ガチの修羅場
いつも読んでくださってありがとうございます!
「どういうことなの慎吾!」
和葉さんの怒号が夏の夜空に響く。こんな和葉さんの怒鳴り声を聞いたことがない。いつものほほーんとしていて、余裕のあるお姉さんっていう印象しか受けていないので、俺は早足で駆け付けようとした。そこには
「その女は誰!?」
「知り合いだよし・り・あ・い」
「嘘よ!さっきキスしてたじゃない!!」
お~とこれは修羅場ってやつか・・・状況から分析するに、和葉さんと言い合ってるあの男が彼氏か・・・いかにもオラオラ系で不真面目そうなやつだ。え?俺あんなのに負けたのかよ・・・と普通にショックを受ける。
それにしても、地元の駅で偶々浮気現場を捕まえてしまったというのは運が良いのか悪いのか・・・
「ああ~もううるせぇな!こうなったのはお前のせいだぞ?」
「え?」
え?俺も遠くから様子を見ていて、当事者じゃないが、同じ顔をしているはずだ。
「付き合ってから全く身体を許さねぇし、キスもできねぇ。そんな潔癖女とずっといたら頭がおかしくなるわ!!!」
「だ、だって、それは付き合う前に約束したじゃん・・・結婚するまでは・・・」
「うるせぇ!今更そんなのは時代遅れなんだよ!むしろ、そんなつまんねぇ女と一緒にいてやったんだから感謝されることはあってもキレられることはねえよ!!」
なんだあの男・・・自分の浮気を正当化しようとしている典型的なクズじゃねぇか・・・その前にいかにもセフレ臭しかしないあの女・・・和葉さんという人を彼女にしながら、あんな芋女に手を出すとか・・・呆れて怒りも出てこないわ・・・
「浮気はもうしないって言ったじゃん・・・なのに、どうして・・・グス」
マジかよ、前科ありか・・・マジでクソ野郎だな。
「あ~あ、またこれだよ・・・泣けば許されると思っていやがる・・・本当にめんどくせぇ女」
おい、今なんつった?
俺は買ったものを鞄の中に無理やりぶち込んで、和葉さんの元に向かった。
距離は後10m
「毎回毎回、俺はヤらせてくれれば、浮気はしねぇって言ったよな?そのたびに結婚するまでは待てと言われた。そのたびに我慢させられてきた俺の気持ちが分かるか?」
「だって!、それはっ!」
「お前は俺のことが好きじゃないから身体を許さないんだろ?」
「ち、違う・・・」
「好かれてるって実感できない俺の気持ちわかる?」
「グス・・・ごめん、なさい・・・」
なんで和葉さんが謝ってるんだ。謝るのはどう見てもあっちだろ?
俺は和葉さんの元に少し早歩きで向かった。
距離は後8m
「あ~あ俺は今、駅前で女を泣かせた最低男になっちまってるよ。ったく悪いのはてめぇなのによ」
「てか慎吾もよく無理やりやらずにいたよね(笑)私が男だったらすぐにヤリ捨てるわ。こんな女(笑)」
俺は和葉さんの元に少し小走りで向かった。距離は後5m
「だろ(笑)やっぱりよくわかってんな雪奈は。ったく和葉も見習えよ?」
「はい・・・グス」
ゼロ。もういい。それと、和葉さん、今からやることをどうか許しくてください。
「とりあえず俺に土下座して謝れ、って、てめえ、誰、っグヘっ!!!!!!!!!」
「・・・・え?」
俺はもう我慢の限界だった。俺は浮気男を全力でぶん殴った。
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和葉さんと女(ブス嬢と命名してやるか)は一瞬何が起こったか理解できないでいた。そして、浮気男は俺に殴られてカエルみたいになっていた。
「キャー――!!!慎吾!!大丈夫!!?てかあんた誰よ!?」
一番最初に叫んだのはブス嬢だった。そして、殴られた浮気男は
「て、てめぇ何しやがる!?」
俺に掴みかかってくるが、その勢いを推進力として活かして俺は背負い投げでぶん投げた。
「グゥ!!」
「慎吾!?」
またカエルのように気持ちの悪い声で鳴く。そこにブス嬢が駆け寄る。
「きめぇな・・・」
俺はこのクソ浮気男とブス嬢に対して、思ったことをそのまま伝えた。
「い、伊織くん・・・?」
和葉さんが瞼の下を赤く腫れさせながら俺を見てくる。メイクはぐちゃぐちゃになっているが、綺麗だなぁとしか思えない。泣いている姿さえ絵になるよ・・・
「なんなんだよお前!!!ってか何で俺が殴られてんだよ!!」
「そうよ!暴行罪で訴えてやる!!」
「ああ?」
「「ヒぃ!!!」」
俺は浮気男とブス嬢に地獄の底から湧き出たようなドスを利かせた声で威嚇した。そして、浮気男の胸倉を掴んで
「黙って聞いていればクソみたいなことを抜かしやがって・・・てめぇは和葉さんが好きなんじゃねぇのかよ!?」
「あん?いや待てお前和葉の知り合いか?なんだよあいつも浮気、グへ!!」
俺は頭突きを思い切りしてやった。血が出るがもうどうでもいい
「俺は和葉さんとはお隣同士で子供のころから仲良くさせてもらってるだけのただの幼馴染だよ」
「痛っ~~~!!はっ、それで、その幼馴染君がなんでこんなところにいるんだぁ?」
この男もメンツがあるのか俺に対して、強い言葉で返答してくる。
「別に。告白するために呼び出してフラれた。それだけだよ」
「い、伊織君!」
俺は黙ってろと静止する。それに俺は和葉さんへの未練を断ち切るつもりできたのだ。嘘は言っていない。すると、現彼氏君はニヤリと笑った。攻守が逆転したと思っているんだろうなぁ。
「はっ、なんだよ!お前も和葉に惚れた口かよ(笑)どうせてめぇも顔と身体に惚れたんだろ?ってかフラれるって(笑)お前は俺に対して八つ当たりしてるだけのクソ野郎じゃねぇか!」
「ええ!マジ?超ダサいんですけど(笑)」
俺はブス嬢と浮気男の話を黙って聞いていた。
「図星か?(笑)ったく残念な男だなぁ君ぃ。俺がモテるから嫉妬しているんだろ?ざ~んねんでぇしたぁ。お前のお隣さんはもう俺のものでぇす!」
「ギャハハ」
俺は黙って聞いていた。
「ってかその格好と顔で和葉に釣り合おうとか(笑)お前が和葉の隣にいたら可哀そうだと思わんかねぇ、なあ和葉ぁ?」
「そ、そんなこと「ああ、そうだよ」
「ああ?」
このクズ男が言っていることはすべて正しい。そう、
「おれも結局はフラれた八つ当たりを和葉さんに選ばれたお前にしているゴミカスだよ。浮気しているてめえ以下かもな」
「そうそう(笑)なら手を離せやっグ!!」
俺は胸倉を掴む力を強める。
「だけどな。そんなゴミカスでも好きな女には幸せになってほしいと思うんだわ」
俺は唇の先が嚙み切れるくらいに力が入っていた。胸倉を掴んでいる手もだ。俺は全身という全身の血管から血が出るくらいには怒っていた。
「和葉さんはな、てめぇみたいなどうしようもないクズでも好きだって言ってたんだよ!そん時の和葉さんの顔はてめえだけにしか向けられねえ表情だった!何でてめぇなんだよ!何で俺が選ばれないんだ!」
俺は醜い本心を浮気男にぶつける。怒りと悔しさで、もう自分自身で止めることなんて不可能だった。
「伊織君・・・」
和葉さんも浮気男もブサ嬢も、一心に俺の話を聞いていた。
「だけどさぁ、和葉さんを幸せにできるのって俺じゃねぇんだよ・・・あんたらみたいに選ばれた人間じゃないとダメなんだ・・・」
俺はもう1度浮気男を見据える。
「あんたにとって本当に和葉さんには顔しかないんか?身体しか求められないんか?嘘だろ?もっと他にも魅力がいっぱいあるって知ってるだろ・・・!?」
そして、もう涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、
「だからさぁお願いだ・・・俺みたいな敗者がさ・・・和葉さんを任せてよかったって思える男であってくれよ・・・」
俺は最後の方には力が完全に抜けていた。感情のサラダボウルだ。何がなんだか分からない。ただ、俺は魂の限りを叫んだ。そんな俺の慟哭を聞いて、
「・・・くっだらねぇ、帰るわ」
無情にも俺の懇願は一蹴された。そして、浮気男は一瞬和葉さんを見て、そして視線を外しどこかに行ってしまった。
「あっ、慎吾!待ってよ!」
ブス嬢もついていった。俺は駅前で立ち尽くしていた。俺の懇願は全くもって聞き入れられなかった。
ぽつぽつと雨が降ってきた。確か今日は夜から雨が降るとか言ってたなぁ。徐々に強くなってくるが、俺の足は鉛のごとく全く動かない。もう何もやる気になれないんだ・・・
「伊織君・・・」
和葉さんが雨の中後ろに立っていた。俺は無言で振りむいた。
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2時間近くたっただろうか。俺と和葉さんは駅のホームで雨宿りをしていた。俺も和葉さんも全くの無言だった。お互いに何も話す気分にもなれなかった。
目の前を通り過ぎる酔っ払いたちが騒ぎながら帰路に帰る中で、俺たちは異色の存在だっただろう。
「私さぁ」
「・・・はい」
和葉さんが口を開いた。
「昔から友達がいなくてね・・・」
「え?」
「そんな驚いた顔しないでよ・・・」
俺の驚きに和葉さんは苦笑する。
「昔から男の子にモテちゃってねぇ~、そのせいで同性の女の子からやっかみを受けてたんだぁ」
「そうだったんですね・・・」
「そのせいで私は異性の中でしか生きていけなかったの・・・」
確かに和葉さんの美貌ならその話も納得だ。女からの嫉妬を受けるのは想像に難くなかった。
「それでも同性からいじめられてね、正直毎日逃げたくて仕方がなかった。誰かに守ってほしかった・・・だから私は自分が異性に好かれるようにふるまって、強い男に守ってもらおうって思ったの」
俺は和葉さんの告白に頷くことしかできなかった。毎日笑顔でいる和葉さんにそんな過去があったなんて知らなかった。
「でも、結局束縛しちゃってね・・・ウザかったんだろうなぁ。自分は何も与えないのに、あっちには守れっていうんだから、私って最低だよね・・・」
自嘲気味に笑っている。やめてくれよ・・・そんな顔が見たくて俺は・・・
「そんなこと・・・!」
「いいの、事実だから・・・」
「だけど・・・!」
「あっ、伊織君!雨が上がったみたいだよ!行こう」
無理やり話を遮られた。もうこの話は終わりだと言わんばかりに・・・
終電まもなくのホーム。俺たちが外に出た瞬間に明かりが消えた。
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「さっ、それじゃあ行こうか!」
「はい・・・」
「よっしゃぁレッツゴー、っ痛~!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「平気平気。あちゃ~切れちゃったかぁ」
俺は慌てて和葉さんに駆け寄る。サンダルのつなぎの部分が切れてしまっていた。これでは歩けない。あたりを見ても、明かりは街灯だけで、タクシーの1台すら見当たらない。俺はどうしようか考えた。が、もうこれしかないかと覚悟を決めた。
「和葉さん」
「ん?なあに?」
「・・・乗ってください」
「え?」
俺は和葉さんをおんぶして帰ることを決意した。
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「大丈夫・・・?重くない?」
「全くです。むしろ軽すぎて心配になるくらいです!」
俺はおんぶをすることを決めたが、和葉さんが意外と頑固だった。裸足で歩くとかほざきやがったので、勢いで押し通した。
てか、重さよりもむしりメロンがヤバい。めちゃくちゃ当たってる。前かがみになりそうなのを理性で押さえつける。
「重かったら言ってね?」
「大丈夫ですよ」
俺はそのまま歩き始めた。家まで30分ちょっと。和葉さんを背負いながらだともう少しかかりそうだが、そこは根性だな。好きな女の前では恰好を付けたいものだ。
「まさか、伊織君におんぶされることになるとはねぇ~人生分からないもんだ」
「なんですかそれ(笑)人生を達観するにはまだ早いですよ」
「いやいや、だってこんなに小さかった伊織君を私は知ってるんだよ?感慨深くもなるもんだよ」
「そういうもんですか・・・俺はちょっと気恥ずかしいです」
俺と和葉さんはとりとめもない話をしながら真っすぐな下り阪を下る。周りの家はほとんどが明かりを消していて、俺たちの話声だけが夜にこだましている。
「それにしても空が綺麗だねぇ~」
「そうですねぇ~さっき天気雨が降ったから、雲もすっかり吹き飛んでますね」
「ねぇ~あっ、あれって夏の、え~となんだっけ?」
「夏の大三角形です。左からデネブ、上にあるのが織姫の星であるベガで、え~と天の川を渡った先にあるのがアルタイル、彦星と言われる星です」
「流石だねぇ~物知りだぁ」
「そんなことはないですよ。俺もあれ以外の星座はほとんど知りませんし・・・」
なんなら『君の知らない物●』で覚えたくらいだしな。あの曲って超が付くほど名曲だわ。
「なんか歌いたい気分になってきたね!」
「奇遇ですね。俺もです」
「夜中のリサイタルの開催だぁ!せ~の!」
「「いつも通りのある日のこ~と♪」」
そして、俺と和葉さんは二人で曲を口ずさんでいた。
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ようやく橋が見えた。ここを超えれば自分たちの地元だ。下の川を見てみると、先ほどの雨で川が氾濫していた。土と混ざって濁った濁流は水洗便所のように昼間起きたことを遠くの方に流してくれているようだった。朝になったら、すべてがリセットされている。そんな気分にさせられた。すると、和葉さんが、
「・・・私ね、慎吾とは別れようと思うんだ・・・」
「そうですか・・・」
「うん・・・これ以上彼といてもお互いにとって良くない気しかしないんだ・・・」
「・・・」
俺は今どういう表情をしているんだろう。嬉しいのだろうか・・・ほらねっていう納得感を抱いているのだろうか・・・それとも悲しいのか・・・まぁどうあっても俺が和葉さんと付き合えるというわけではない・・・
「は~あぁ何で私ってこうなのかぁ~全くうまくいかないなぁ・・・こりゃあ独身まっしぐらかねぇ~」
和葉さんが自嘲気味にそう言う。俺は和葉さんのそういう言葉があまり好きじゃない。だってそうだろ?好きになった人間がその魅力に気が付かないで、自分を傷つけるなんて外野の俺が許せない。だから俺は今日フラれた腹いせに一言言ってやることにした。
「和葉さん」
「なあに?」
「運命の人って信じますか?」
俺は随分恥ずかしいことを言っているなぁという自覚はあった。深夜だから色々許してほしい。どうせ朝になったら全部忘れているだろうからな。
「伊織君の口から随分とロマンチックなワードが出てきたねぇ、まぁ私は信じる派かなぁ」
「じゃあそれが数学で求められるとしたら?」
「突然ロマンチックじゃなくなるねぇ(苦笑)」
和葉さんが何言ってんだこいつって思っているのがありありと伝わってくる。まぁそんなのは覚悟の上なので、俺は続きを話す。
「俺、和葉さんにフラれた後に、どうにかして好かれる方法がないかなって猛勉強したことがあるんですよ」
「なんか、ごめんね・・・」
「いえいえお気になさらず。でも当時の俺は何をしても無駄だということが分かっていました。だから、運に頼ることにしたんです」
「運?」
「そうです。運命とか運とかっていう超常現象に頼ればなんとかなるんじゃないかって・・・馬鹿ですよね(笑)我ながら努力の方向を間違えたと思っています」
「そうだねぇ(苦笑)」
和葉さんは俺の馬鹿話に相槌を打ってくれる。俺はそのまま続けた。
「で、出した結論が数学で運命の人を求めることです」
「天才と馬鹿は紙一重っていう言葉をようやく実感できたなぁ」
「まあまあ、それで本題なんですけど、和葉さんはこれから全部で12人の男と付き合えたと仮定します。1番運命力の高い相手は何番目の男でしょうか?」
「ええ・・・前提がおかしくない(笑)?」
「普通は12人も付き合えませんしね(笑)ただ、和葉さんだったら余裕だと思うので、条件はクリアしています」
「そ、そうかなぁ」
「そうです」
無差別に選べば5分くらいでクリアできそうだし・・・本当に美人だからなぁこの人。そして、悩みながら答えを出してくれた
「う~とねぇ~やっぱり最後じゃないかなぁ」
「その心は」
「男を見る目が養われていそうだからかなぁ・・・」
「おお~いい推理ですねぇ。ただ正解は7人目です」
「ええ~何でぇ?」
「数式が死ぬほど複雑なんですが、ええ~と」
「ここまで来て数学の話は聞きたくないなぁ、勉強嫌いだもん」
「さいですか・・・」
俺は自分の趣味を完全に破壊されてショックを受けた。俺には勉強くらいしかできることがないのに・・・俺は若干ダメージを受けながら本題に移る。
「何が言いたいかっていうとですね、へこたれている暇なんかないんだよ、バーカ」
「え?」
俺は生まれて初めて和葉さんに汚い言葉を使った。憧れのお姉さんにこんなことを言うなんて正気の沙汰じゃないなぁ・・・
「貴方はこれからたくさんの人と出会います。運命の人はその中に必ず現れます。だから、さっさと前を向いてください・・・それでいつの日か、笑って今日のことを振り返ってください」
俺は背中に背負っている和葉さんに簡潔に伝えた。和葉さんがこれから自分の殻の中に閉じこもるなんてフラれた俺が許さない。これから先も色々な人と出会って傷つく道を歩ませる。そうして、最後に幸せになってもらう。これが俺にできる最高の祝福だ。
和葉さんは涙声になって、
「伊織君は残酷だねぇ~・・・」
「はい。フラれた仕返しです。いい気味です」
「ふふふ、これじゃあモテない、わけだぁ」
「放っておいてくださいよ」
俺の背中で嗚咽が聞こえてくる。背中に温かい水の感触を感じる。俺は何も見てないし、聞いてもいない。どうせ夢の中の話だ。布団の中に入った瞬間にすべて忘れるだろう。
俺は一人泣きじゃくるお姉さんを背中に背負って一直線の道を行く。
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和葉さんを背負って40分、なんとか実家にたどり着いた。
「ごめんね伊織君・・・」
「何回も聞きましたよ、そのセリフ」
俺はもういいのにって顔に書いたつもりなんだけどなぁ。何度目か分からない謝罪に苦笑しながら答える。
「あっそれじゃあここに下ろしてもらえればいいよ」
「はい」
俺は玄関のところで和葉さんを下した。和葉さんは地面に素足で着いたが、さっきまで雨に濡れていた地面だから気持ちが悪い感触を味わっているだろう。
「タオル貸しますよ?」
「ありがとう、ちょっと借りるね」
和葉さんは俺のタオルを使って、足の裏を拭く。タオルを受け取ろうとしたのだが、これは洗って返すと言われてしまった。いいですよって言ったんだが、頑なだったので、お願いすることにした。
「それじゃあ、俺は帰りますね」
俺は踵を返して実家に向かうことにした。身体は服はジメジメしていて、女性を一人背負ったのだ。風呂に入りたくて仕方がなかった。俺はさっさと戻ろうとすると、
「あっ!伊織君!」
「ん?どうかしました?」
「あっえ~と///」
和葉さんが逡巡している。もじもじしていてじれったいがそんな様子すら可愛いんだから卑怯だなぁ。俺は黙って和葉さんが言葉にするのを待った。
「今日はありがとね!!飲み会楽しかったよ!またね」
和葉さんが俺に向かって言ってきた。俺も
「俺も、俺も今日は楽しかったです!またお願いします!」
俺も今日の感謝を伝えた。そして、今度こそ家に戻ろうとしたときに、ふと、思い出したことがあった。
「あっ!和葉さん!」
和葉さんがこっちに振り返ってきた。俺は和葉さんがこっちを向いたのを確認してから、コーヒーの缶を投げた。
「おっとっと、こらぁ!、私だって女の子なんだから、いきなり投げられたら反応できないよぉ」
「すいません」
とか言いながら普通にキャッチしてるんじゃん。流石後藤家。運動能力が高すぎて分けてほしいよ。
「それ、俺からの和葉さんへの感謝の印です。それじゃあ」
「あ、待ってー」
俺は和葉さんの言葉を最後まで気がずに実家に戻った。電気は他の家と同様に真っ暗で、今日帰ることも伝えていない。怒られるんだろうなぁ
「そんなことより、風呂が恋しいぜ・・・」
俺は実家の合鍵を使って中に入った。
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『慎吾とはもう一緒にいられません。一方的にフッてごめんね』
私は慎吾、元カレにそうLIN●で送って、浴室に入った。汗やら鼻水やらで顔がぐちゃぐちゃになってしまっていたので、早く洗い流した気持ちでいっぱいだった。
何度目か分からない失恋。しかも毎回のように同じような男で同じ別れ方をしているんだから情けない。子供の方がまだ学習能力がありそうだなぁ
身体を洗って、湯船に浸かる今日の出来事が浴槽に溶けていく感覚だ。
「それにしても」
伊織君、大きくなったなぁ。身長はもちろんだけど、器と言えばいいのかなぁ。精神面で私よりもずっと年上に感じてしまった。しばらく会わないうちに生意気になって・・・
「クスクス」
後は生まれて初めて男の人におんぶされちゃったなぁ。男の人の背中ってあんなに広くて安心させれられるんだねぇ。伊織君気が付いていたのかな?私の心臓がずっとバクバクと鳴っていたことを。バレてたら恥ずかしいなぁ。
私は風呂から上がる。髪を乾かして、いつもの美容のルーティンを行う。私だって女の子だからねぇ。いつまでも綺麗でいたいって思うのも当然のことだ。
LIN●を開くと、元カレから既読だけが付いていて返信がなかった。それを了解の合図ととらえて、私は友達リストから元カレを消した。
部屋に戻ると、伊織君からもらったコーヒーがあった。今飲んだら、眠れなくなっちゃうよ・・・私は苦笑しながら、あの不器用な男の子のことを思い出す。机の上に置いてあるコーヒーの缶を冷蔵庫に入れに行こうと思うと、
「あっ」
コーヒーの缶を倒してしまった。危ない危ない、まだ開ける前だったからよかった、ってあれ?
底の部分に油性で何か書かれていた。缶を反対にしてみると、
『幸せになってください』
どこかの男の子が書いておいてくれたのだろう。私はそれを見て、ベッドの上に倒れ込む。おそらく耳まで真っ赤になっているはずだ。
枕元に顔をうずめて、顔の火照りを冷まそうとするが、その缶を見ると、私を庇ってくれたこと、背負って家にまで送ってくれたこと、何より私の幸せを願ってくれたことに私は幸せを感じてしまっていた
「弟みたいに思っていたんだけどなぁ///」
独り言が部屋にこだまする。口にすると、全身がむずがゆくなった。もう誤魔化すのは無理そうだ。
「運命の人の話で言うと、私は今まで、6人の彼氏がいたんだよなぁ」
私はさっきの話を思い出す。確か12人の男性と出会う中で一番運命力が高いのが、7人目とか言っていたはずだ。つまり、
「私の7人目は君なのかもしれないねぇ///」
私は今まで意識することのなかった年下の幼馴染のこと以外を考えられない恋する乙女にまた堕ちてしまった。
「責任取ってもらわないと・・・///」
私は缶ジュースの底の部分を彼に見立てて、キスをした。そして、
「どうか次こそはうまくいきますように・・・」
私は空に見えた綺麗な月にそう願ってまどろみの中に落ちていった。
『重要なお願い』
面白い!先が気になる!筆者頑張れ!と思った方はブックマークの追加と広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただけると嬉しいです!
感想なんか書いていただけたらさらに嬉しいです!
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