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03 約束のおかげで


 夕暮れに染まる放課後の教室。


 そこでは告白だったりとか、ちょっといけないことをしたりとか。


 青春の一コマに、そういった場面を妄想する人は少なくないと思う。

 

「ほら、早くしなさい」


「え、えっと……こう?」


「そんな弱々しい手つきじゃ何も感じないでしょ。もっと強くっ」


「ええ……こ、これでどうっ?」


 そして、あたし朝日詩苑(あさひしおん)は、そんなエモくなるような空間で、とある少女と二人の時間を過ごしている。


「全然ダメ、あなたやる気ある?」


「いきなり言われて出来るわけないし」


「私だってあなたに合わせて辛いんだから、お互い様よ」


「それはそうかもしれないけど……」


 でも、元はと言えばそっちの方からやれと言ってきたのに。


 その物言いはあんまりだと思うんだけど。


「ほら、誰か来たらどうするの。さっさとしてちょうだい」


「分かったって……」


 目の前の少女、氷乃朱音(ひのあかね)はとにかく美しい。


 背も高くてスラっとしていて。


 日本人体型なあたしとは正反対。


 そんな氷乃(ひの)に強く求められている。


「じゃあ、行くからっ」


「いいわ、今度こそ思いきり来なさい」


 そして、あたしは覚悟を決める。


 勢いよく腕を伸ばした。


「……どう?」


「まあまあかしら」


 バンッ、と氷乃の頬のすれすれを通り壁に手を当てる。


 いわゆる壁ドンだった。


 したこともないし、されたこともない壁ドン。


 それを氷乃に勢いが足りないだの、気迫が足りないだの、もっと頬のギリギリを狙いなさいだの。


 色々と注文をつけられて何度も繰り返し、現在に至る。


 ひたすら壁ドンを受け続けた氷乃の表情も険しい。


「足、きつくないの?」


「だいぶ苦しいわ」


 あたしと氷乃とでは体格差があった。


 その差を解消するため彼女はずっとしゃがみ込んでいたのだ。


「とりあえず、要領は分かったわ。これでお終いにしましょう」


「や、やっとかぁ……」


 ようやくオーケーを貰えて、あたしは安堵する。


 それは氷乃も同じようで、ようやく足を伸ばせてほっと一息をついているようだった。


 ちなみについさっきまでガクガクと膝を震わせていたのは、言わないことにしておく。


 怒られそうだから。


「あの……思ったんだけど、女同士で壁ドンっておかしくない?」


 そもそも論だが、なにが悲しくて女同士でこんなことしなければならないのか。


 これでドキドキするわけもなし。


 意味があるとは思えない。


「あなた、バカなの?」


「はい?」


 あたしは、至極真っ当な意見を述べたつもりだったのだが。


 どうして氷乃は罵ってきたのだろう。


「恋愛に障壁はつきもの、らしいわよ」


 何かの受け売りであろう知識を、当然のことのように言い切る氷乃。


 ……いや、言っている意味は全く分からないけど。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 あたしは思わず遠い目をしながら、記憶を整理することにした。







 あたしは氷乃に小説のモデルになれという全く意味不明な課題を突き付けられた。


 要するに、小説の元ネタになれということらしい。


 そして会話はこう続いた。


『手始めに、主人公とヒロインが仲良くなるための方法を教えなさい』


『……なに、そのざっくりとした質問』


『何でもいいのよ、定番でいいから』


 いきなり言われてもなぁと思いながら、考えを捻り出す。


『じゃあ、壁ドンとかでいいんじゃない?』


『……壁ドン、ね』


 氷乃は分かりやすく興味なさそうだった。


『ダメ?』


『いえ、意味が分からないのよ。距離が近いということで親密度が上がるのはギリギリ許容するとして、壁を叩く必要はあるの?』


 本当に何も分かってないなコイツ……。


『その力強さにドキッとして相乗効果で好きになるんじゃない?』


『理解できないわね』


『まあ、だろうね』


 その発言で、氷乃をカチンとさせたのが悪かったんだと思う。


『それなら、あなたやってみて』


『……はい?』







 そうそう、そんな流れで壁ドンを再現することになり現在に至るわけだ。


 一通り記憶が整理できたところで、思う。


「なんでこんなことをしてるんだろう……」


 そう思わずにはいられない。


 何が悲しくて女同士で壁ドン……しかもする方をしなきゃいけないんだ。


 ま、まあ?


 氷乃は顔だけとにかく美人だから本当に嫌かと問われれば答えには困るけど……。


 でも、人様に説明できるような状況でもないのは確かだ。


「あなた、何をブツブツと言っているの?」


「いや、氷乃はどうして恋愛小説なんて書こうと思ったのかなぁって……」


 遠まわしに聞いてみてるけど、要はどうしてあたしにこんなことを強いてくるのかって意味なんだけど。


「それは……」


 氷乃は言葉を詰まらせる。


 何かを言いかけて、止めた。


 そんなふうに見える。


「あなたには関係のないことよ」


「こんなに関わってるのに?」


「それはあなたが変態行動をしたからでしょ。言い逃れをするつもり?」


 すっと氷乃がブレザーのポケットからスマホを取り出す。


 あの写真を見せて来るに違いない。


「申し訳ありません。許してください」


 すかさず頭を下げる。


 非はこちらにあるのだった。


「分かればいいのよ」


 氷乃はスマホをしまう。


「あの……じゃあ、なんで主人公が氷乃で、ヒロインがあたしなわけ?」


「……」


 氷乃さ冷たい視線を向けたまま、動きを止める。


 そもそも、この小説はおかしいと思うのだ。


「二人とも女って変じゃない?」


「なにが変だと思うの?」


「恋愛小説なら男女の物語にすべきじゃね……」


 いくら氷乃が自分を知るために書いているだけの物語だとしても。


 いや、だからこそ本来あるべき形にした方がいいんじゃないだろうか。


「女の子同士なら恋愛じゃないとでも?」


「……え、あ、いや……そんなつもりじゃないけど」


 同性愛なるものは、それは知ってはいますけど。


 なにも氷乃がそれを描く必要はないのではないかという意味で……。


 いや、じゃあもしかして……?


「もしかして氷乃、あたしをそういう目で……?」


 当然の帰結にあたしが急に体が熱くなった。


「絶対ないから安心して。あなたを題材にしたのは隣にいたから、それ以上でも以下でもないわ。女の子同士なのも多様性に富むことでありきたりな固定観念を取り払う為よ」


 早口で理路整然と捲し立てられる。


 意訳すると“変な勘違いするな”ってことで……。


「あ、そう……」


 わたしはまた更に体が熱くなった。


 主に羞恥心のせいで。


「分かればいいのよ」


 氷乃はノートを鞄に詰め込んで、歩き出した。


「それじゃあ、明日もお願いね」


「あ……うん」


 どうやらこの関係性は続くらしい。


 これで終わりなのではないかという、淡い期待を打ち砕かれる。


 教室を後にする氷乃、夕陽に照らされている黒髪はいつも以上に輝いていた。


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