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飛将入洛


 呂布らが晋陽に兵を連れてきたのは半年も経ってからだった。


 兵は本当に七百余りまで減らされた。

 激烈な調練で、死人が十八人に及んだ。最初の二週間で半数以上が脱落した。それからは集団戦の調練で一人二人抜けていった。


 一つの壁を超えた、と成廉は感じた。

 これを超えれば強くなる、と信じて必死に調練に耐えた。体中擦り傷だらけになり、尿は赤かった。

 集落の長の計らいで充分な食事が提供されたが、極度の疲労で胃が受け付けない日もあった。

 魏越は耐え切れた様だが、張遼も同じ様に辛そうだった。

 二週間と呂布は言っていたが、地獄は半年に及んだため、成廉は生きた心地がしなかった。

 しかしながら、この一つの限界を超えた事は三人の自信になった。

 大人の、匈奴の戦士に混じって最後までついて行けたのだ。一人前の戦士としての自負が生まれていた。事実、三人は匈奴の戦士達に認められる程の実力をつけていた。




 何進。

 字は遂高。

 南陽郡の人。

 大将軍である。

 もともと屠殺屋であったが美人と評判の妹が同郷の宦官によって後宮に入った。それにより何進も高官に出世し、黄巾の乱の際大将軍に抜擢されたのだ。

 更に妹の何皇后は皇子を産んだ。以来、朝廷で実権を握ることとなる。


 しかし、そんな何進を快く思わない者達がいた。

 中常侍の十常侍だ。宦官の高官である中常侍の中でも権力者として名が知られている十人を十常侍と呼んだ。

 彼らは去勢された者なので抑えられた欲望は金銭、権力、収集に発散された。官位から処刑まで思いのままである。朝廷で十常侍に勝てる者はいないのだ。

 何進を除いて。


 ――大将軍を除くべし。


 そんな声が十常侍に広がる中時の帝・霊帝が崩御した。

 何進は即座に何皇后と図って、何皇后の息子・弁を帝とした。何進は帝の叔父となるのだ。十常侍を差し置いて、最大の実力者になるのは確実である。

 十常侍・蹇碩は早速行動した。


 蹇碩は体格が良く、宦官にもかかわらず西園八校尉(官軍指揮官)の一人だ。つまり何進の部下である。

 蹇碩は配下を使って何進暗殺を企てた。

 しかし、密告者によりあっさり発覚してしまった。


 何進は屠殺屋出身とは言え、軍の掌握は抜かり無かったのだ。

 西園八校尉の一人、袁紹の勧めにより宦官を皆殺しにしようとした。

 だが、思わぬ邪魔が入る。宦官達が何皇后に取り入ったのだ。誰のおかげで今の位にいると思っているのか、と諭されればさすがの何進も言い返せなかった。

 蹇碩以下首謀者の宦官のみを処刑すると、兵を引いた。


 とは言え、宦官を滅ぼさない限り何進は命を狙われ続ける。そこで袁紹は全国から諸侯を召集するよう進言した。

 兵力で圧倒し、牽制するのだ。

 妙案だと思った何進は早速、詔をしたためさせた。

 これに応じて数々の群雄が洛陽に向け、出立した。


 西暦一八九年。


 その群雄の中に残虐な魔王がいることを平和な洛陽はまだ知らない。




 成廉は齢十八になっていた。

 気付けばこの歳で呂布麾下軍の隊長にまで勤め上げていた。


 この四年間反乱鎮圧と賊討伐に明け暮れた。

 特に張燕が後を継いだ黒山賊が厄介だった。どうしても本拠地が特定出来ないのだ。隣の冀州はもっと酷いらしい。

 更に并州北部では騎馬民族の鮮卑が頭角を現し始めた。

 どちらもなかなかの相手だったが、呂布の敵では無かった。相変わらず丁原に手柄こそ盗られたが度重なる戦闘で麾下の一千はめきめきと力をつけた。

 呂布の武勇伝は洛陽にまで広まったようだ。

 そんな洛陽から丁原に召集がかかった。詔勅とのことだが、何進の命令に違いない。

 成廉は何進が呂布をあてにしている、と思った。丁原に大した指揮能力があるはずが無かった。

 新たなる褒美を求めて、丁原は張揚、呂布以下直属の部将を引き連れて、洛陽に向けて出立した。


 黄河沿いに田圃が広がっている。

 空は青々と澄んでいた。

 呂布は張揚と並んで進軍した。すぐ後ろを成廉は追走する。

 いつの間にか二人は親しくなっていた。

 何を話しているのか知ろうとは思わなかったが互いに本音を語れる位の仲の様だ。


 田圃を見て呂布が言った。

「まるで故郷の草原のようだな」

「今年は珍しく良作みたいだ。

普段は実りもろくに無いらしいぞ」

「丁刺史は?」

「慣れない騎乗に疲れたんだろう。後ろの馬車だ」

「困った男だ。何も出来んのでは無いか」

 二人とも嘲笑を含んでいる。

「奉先、そろそろ我慢し切れん」

 張揚は真顔だ。眉間にも皺が寄っている。そろそろ限界が近い様だ。

「まだ、その機じゃないのだ。堪えてくれ」


 何を企てているのか成廉には見当がつかなかった。

 しかし、張揚は到底何かに堪えられる様には見えなかった。




 急報が入ったのは洛陽の外門をくぐった時である。

「報告! 十常侍が何進大将軍を殺害。

 これを知った西園八校尉の袁紹殿が殺戮を開始しました」

「なんと!」

 諸将がざわめいた。

「して、帝は何処に?」

 丁原が興奮して聞いた。いくら傀儡状態の帝とは言え、保護すれば恩賞が貰える。

 だが、報告の内容は期待外れだった。


「十常侍・張譲と共に行方不明です」

「それなら儂らが捜索するぞ!」

「お待ちください」

 張揚が遮った。

「今の帝を保護したところで我々には無益です」

「儂には有益なのだ」

 丁原の顔が醜く歪んだ。

「張譲によって帝が我々を逆賊と認識したらどうなされるのか」

「では、おぬしは誰かが手柄を挙げるのを黙って見ておれと申すか」

「どちらにしろ張譲が洛陽の東に来るとは思えません」


 しばらく二人は言い争っていたが、呂布は帝より袁紹が気になった。


 ――思い切った男だ。大きくなっていくのはああいう者か。


 袁紹の行動は賛否両論だったが、一部の知識人からは多大な支持を受けた。


 そうこうするうちに帝保護の報が入った。

 諸将は保護した者の名を聞いて愕然とした。

 その男は涼州刺史・董卓だった。


 董卓仲穎。


 西涼で名を馳せた男だ。

 若い頃羌(遊牧民)の族長を酒宴に招待した際、牛を素手で殺して料理した。そのため族長は畏れ敬い、協力を誓ったという。

 中には左右同時に騎射が出来る、と言う者もいる。その他数々の武勇伝が広まっていた。


 黄巾の乱の際、失脚して罷免された。

一部の董卓の実力を知る者からは虎を野に放す様なものだ、と反対の声が挙がった。

 実際に董卓は天水を拠点にほぼ涼州を手中にした。羌、匈奴を織り交ぜた約十万の兵が董卓の命令一つで中原になだれ込める状態にまで発展している。

 そんな董卓が帝を奉戴してしまったのだ。

 洛陽は混乱の渦に巻き込まれるのでは、と成廉は思った。




 成廉、魏越、張遼は洛陽の東の幕舎で留守番をしている。今日は馬の世話だ。

正式な通達があり、軍の再編があるようだ。

 今頃呂布は丁原と参内しているだろう。

「董卓って言ったらさ……あの董卓だよな」

 馬に秣を与えながら魏越が言った。

「そうだ。西涼の怪物みたいな奴」

 張遼は桶の水を順番にあげた。

「本当に左右同時に弓引けるのかな」

 成廉は鞍を磨いている。

「ありゃ、嘘だろ。

両手に弓持ってたら引けねえじゃん」

「足とか」

「ない」

「じゃあ、口」

「……」

「そんな人間がいたら俺、奉先様の次に尊敬するわ」

 魏越が笑って言った。

「ま、噂を聞いた限りじゃ、腕っ節だけで戦は駄目みたいだね」

「ああ、黄巾の乱だろ。

なんでも負けそうになって、劉……なんとかって奴の義勇軍に助けられたらしいな」

「本当にそう思うか」

 張遼が聞いてきた。

「え、どうゆう事?」

「俺が聞いた限り、今回みたいな一気に頂点になれる機会を窺って、わざと負けたって聞いた」

「噂だろ」

「でも、それが本当ならまずい事になりそうじゃないか」

 張遼は何かを感じ取っていた。

「なんかいつもの遼らしくないよ」

「俺はいつもどうりだ。

俺が言いたい事もその内に判るはずだ」

「何か起きるかもしれないってこと?」

「絶対、あの董卓は何か起こす」


 何か起きるとしたら、それは中途半端な事では無く、天下の度肝を抜くだろう、と三人は思った。




「何進大将軍の遺軍は儂が指揮する事となった」


 董卓が何進の軍を受け継ぐ。

 それは董卓が二十万を超える兵を擁する事である。召集された一同は騒がしくなった。

 更に董卓が続けた言葉に一同は凍りついた。

「儂は今の帝は漢帝国に相応しくないと思う。

先日、保護した際も弁はまともな受け答えも出来なかった。比べて陳留王(弁の異母兄弟)の協は聡明ではきはきと喋れる。明らかに陳留王を新帝として立てるべきじゃ。

貴公らはどう思うかな?」


 その時、丁原が立ち上がった。

「董卓! 何進大将軍の軍を吸収しただけで充分であろう。

その上、帝を替えようなどとは不遜極まりないぞ」

 丁原は単に董卓がこれ以上の実権を握るのが我慢出来なかっただけだが、一同の目には忠義の士であるかの様に映った。

「すなわち、貴様の様な者を天下では逆賊と言うのだ!」

「う……むむ」

 董卓の顔が赤黒く変色した。

「丁原!

儂を逆賊と申すか!?

儂は漢帝国の事を思って言っておるのだぞ」

「帝を思いのままにしようとしてもそうはいかんぞ!

どうせあわよくば自分が帝に取って代わろうと考えているのだろう」

 徐に董卓は無言で剣を抜いた。

 その董卓の形相を見て、丁原は危うく腰を抜かすところだった。人間、いざという時本当の姿が現れる。

「り りょ呂布、張揚」

 少しうわずった声で丁原は部下を呼んだ。


 ――やれやれ、しょうがない。


 ゆっくりと呂布は立ち上がった。張揚は机の杯を見たまま動かなかった。主を守る気など毛頭無いのだろう。

 董卓が殺すのを待っているのかもしれない。


「呂布だと?」

 呂布がその巨体を晒すと、董卓は何かに気付いた様に剣を下ろした。

「あの武勇名高い呂布か」

「そっそうだ! 儂に手を出して見ろ!

息子分の呂布がお前を八つ裂きにするぞぉ!」

「貴様に聞いてはおらん。呂布に聞いておるのだ」


 息子分とは呂布も初耳だ。

 ここまででっち上げられるとさすがの呂布も苦笑した。

「呂布よ。どうして貴公のような男が丁原ごときに仕えているのだ?」


 丁原に対し忠誠心は無い。呂布は正直に答えた。


「力を蓄えるためだ」


 丁原の顔が見る見るうちに青くなってきた。

「呂布、儂に仕えよ。

力なら儂のところの方が蓄えられるぞ。褒美は好きなだけ取ら…」

「儂は帰るぞ!」

 身の危険を感じたのか突然丁原が叫んだ。

 呂布と張揚を引っ張る様に掴むとその場を後にした。

「良い返事を待ってるぞ」

 退出する時董卓のがら声が耳についた。




「お帰りなさいませ、奉先様。

ただ、董卓の侍中を名乗る男が参っています」

 張遼が眉をひそめて言った。

 帰ったら、丁原の問責の使者が待っているかと思えば、董卓の使者が驚く程速かった。


 呂布は早速面会した。

「私は文優と申します。以後お見知りおき下さい」

 男は目に強い光を湛えている。切れ長の目はまるで全てを見通せるかのようだ。

 下手をすれば董卓より厄介者かもしれない。

「この度参ったのは呂布殿を騎都尉に任命するためです」

「俺はまだ丁原の臣下だ」

「その事については……董卓様は丁原の首を所望です」


 驚きはしなかった。大体呂布の予想通りだ。

「今すぐには無理な話だ。俺にとってまだその機では無いのだ」

「そう仰ると思いました。董卓様は誠意を表すために名馬・赤兎を与えるとのことです」

「赤兎?」

「汗血馬(西域の名馬)です。

更に体毛も燃えるような赤で、一度脱走した際には一日に一千里(約四百キロメートル)も駆けたそうです」

「そんな名馬を手放すのか」

「誰も乗りこなせないので」

「ふむ……」


 呂布は位で自分を売りたくなかったが、赤兎は欲しかった。

 ちょうど帷幕の外から成廉の声がした。


「奉先さん、丁原様がお呼びだそうです」

 呂布は返答を先延ばしにする事にした。

「とにかく即答はできん。

赤兎は文優殿に預けるとして、今夜はひとまずここにお泊まりください。張遼という者に世話をさせましょう」

「そうですか……では、お言葉に甘えて」

 任務に失敗したはずのに文優は笑っている。


 呂布は何か嫌な気がした。


 呂布は丁原の幕舎に向かった。


「これは呂布様、張揚様もいらしてます。どうぞこちらへ」

 丁原の従者が出迎えた。新顔の楊醜という者だ。

「それにしても何かあったのでございますか?

丁原様はかなりお怒りの御様子ですが」

「ああ、ちょっとな」


 帷幕の前で呂布は楊醜を止めた。

 剣を研いだ時の様な鉄の臭いがする。楊醜はまだ気付いて無い。

「ここまででよい。丁刺史と大事な用件だ。

お前は下がっておれ」


 楊醜は一礼すると視界から消えた。


 ――この臭い………張揚か。


「俺だ……入るぞ」

 幕を上げて入るとそこは血の海だった。

 丁原が肩から両断されている。

 目を開け、口を開け、阿呆の様な間抜け面だ。

「奉先……すまん、自分を抑え切れなかった」

 そばに血に濡れた剣を握った張揚が立っていた。

 話は簡単だ。

 丁原は董卓が帝を保護し朝廷を牛耳る事も、自分が殺されそうなのも、張揚が丁原を止めたせいにしたのだ。

 そして丁原は張揚の軍を取り上げようとした。手塩をかけて育てた、我が子の様な兵達が丁原にこき使われるのが張揚には我慢出来なかったのだろう。日頃の不満も溜まっている。

 恐らく呂布も同じ立場ならそうしたかもしれない。

 いずれにせよ二人で独立するのは不可能となった。


 ――どうする。


 先々の事を考えると今の状況では道は一つだ。


「……張揚、お前は丁原の残軍を纏めて并州に帰れ」

 うなだれていた張揚が顔を上げた。

「奉先……しかし」

「俺は武一筋の男だ。

だが、お前は人望があってこその男だろう。

主殺しを犯してはいけない」

「お主にその主殺しの濡れ衣を着せるわけにはいかん」

「俺はこの武を売りに乱世を渡り歩ける。

お前は部下の信頼を失ったら、何が出来るというのだ?

どうやって生きて行くのだ?」

 張揚は黙り込んだ。

「お前の限界を悟れなかった俺のせいでもある。

ちょうど董卓から仕官の誘いが来ておるのだ。

丁原の首を土産にな」

「……あんな男に仕官するのか」

「一時的にだ。

主殺しを受け入れるのは董卓ぐらいだろう。

お前は并州で力を蓄えてくれ。いずれ次の機が来るだろう。

それまでは別行動だ」

「お主が董卓配下になってしまえば、対峙する事もあるかもしれん」

「それも良かろう。雄飛の時までお互い力を蓄えようではないか」

 長く沈黙が続く。張揚は深々と頭を下げると

「また会おう」

と一言残して帷幕を出た。


 その顔には涙が光っていた。




 呂布は丁原の首を切り取ると密かに自分の幕舎に帰った。

「お帰りなさいま……うわっ!?

これ、どうしたんですか」

 成廉は呂布が丁原の首をぶら下げて帰ってきたので驚いた。

「丁原の首だ」

「見れば解りますよ! そうじゃなくて何で……」

「訳は話す。魏越と張遼を呼んでこい」

「……という訳だ」

 呂布が話し終えると三人は複雑そうだった。

「何とも言えません。

張揚様はそこまでして庇う程の者ですか?」

 魏越は尊敬する呂布に悪名が増えるのをよしとしないようだ。

「まぁ越、奉先様が決めた事だ。

これから大変だろうから、陰ながら支えていこう」

「三人とも頼むぞ。

それから今後、丁原殺しの真相を話してはならん。俺が殺した事として振る舞え」

「……」

 三人とも気が引けた。やはり主の偽の罪を認めたくなかった。

「返事は」

「……はい」

「よし。張遼は文優を呼んでこい。

成廉と魏越は麾下一千に出立の準備をさせろ」


 三人が出て暫くすると文優がやって来た。

「急にどうなさった?」

 口元が笑っている。何が起きたかお見通しですよ、といった顔だ。

「丁原の首だ。持って帰れ」

 呂布は首を文優の足下に転がした。

 文優は汚い物をつまむ様に拾い上げて覗き込んだ。

「確かにお預かり致します。

それでは仕官を承知して戴けるのですね」

「それは董卓殿次第だ」

「と、言いますと?」

「麾下一千に西域の良馬を頂戴したい」

 さすがに文優は目を丸くした。


 西域の馬は確かに良い馬ばかり産する。

 しかし砂漠を越えての輸送であり、盗賊への備えも厳重にしなくてはなら無い。その為、一頭でも莫大な買値だ。それを一千頭となると、とんでもない事になる。

 しかし文優はその条件で約束した。


「承知しました。

私から董卓様に申しましょう」

「頼む」

「それでは今夜中にいらしてください。

先に帰ります。赤兎は置いていきますね」

「まだ仕官すると決定した訳では無いぞ」

「丁原の首の分です」

 笑って答えた。


 文優が出て行こうとするとふと疑問に思った呂布は止めた。

「ちょっと待て、一つ聞きたい」

「何でしょうか」

「お前は誰が丁原を殺したか知っているのか?」

「はい」

「何故分かった?」

「二、三人間者が入ってます」

「そうか。もう、行け」

 文優は一礼すると闇に消えていった。


 呂布が麾下一千と共に出頭して来た、と聞いて董卓は小躍りした。

 成廉、魏越、張遼も呂布について行って董卓に会った。

 成廉は董卓は見た目と『気』が合ってないと思った。顔は鬼の様で体格もがっしりとしており迫力がある。

 しかし、『気』に関しては驚くほどひ弱だ。必死に強さを前面に出しているが、中身は怯えているようにも見える。

 面倒な事を起こしそうな匂いがぷんぷんした。


「よく来た、呂布よ」

 董卓の傍らに控えた男は文優では無かった。

「仕官するにあたって条件があります」

 まだ呂布は礼をしなかった。

「何でも申すがよい

赤兎では不充分だったかの」

「願いましては西域の良馬を一千頭いただきたい」


 董卓は口を開けたまま固まった。


「この条件を呑んでいただけなければ、ここを去ります」


 董卓の手がわなわなと震えた。

 無理も無い。たった一人の男と一千の兵の為に莫大な金を払うのだ。恐らく食邑(領地)数千戸も手に入るほどだろう。


 董卓が立ち上がろうとした時、すかさず傍らの男が耳打ちした。

 董卓は暫く考え込んでいた。かなりの葛藤の様だ。

 ようやく董卓は頭を上げた。

「よし、その条件を呑もう」

「ありがとうございます」

 呂布は深々と拝礼した。

 成廉らもそれにならう。

「身命を賭けて董卓殿の手足となって働きましょう」

 董卓は満足そうに笑った。




 こうして董卓の元に呂布が丁原の首を土産に馳せ参じた事はすぐに知れ渡った。


 張揚は董卓との敵対を表明したが、丁原が殺された翌日に陣を引き払い、并州の晋陽に帰ってしまった。


 そして呂布の帰順を機に董卓は更に強大になっていくのだった。

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