構造に対して自然とそんな感想が漏れる。
横並びのクロにしても同意見だったのか、注意して下さいとばかりに目配せ。
これは他の奴等にも教えてやるべきかと口を開くが・・・・。
「何だ? 最初のエリアで怖いってか? こんなもん序の口。魔獣すら出てきてないぞ」
ドランはそう豪語し、残りの3名も同じく頷き返す。
「これだから錬金術師は使い物にならんと言ったんだ。臆病に震えるばかりで何の役にも立たない。ここらで出てくるのは精々ゴブリンやウルフ程度の雑魚だって事を何度教えなければいけないのか。5人以上でしか参加できないなんていう無駄なルールが無ければこんな奴等を連れて行く必要もないってのに」
魔法使い風の男が数合わせに必要であった事を赤裸々に語るが、それは同時に自らが銅クラスだと語っているのと同義なのだが、今更か。
彼にしてもギルド内では強く、そんな風習など煩わしいと思っているのだろうが、俺から見れば差は無いに等しい。クロの目の前に立てば瞬く間に血袋になるのは目に見えているのだが、慣れというものは恐ろしいもの。俺達にとっては異常だと思える光景に対して彼等はまったくの無警戒。俺達が警戒する中、武器を構える事すらしていないのだから呆れてしまう。
「・・・・シロ様。ダンジョンの警戒度が上昇しています。前方壁面より反応増大・・・・」
「索敵にも反応・・・・来るね」
『オッオォォオオオオオオオオオオオッ!!』
壁面から生み出された得体の知れない何か。
体に突き抜ける程に苛烈な咆哮を上げたそれは、まっすぐに此方を標的として重々しい音を打ちならしつつ迫る。
「な、なんだ!?」
「おい、どうなって・・・・」
「警戒しろ! 前方!」
周囲が困惑と恐怖に慌てふためく中、ドランだけは前方へと目を向け警戒を露わにした。
多少、周りの奴等よりはましかと評価を改めるが、前に出る勇気は無いのだろうか及び腰。
パーティーを守るのが俺の役目みたいな事を言っていたが、何とも恰好が悪い。
「シロとクロだったか、お前等は前に出ろ! 暗がりじゃあどんな相手か判断できないからな。時間を稼げ!」
などと無茶を言い始めるなど見た目よりも混乱しているのだろう。
「・・・・これでどうしろと?」
本当は手枷など意味はないのだが、一応捕まっている手前、手枷を見せてアピールして見せる。
「お、おい! 外してやれ!」
弓兵っぽい装備をした男が慌てた様子で腰に下げた鍵束から選んだ鍵を手錠に差し込むが。
「ど、どれだ・・・これか・・・・いや・・・」
慌て過ぎたせいか同じ鍵を何度も何度も鍵穴に差し込んでおり、時間の無駄。
背後から迫る巨体の足音は尚も大きくなっており、俺からは見えないが相当な恐怖だったのか、ドラン一行は俺達をおいてそのまま脱兎のごとく来た道を走りだす始末。
どうしたものかと呆れていると、ドラン達が逃げ出した先の壁面からも巨大な反応が・・・・。
「お~~~い。そっちも危ないぞ」
一応声を掛けてやるかと言ってみたが・・・・。
「そんな手に乗るかよ馬鹿が! 俺達の為にお前はそこで喰われてッ・・・・・」
ドランが声に出せたのはそこまで。壁面に生えた剛腕に頭を捕まれたまま振り回され、意識があったのは恐らく一瞬。次に見たときにはダンジョンに赤い華が咲き乱れ、他の者達も抵抗するべく弓や槍、魔法が唱えるが。
「矢が刺さら・・・・」
「・・・・何て堅さッ」
「炎よ! 氷よ! 風よ! ひきゃっ!」
二足歩行の豚を思わせる怪物には何の効果も無いのか、痛痒すら感じていない様子で残りの者達もザクロの如くかち割られ、ウニでも食べるかの如く怪物は残らず平らげられていった。
『オッオォオオオッ』
歓喜の咆哮だろうか、はたまた満たされた食欲によるものか。
残った骨をボリボリと小気味良い音を立てる様は嫌悪感を抱かせるが、馬鹿の末路としては丁度良い。結果として始末する手間も省けたので、此方としては万々歳。
何か他に情報を流す方法などあれば困ってしまうし、俺達が手を掛けたと判別される手段があればそれもまた不味い。当然、魔獣やら怪物やらに手を下してもらうのがベストだったのだが、思ったよりもその結末は早かった。
「シロ様、手間が省けましたね」
「だね。助かるよ」
懸案事項が勝手に片付いたことに安堵しつつも、前と後ろから迫る獣匂に対して構えをとる。
「前はこっちで対処するから、後ろは任せていい?」
「汚れてしまいますから、両方わたくしが相手致します」
怯えた様子も無く、落ち着いた返答に頷きそうになるが、自身がどこまで戦えるか知る為にも実戦は必須。顔を横に振って否定しつつ、眼前の敵へと構える。
「今回は相手をするよ、敵の強さを知っておきたいから」
「畏まりました」
クロはそう答えるなり、手錠を砕くと腰を落として右拳を弓なりに引き絞り・・・・空気が爆ぜた。
ドンっという音がダンジョンに木霊するのと同じく、背後から感じていた豚を思わせる吐息は掻き消え、代わりにむせ返るような血の匂いが漂う。
「・・・・低層だろうからそんなものか」
一瞬で勝負が決した気配を感じ取り、予想外の強さという訳では無いのかと安堵する。
「牛みたいなこいつはどうなんだろう?」
俺の前に立ちはだかるのはドラン達を殴殺した豚よりも強そうな気配を纏う牛のような化け物。
前世で言うところのミノタウロスと呼んだ方が分かりやすい見た目の怪物。
豚の化け物よりも筋肉質で、ドランを容易に殴殺した豚よりも恐らくは上。
「しかし・・・・思いっきり殴ったら手が折れるな」
豚にさえ槍や魔法が防がれた事から相当な肉体強度は見るまでも無い。
痛いのは耐えられるが、雑魚を倒すのに毎回怪我をするのも効率が悪いかと思い。
「これを使うか」
いまだに戒めとして機能している手錠を千切り、構造を知る為に鑑定を起動して眺めてみるが。
「質の悪い鉄だな」
簡単に千切れた事から粗悪品であろうとは思っていたが、それにしても酷すぎる。
これなら縄の方がましかと思える程であり、鍛冶屋の質も彼等の武器を見れば明らか。
彼等に買える程度はこれぐらいだと理解するべきか、それとも平均がこれだと納得するべきか。
ただまぁ、今はそんな事に頭を悩ますよりは目の前の脅威に対処するべきかと手にした手錠を棒状に変化させると、先端に簡易的な刃を粗製してみる。
「まぁ、これで良いか」
使い切りのナイフを作り出し、手に構えてみるが・・・・当然にしっくりは来ない。
刃は鋭いが、持ち手はただの棒状。
肉を切る安物のナイフにしか見えないが、刃の強度はそこそこ。
『・・・・ガァッ』
武器を構えたことで警戒度も上がってしまったか、仮称ミノタウロスは体を屈め、俺を刺し貫くべく側頭部の角は此方を指し示した。
『ッオォオオオォオオ』
辺りを震わす咆哮。巌の如く張り詰めた肉体は爆発する様に空気を打ち、蹄によって蹴り上げられた土砂が舞う。
『・・・ッゴ』
裂帛の気合と共に迫る一対の黒槍。
左右どちらに避けようとも一撃を喰らえば絶命は必至。
ドラン達がもっていた武器など児戯に等しい硬度を備えるであろう天然自然、獣の武器に対して手に持ったナイフはいかにも貧相だ。
一撃でも受ければナイフごと肉体すらもばらばらにされるであろう光景を幻視してしまうが・・・。
「・・・・割と簡単に刃が入ったな」
差し迫った角をそのまま縦に両断し、刃を寝かせてそのまま牛の脳髄へ・・・・。
『キィイイイイ』
己が肉体を切り裂いていく冷たい刃に化け物も驚いたのか、悲鳴を上げて後退するべく前足で制動をかけるが・・・・遅い。
「再構築・・・・・1秒後に炸裂」
手放す前に命令を構築したナイフは命令に従い、化け物の脳髄でもって無秩序に膨張を繰り返す。
『グモォオオオオオオオオ』
神経を切り刻まれるような痛みに化け物はただただ悲鳴を上げのた打ち回る。
傍から見れば滑稽な様相だが、喰らえば筆舌に尽くしがたく、生きていたとしても人としては再起不能。化け物であろうとも肉体の制御はおろか自己の認識すら不可能になるであろう絶技に対して、内心やり過ぎたと軽く反省しつつも、未だ絶命していない化け物を見て呆れてしまう。
「脳が二つあるのか?」
あり得ない事だろうとはいえダンジョンから生み出された化け物である事を失念していた。
俺と同じくこのダンジョンとやらが生物を好きにいじれるなら頭を潰した程度で安心するのは早計というもの。改めて鑑定で対象の能力を分析しつつ結論を導いてやる。
「・・・・魔石が胸部に一つ。成る程、脳とは別にこれがCPUみたいな役割を果たすのか、何々・・・・動力としての役割もあるのか・・・・効率的だな」
城勤めの頃に何度か魔石を見た事があったが、そのどれもが死んでいたと言うべきか。
恐らくは証拠を消すための機構が内臓されているのか、体外に排出される事でその機能を停止し、その魔力の残滓を人々が資源として使っていたのが魔石の真実。
何とも人に都合の良いエネルギーリソースだと思っていたが、何のことは無い侵略者側から接収した燃料物資みたいなものだったのか。
「正解に辿り着いてみると夢がない」
謎というには少々現実味を帯びすぎているが、魔石をどうにかしなければ動き続けるのは確か。
これ以上、無駄に時間をかけたところで得られるものは無いかと身に着けたローブを硬化させ、拳に巻き付け・・・・化け物の胸部目掛けて拳を振るう。
「・・・潰れろ」
『・・・・ッブ』
拳の先からは堅いものが壊れた感触。
痛みに任せて暴れ回った化け物はそれだけで動きを止め、重力に引かれる様に地面へとその巨体を横たえた。




