ザーク
「人類を超越してるだけはあるね。ちょっと眠気を感じたけどぶっ通しで歩けるもんだな」
「驚愕です」
あれから歩き続ける事、丸二日。
街道沿いには小さな村が点在していたが、王都周辺の村はどうにもきな臭かった為、立ち寄る事は無く、俺達は目的のザークという街へと辿り着いていた。
「結構大きいね」
「わたくしも王都までの道中に訪れましたが、低級ですがダンジョンが存在するようです」
「えっ? ダンジョン?」
RPGでもあるまいし何を言っているのかと思ったが、ここまでの道中に目にしたのは物々しい装備を身に着けた何組かのパーティー。最初の頃は隊商の護衛かと思ったが、如何やら各々別のグループの様で、警戒しつつ距離をとっている様子だったのだが合点がいった。
「成る程。それでああいう一団を見かけた訳か。日銭も稼がなきゃならないし、少し滞在してもいいかな?」
「手段と目的が些か逆転しているように見受けられますが?」
「・・・・・一致してるだけさ」
異世界に転生したならば、目の前にダンジョンがあると知って挑まないものがいるものか。
元々の貧弱な有様であったならば即座に諦めていたが、色々と強化した力を試してみたいのも男の性。試しに作ってみた武器も使ってみたいし、化け物相手なら実験し放題。
「でもまあ、王都のギルドから早々に追い出されたからね。色々足りてないのも事実だし、趣味と実益を兼ねるって事で良いんじゃない?」
「・・・・確かにこの体でどこまで動けるかも未知数ですし。場所によっては視界も遮れるでしょうから悪くない選択かもしれません」
「そういう事、そういう事」
多少強引に話を切り上げると、物騒な一団の後方に続いて列に加わる。
そうして数十分程過ぎた頃だろうか、やっとの事で俺達の番になり、ギルドで作ったライセンスを門番に促されるまま手のひら大の石板へ・・・・。
「犯罪歴は無し・・・・名前はシロとクロ? 変わった名前だが遠方の国出身か?」
疑惑の視線に対して多少腰がひけつつも口を開く。
「・・・・え、えぇ。遠い国からでして。ね、ねぇクロさん」
「そおですねシロさん。物見遊山と申しますか、ダンジョンというものが珍しく、少しばかり腕に覚えがありますので挑戦しようかと思いまして」
暫定的に名前をクロとした元エルフさんの言葉に門番もありきたりな理由だったのか興味を示したのはそこまで。
「通行料は一人1万。それと宿は安いところもあるが、女二人ならばやめておけ。おすすめとしてはこの街の意匠が施された印を掲げた店にしろ。多少高いが衛兵が巡回するという事になってはいるので問題は他に比べて少ない」
「・・・・ご丁寧に感謝いたします」
自然と感謝の言葉がくちをついた。
周囲に居並ぶ物々しい一団とは違って貧相な装備を見てか、事務的な中に人の優しさを感じて少しばかり涙腺が緩くなってしまう。
門番も少し贔屓しすぎたかと自重したのか、表情を引き締めこれで話は終わりだと手のひらを差し出してきた。
「あ、申し訳ありません。二人分で二万でお願いします」
蓄えの少ない軽い革袋から金貨を取り出し、門番へと手渡し俺達はザークへと足を踏み入れた。
◆
「人だらけだ・・・・」
一歩街へと踏み入れると、そこは人、人、人。
正門から続く本通りには武器や防具、薬草などの消耗品を扱う店が所狭しと店を構えており、ここがダンジョンで潤っている事を示していた。
「活気があるなあ」
王都に比べて人の流れが活発であり対照的。
今生において人の洪水を前にそうした感想が漏れたのは自然の事か。
前世の大都市に比べれば対した事は無いのだが、今生であればこの人の多さは圧巻。
王都まで続く街道にあり、ダンジョンも擁する中堅都市であるという事をまざまざと見せつけられた。
恐らくはダンジョンから産出される物品や、王都まで輸出される物流の中継点としての役割。
そしてこれから遠方へと旅立つ為の支度の場としても重宝されているだろう事がこの人口密度に繋がっているのだろう。
「人族は数が多いです」
元エルフさんのクロも人の多さには圧倒されたのか、幾分か及び腰。
人質の身であんな事をした人族に対して忌避感もあるのだろうし、心の傷が癒えてはいないのだから無理は避けるべきかと裏路地に避難して息を吐く。
「・・・・ふぅ。人込みは嫌いだ」
何てかっこいい理由を建前にしていても俺自身が逃げただけの事。
ついつい満員電車に揺られていた暗い過去がトラウマとして蘇りそうになったからである。
肉体的にはあんなもの今更問題は無いのだが、精神的なダメージはいかんともしがたい。
ガリガリと精神が削れそうなのを感じて避難した裏路地をギルド方面へと歩いていくと。
「その・・・シロ様とお呼びするべきなのでしょうが、今更ですが名前の由来をお聞きしても?」
後方から放たれた唐突な質問。そんな事を聞かれてどうしたものかと返答に困るが、実際問題言っていいものか? 実は飼っていた猫の名前で・・・・・・。何て言おうものならどうなる事か。
しかしながらそんな事で嘘を言ったとて何になるものでもなし。
「・・・・飼ってた猫・・・の名前・・・・でして」
「・・・・まぁ」
もしや怒ってらっしゃる? 何とも判断しにくい反応に恐る恐る背後を振り返ってみると、手を頬に当てて何やら笑みを浮かべていらっしゃる様子で。
「わたくしも猫は大好きです。聞いたことの無い言語だったので気になったのですが、愛猫であればクロ様の名前を頂けた事、大変光栄に存じます」
ここに辿り着くまでに蘇らせた経緯や方法を語って聞かせた結果、何やら畏敬の対象にでも納まったのかこの有様。二人きりの時はこの様にかしずかれてしまい、驚く事もしばしば。単純に身の危険は無くなったのだが、無理やり彼女を縛っている気がして多少落ち込んでしまう。もっと良い解決方法があったのかもしれないが、精神的な弱みにつけ込んだ悪漢であると自負しているので、この心苦しさも進んで受けるべきかと唾をのむ。
「・・・・それはもう大切な猫でしたから愛猫と呼んで差し支えないかと。個人的に名前と聞かれて浮かんできたので、俺にとっても大事だったんだなって思ってますし、気に入ってくれたならあの子達も喜ぶでしょうから」
俺がそう語るのと同時に、背中から衝撃を感じて驚く。
「頂いたお名前に恥じぬよう、ここに誓います」
背中越しに感じる柔らかな肉感に、情欲を感じてしまうのも元男の性。
尊き思いを汚すような気がしてしまうが、大きいのが全てにおいて悪いのだ。
理性も残らぬギリギリの錬金術だったから色々と配慮して程々に何て思考が残っている訳が無く、男の子の欲望百パーセントで肉体構築したものだからこの始末。
素手で怪物を100パーセントジュースに変えるぐらいの肉体なのに柔らかいってどういう事。
多分、このまま背後から締め上げられたらそのまま俺がジュースになるんだろうけど、背中から感じる水袋を思わせる柔らかさに意識が昇天してしまいそうになる。
そう、ここが天国か・・・・と。
個人的にはこのまま天国を味わっておきたいが、これ以上はクロさんの俺の評価が下がっていくのは確実。このまま搾りカスにはなりたくないので慌てて口を開く。
「・・・そ、そう言ってもらえると助かるよ」
俺がそう言うのと同時に離れていく天国。
もう少し、もう少し・・・・本心はそんな思い出一杯だが、死ぬのも嫌なので気持ちを切り替えてギルドへの歩みを再開する。
「・・・・・・・はぁ」
やはり呆れられたのかクロからは落胆ともとれる吐息が聞こえたが、聞こえないふりは得意なので無視を決め込み逃げる様に歩みを早めていく。
すると当然、思ったよりも早くギルドへと辿りついてしまい、もう少し長く続いてくれればと思ってしまうが、利便性と重要度を考えれば街の中央にあるのは予想通りなので仕方ない。
「王都のよりはまともだね」
「そうですね。人の出入りも比べ物になりません」
専門のクラスも多く出入りしているのだろう。
村人が無理に戦いを挑んでいる不自然さも見受けられず、剣士や魔法使いといった者達が己の力量をチップとして正しく人生という賭けに興じているさまがみてとれた。
「健全というべきかな?」
「人族にしてはまともであるかと」
「・・・それはまあ確かに」
エルフ的な感性で言葉を選ばれると難しいところ。あそこまで酷いのは恐らく少ないのだろうし、これぐらいは一般的なのだろう。しかしながら俺にとっては初めての事。ファンタジーRPGという訳では無いが、冒険を始めるならばこうでなくてはならない。
「掲示板があるね。何々・・・・銅ランクへの注意喚起。銅だけで潜る場合は5人一組のパーティーを結成すること。それ以外の場合は銀ランク一人以上の引率が必要・・・・と」
読み上げてクロの顔を眺めていると。
「・・・・・無理ですね」
という返答が。当然、俺も同じく。
「無理だね・・・・・」
と、答えてしまった。だが、此処で止まるのも面倒。どうにかして銅から銀に上げれないかと掲示板を眺めていると・・・・。
「銀に上がるには1年以上の経験が必要・・・・長くない?」
「長いですね。恐らくは生きることが重要という話なのでは?」
「・・・・あぁ、すぐ死ぬもんね」
悲しい事にこれだけ周りに人がいるにも関わらず、皆身に着けているのは銅の板きれ。
ギルドに入った時から微細な魔力でもって個人的に索敵と呼んでいる魔法を使って確かめたところ、見てくれはこうだが中身はそれほど変わらない。偉そうな雰囲気だけ漂わせているが、鑑定を使うまでも無く見てくれだけで、クロが暴れれば瞬く間に全部が全部ただの汁と肉片に変わる程度。結局の話、此処には頭数を欲してあつまっており、5人以上集める事が主流なんだと聞かずとも理解できた。
「となると、人数合わせが必要だね」
「単独で銀以上の方もいらっしゃいませんし、入り次第殺すという手もありますね」
「・・・・・いやいや、それは駄目でしょ」
「駄目ですか?」
冗談だと思ってクロの目を見つめてみたが・・・・どうにも本気の様で目は至って真剣そのもの。
早々にどうしたものかと腕組みする結果となったのだが・・・・。




