特訓、終了
それから一週間の間……ケントは動きに動いた。
初めは苦悶に呻いていた腕立ても、慣れれば簡単に100回いけるようになっていた。
いや、一週間の間とは言っても
組手も、まだまだ捌かれてばかりだが、動きは良くなっていた。
「いいぞ、立神ケント!!その調子だ!!」
攻撃を避けては殴って、避けては蹴って、たまに連撃を入れてみて。
「おっと、時間だ」
制限時間の3分が過ぎて、一息つく二人。
「なかなか…良くなってるんじゃないか?」
ツバサが汗を拭きながら、言った。
「うーん、実感が湧かない……」
「でも、確実に最初よりかは良くなってる。その調子だ」
ニッコリと可愛らしい笑顔を見せた。
あれからツバサも———少し表情が和らいでいる気がした。
地獄のトレーニングも動きに慣れれば、平気になった
あの鬼ごっこも、コツを掴めば楽しいという事も知った。
(障害物を避けるんじゃなくて…利用する!!)
台を飛び越え、壁を走って、アクロバティックに駆け回る。
単純なアクションだが、それだけでも身体を上手く使えている実感が湧いてるように思える。
身体が軽い。
*
(……すごいな…もう少し時間がかかると思っていたが、まさかここまで成長するとは……)
二人の知らないところでヘイゾウがそれを眺めていた。
(……立神ケントの潜在能力の高さ…見事に引き出した、流石だ……ツバサ)
*
一週間後。
「あぁークソっ!!あと少しだったのに!!」
汗まみれのまま床に大の字になって悔しがるケント。
ふと、ケントの頬に冷たい何かが当たる。
背後に、スポーツドリンクを差し出しているツバサがいた。
「お疲れ様だな。結構頑張ったんじゃないか?」
清々しい笑顔を見せるツバサ。
何というか、輝いている。
「いや、最後の最後まで捕まえてねぇだろ!!」
「捕まえる事に意義がある訳じゃないんだ」
悔しそうにジタバタするケントをみて、ため息が出るツバサ。
「まあ、一週間しかなかったからな。まだまだなのは仕方ない」
そう言うと、彼、いや彼女はいきなりケントの手をとり、指を絡ませてくる。
「いつでも…来ていいからな?」
蠱惑的に微笑むツバサにたじろぐケント。
「や、え、え?」
蠱惑的とも見て取れる笑顔に顔が赤くなる。
ツバサが女だと分かってから、ケントの態度が変わっている事を彼女は分かっていた。
果たして彼の事を弄んでいるのかは分からないが、ただそのケントの姿にツバサは微笑んでいるだけだった。
*
「ただいまぁ!!」
久々に帰る我が家。
扉を開ける音が懐かしい。
1週間も留守番をさせていたアンリの為に都内で有名な美味しいシュークリームをぶら下げて帰ってきた。
しかし、
人の気配がしない。
「ア、アンリ?」
名前を呼んでも出てこない。
不思議に思ったケントは恐る恐る、リビングに入る。
誰もいない。
「アンリぃ……?どこに…」
コツンと足に何かが当たる。
「ん?」
床を見下ろすとそこには、突っ伏しているピンク頭。
「うぉぉぉ!!??」
唐突の光景にのけぞるケント。
「し、死んでいる……!?」
すると、アンリが小刻みに震えながらケントのいる上方を向く。
「あ…おかえり…なさい」
生きていた。
「怖ええよ!!ホラーかよ!!」
*
アンリは、壊滅的に料理が下手だった。
台所を見るとよく分からない生ゴミが何個もそこに置かれていた。
「ナァニコレェ?」
「ワカンナーイ」テヘペロ
「いや、分かれよ。お前が作ったんだろ」
「うぅ…」
今のケントには可愛い素振りを見せても無意味である。
そしてカウンターとして冷たい視線をアンリに送る。
「まさか、冷蔵庫の中身全部使ってないよね」
「いやいや、そんな事……」
「行け、ドラコ」
きゅぽんとドラコがケントの身体から飛び出し、冷蔵庫を開ける。
「クロや」
「ダウトじゃねぇか!!」
「すいませんんん!!!」
必死に謝るアンリ。
悪気はないから怒ろうにも怒れない。
「何もないのかよ…参ったな」
ケントは頭を掻きながらスマホを取り出す。
「出前か…」
*
「おまたったっしゃー。ラーメン二丁でーす」
「ありがとうございます」
「兄さん、彼女でもいはるんすか?」
「いないです」
「え、でも」
「いないです」
「あ、そうなんすね。しつれいしゃっしゃっしたー」
バタン。とドアが閉じられる。
「ふぅ…」
*
「ふぅ〜ごちそうさまでしたっ!!」
出前のラーメンを食べ終えて大満足のアンリ。
「まったく、料理が出来ないなら言ってくれよ。何かしら作り置きしておいたからよ」
「……すみません」
ケントの小言に縮まるアンリ。
「いや、いいよ。勝手に留守番させた俺も悪かったし」
そう言って、冷蔵庫に残っていたジンジャーエールを開ける。
アンリはお土産のシュークリームに手をつけて、ふとある事を尋ねる。
「ケントくんはさぁ…童貞なの?」
「ごほっ!!?」
締めのジンジャーエールを飲んでる最中にいきなりの質問に噴き出してしまう。
「ぬおお…鼻にジンジャー入ったぁ…」
「ケントくん!?」
「炭酸がぁ!!!」
絶賛苦悶中のケント。
「え、何、童貞?」
ひとまず落ち着いたので聞き返す。
アンリは、2個目のシュークリームをモキュモキュ食べながらコクコクと頷く。
「…いや、それ普通に聞く?」
「うん」
「藪から棒にそれ聞く必要ある?」
「うん」
真剣なアンリの表情に気圧されてしまったので、仕方なく彼女の質問に答える。
「そうだよ。童貞だよ!!悪かったかよ!!」
「ふぅーん…」
「いや、訊いといてふーんって…」
「訊いただけだから」
「何だよ、それ」
ケントは呆れながらもジンジャーエールを口につけようとする。
「じゃあ、好きな人とかいないの?」
「ごっふ!?」
再びジンジャーを噴き出すケント。
「ぐおお!!鼻がァァァ!!」
再び苦悶するケント。
その拍子に飛び出すドラコ。
何か汚いモノを見るかのように視線を向ける。
「嬢ちゃん、こういうのをカツ丼って言うんやで」
「天丼だよ!!」
咳き込みながらツッコむケント。
しばらくして落ち着いたのでまた聞き返してみる。
「好きな人がいるか?」
「うん」
アンリは3個目のシュークリームをハムハムしながら頷く。
(というかそのシュークリーム俺の分だぞ……)
心の中で毒づくがよっぽどお腹が空いているのだろうと思い、指摘しないでおく。
「今はいないね」
そのケントの答えに、彼女は
「へぇーいないんだ」
少し嬉しそうだった。
だが、ケントは察知していた。
「……言っとくけど、お前は入ってないからな」
アンリは固まって、食べかけのシュークリームを落とす。
「いや、まだ知り合って何日かの間柄なのに好きになれる訳がないだろ。違うか?」
しかし、アンリは固まったままである。
「ダメや、嬢ちゃんの耳にはなんも入っとらんで」
ドラコが、シュークリームを食べながら言う。
「てかドラコ、それ最後の1個だろ。俺の分がもうないぞ」
「お前の分はハナから無かった。諦めるのも大事や」
「いや良くねぇよ」
すると、何かをボソリと呟くアンリ。
「ん?どうした、アンリ」
「……ぱい」
「パイ?」
「おっぱい!!」
突然、女子が男子の前で使ってはいけない言葉ランキング2位の単語を叫ぶアンリ。
「おっぱい…大きい人は、好き…ですか?」
「おいやめろ」
何かタガが外れたのか急にケントに胸を押しつけてくるアンリ。
「アンリさん?聞いてますか?やめてくれませーん?って、下着は!!?」
「ないれすぅ!!」
まさかの衝撃発言。
「やめろぉっ!!聞きたくなかった!!」
アンリの頭の中はグルグル。顔は真っ赤っか。
明らかに正常運転ではなさそうだった。
「ほんっと嫌だよ、もー!!」
ケントはアンリに襲われながら、自らの立場を恨んだ。
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