初ダンジョン
「お嬢ちゃん達、そんなに悩んでどうしたの? あっ、そうかそうか、ダンジョンに入れなくて困ってるんだろう?」
何て声が後ろから聞こえてきた。
索敵でもって周囲を探っていたので、此方に向かって視線を向ける奴等や、近づく奴等などが何人か居るのは知っていたが、声を掛けてくるとは思っていなかったので少々驚いた。
「えぇ、そうなんです。ダンジョンが有名だと聞いたもので、一度は潜ってみたいなと思っていまして。お兄さんは何度か潜られた事が?」
一応相手を立てるべきかと本当は知っている情報を伏せて聞いてみる。
すると同じ銅であろう粗野で貧相な黒髪の男は気を良くしたのか、背負った大剣を手にして大見えを切りだした。
「勿論。体の傷を見てもらえれば分かるだろうが、これは後衛を守り切った証。クラスは剣士だが、守りに徹すれば騎士に匹敵するのさ。何十何百というパーティーにおいて何度となくダンジョンに潜り、こうして帰還した猛者という訳」
胡散臭いという感想を通り越して、詐欺師に近い語り口に内心辟易としてしまうが、ここで顔を潰したところで易は無い。そもそも数百なんていうパーティーを渡り歩けば銀になってるだろうと冷静に突っ込みたくなるが、そこは言わないでおくかと口を閉じつつ。
営業時代に培った微笑を顔に張り付けつつ話を促す営業スキルでもって、此方とあちら、WINWINな関係にもっていくべく言葉を投げ掛ける。
「成る程、お強いのですね」
「・・・まぁその通りだ」
見るからに機嫌を良くした男。何の目的なのかと思っていると向けられた視線の先には認識阻害のローブから突き出したクロの二つの巨頭。
気が大きくなったことも手伝ってか、じっくりと無遠慮に眺める様子に頭が痛くなってくるが、目的が分かっただけでも良しとするべきか・・・・。
「お声がけは誠に嬉しい事なのですが、生憎と私のクラスは錬金術師でして、連れも貴方様と同じ剣士。役割が被ってしまうかと思いますので・・・・」
下心しかないのは見え見えだったので、組むメリットは無いと周囲にもアピールするべく先手を打っておく。もしこうした上で強引にパーティーを組もうというのならば非は俺達には無いのだと言い訳もつくというもの。
さて、どう出るのかと思って構えていると・・・・。
「チッ! 錬金術師か、それなら話は別だ。お前は不要。そこの剣士の女だけ仲間に入れてやる」
などと予想外の返答が返ってきた。此方から望んで入りたいと懇願した訳でも無いのにいらないと言われて、クロだけは寄越せという。そこに至るまでの思考がまったく理解できないのだが、これが普通なのか周りに騒ぎ立てる様子もない。
新人は生き残る為に搾取されるのが普通であり、それが処世術なのかもしれないが中々に腐っている。確かに情報は力であり、それを得るために熟練のパーティーに入るのは正しい事なのかもしれないが、余りにも馬鹿げた行いに交渉などと言ってはいられない。
などと理屈をのべてみたがそもそも、背後が恐ろしい。
さっきから微かに舌打ちやら、骨の鳴る音やらが響いて冷や汗が止まらない。前のギルド連中を倒した時の何倍の力が込められているのか知らないが、多分これで殴られたら塵にでもなるのでは無いかとあり得ない末路すら想像にかたくない。
流石にこれ以上は不味いと思い、慌てて制止するべく口を開いた。
「・・・・お、お断りします」
背後から感じる恐怖に舌足らずになってしまったが仕方ない。
決して目の前の輩に対しての恐怖では無いのだが、曲解されてしまったのか。
「あぁ? お前には聞いていないぞ錬金術師。底辺は上位の邪魔をするな! 震えてまともに喋れもしない半端者の癖に」
などと男は威勢よく啖呵を切り出し、周りの者達もそれに同調する。
急に連帯感を出すな、お前等も同じ銅だろうがと内心思っていたが、よく見れば豪勢な食事をする者に混じり、残飯の様な物を喰らっている者もちらほらと居る事から、ここでもクラスによる上下関係は明確にされているのだと理解できた。
早々に索敵に頼らず辺りを見回せば良かったのだが、便利すぎるあまり多用したつけか、見逃してしまっていた。
「も、申し訳ありません。で、ですがこの子と私は何時も一緒でして。双方ともに契約上離れる事が出来ませんので・・・・」
これ以上は話にならないので、切り上げてしまおうかと契約を持ち出してみる。
当然、彼等もこの世界の住人。契約の重さを理解している筈であり、強引な一手ばかり指してこないだろうと構えていると、男の背後から仲間と思しきこれまた貧相な魔法使い風の輩が姿を表した。
「・・・・契約ならば仕方ない。ドラン、これ以上はどうにもならないだろ。楽しみたかったらまとめて連れて行けばいい。それに錬金術師だろうが相手にはなるだろう?」
「・・・・確かにその通りだ。この前の奴等も潰れたからな・・・・・夜の相手は多い方がいいか」
クロの提案を遮った身だが、早々に意見を翻す事になるとは・・・・。
何とも悲しい限りだが、相手がそのつもりなら仕方ない。
ダンジョンに行けば人目も避けられるだろうし、彼等の言葉を借りるならば潰れるのは当たり前。
彼等が消えたとしても此処に気に留める奴等は居ないだろうし、居ても潰せばいい話。
これ以上話をする方が頭が痛い。クロを後ろでに回した手で制止しつつ・・・・。
「喜べ錬金術師。邪魔だがお前も連れて行ってやる」
という不遜な言葉に笑みを浮かべて。
「あ、ありがとうございます!」
とだけ答えてやった。
◆
ギルドの一件から数十分後。
男達は身支度を終えて、俺とクロは逃げ出さないように手錠をされた上でダンジョンへ。
俺としてはこれが初ダンジョンな訳だが、誰がどう見ても手錠を身に着ける姿は奴隷そのもの。
ダンジョンがあるから楽しく冒険が始まるんだぜ・・・・何て思っていた過去の俺を叱ってやりたい。
「ダンジョン・・・・か」
前世にはなかった不思議な現象。
現実的な構造物というよりは異次元に繋がる門であると考えるのが妥当か。
此処に来るまでにクロから聞いた情報ではその様な摩訶不思議な場所であり、誰もが正しくは理解していないが、利益が損失を上回る為に利用しているらしい。
原理を理解しないままに使うのはよくある話なので、それはいいのだが、利益が出るから当然に国の持ち物らしく、入る際は入場料が必要なようだ。
此処に来るまでの状況を思い出しても楽しいものではなく、入場の際にはそうした嫌な感覚も深まった。どうやら此処の門番は安全な後方勤務地の様な場所であるらしく、入ってきた時の門番と違って下衆とよぶに相応しい兵士だらけ。手錠をつけた俺達を眺めて少しばかり眉をひそめたものの、ドランが少々多めに入場料を払うだけでお咎めなし。
他に何か言うことは無いのかと思っていると、飛んできたのは想定通り。
「俺達にも回せよ」
などという期待通りのお言葉。
言われたドランも満更では無いのか笑みを浮かべて手を振る。
いやいや、何で勝手に決めてるんだこいつら・・・・・。
そうしたやり取りを思い出して今更ながら沸々と怒りが込み上げてくるが、背後から感じる鋭利な殺気に現実へと引き戻された。
ぶつぶつと鳥肌が浮かんでくるのを感じて周囲を見回すが、気楽そのもの。
肝が太いと言うべきかドラン達は何も感じていないのだろうか?
そもそも強さに差がありすぎると感じないのかもしれないのかもしれない。
象が蟻の殺気を感じないように、蟻も象の殺気など感じる事はないのだろう。
少し力を込めれば潰せる相手であっても、当の本人にしてみれば牙も爪も持たぬ人と同じ姿に恐怖を覚えるというのは難しい事か、もし此方が筋骨隆々などといった危険だと理解しやすい姿であれば違ったのだろうが、そんなヘマを俺がする訳が無い。
「・・・・結果こうなったと」
舐められるだけ舐められた結果になった訳だが、目を欺くという目的としては素晴らしい。
難点としてこの様に力量差を理解しない者には通じないのだが、それも罠にはめるという見方をすれば問題は無いかと納得する。




