ギャングにだって趣味はある
全く……若い内から中間管理職になると、お互いロクな事は無いよなぁ。
バンの車内テレビで様子を伺うマニーの胸に、一瞬、ターゲットへのささやかな共感と同情が走る。
タールマンは動かない。
三人の皆殺しを腹に決めた以上、慌てる必要は無いらしい。
黒革の光沢が生えるジャケットを愛しげに撫で、画面を見つめて、突入のタイミングを計っている。
「あのぉ、もう兄貴が要らねぇなら、ほかして来ますわ、コレ」
俯いたままサムが発する怒りのオーラは、流石に手下も無視できなかった様だ。
生首をビニール袋へ戻し、ソソクサと工場を出て行こうとするが、
「待て!」
サムの鋭い声に、エディとウィルはその場で凍りついた。
「お前ら、カルロをばらす時、奴の体に彫られた刺青を見たか?」
「はぁ? イレズミ?」
「……そういや、変な形をした奴がアチコチにあった様な」
小さく頷き、サムは両腕を組んで思案顔になる。
「刺青がどうかしたんスか?」
「カルロはな、バーモントに広い農場を持ってる。で、長年溜めた金を貴金属に変え、その何処かへ隠したって噂があるのさ」
「へえ」
「およそ40エーカーもある広い土地だ。宝探しは容易じゃないが、奴自身、老いぼれて忘れるのが怖かったんだろう。手がかりを刺青に残したらしい。位置を掴まれない様、複数の刺青にわけ、別々の彫師に刻ませて、な」
宝と聞いた途端、どんより淀むエディとウィルの瞳が輝き始めた。
早速、工場のシャワールームへ遺体を運び、刺青がある部分を剥がして、綺麗に洗い流していく。
その間もタールマンは動かなかった。
カルロの噂について彼も知っており、成り行きを見届けてから標的を始末する、と宣言したのである。
「うまくすりゃ、リタイア後の暮らしが多少潤うかもしれん」
滅多に笑わぬ殺し屋の楽しげな鼻歌を聞き、マニーは内心で苦虫を噛み潰した。
金を独占する為、タールマンなら躊躇なくマニーを殺して、口封じしかねない。
半時後、エディ達がサムの前へ戻ってきた時、その手には皮膚の断片が七枚、重ねられていた。
「ご苦労、断片が七枚という事は、刺青は七つあったんだな」
「いえ、四つっス」
「何?」
「カルロをバラバラにする時、そのぉ、勢いで多目に刻んじまって、数が増えちゃった~っ、みたいな」
「何ぃっ!?」
二人から皮を奪い、注視すると、確かに模様の分断された痕跡がある。
只でさえ四つの刺青をどう組み合わせるか不明なのに、ぶった斬られた断面はギザギザによれ、このままだと宝の手がかりを解読できそうにない。
しばらく頭を捻った末、サムは、ミシンの側にあるキャビネットから埃塗れの台紙を取り、皮膚を全てその上に置いた。
「大まかで良い。刺青が彫られていた箇所を言え」
「え~、この二枚が左の手首、こっちが腹んトコで」
「それは右肘の裏、残りが首の後ろっス」
「良し」
サムは台紙の上に「NAPE」、左側に「WRIST(手首)」、右側に「ELBOW(肘)」、下方に「STOMACH(下腹)」と書き込んだエリアを作り、該当する皮膚の切れ端をそこへ異動させて、ミシンの電源を入れた。
ピアニストさながら指先を滑らかに動かし、目を丸くするエディとウィルの前で、皮膚を縫い始める。
「……うまいっスね、兄貴」
「実は趣味なんだ」
「へ?」
「ガキの頃からミシンに馴染んでる。兄弟が多くてな。破れた服、繕ったのさ」
「へヘ、裁縫好きなの、ギャングの癖に」
「……悪いか?」
チラリと上げたサムの瞳に微かな殺気が立ち上り、手下の薄笑いが消えた。
「でも、元々、一つの刺青を元に戻すのはわかりますけど」
「テキト~に四つの模様をまとめた所で、良い感じにならないんじゃ?」
「適当になんか縫ってない」
指先を動かしつつ、サムは憮然とした面持ちで反論する。
「少しは考えろ。爺ぃの備忘録代りだぞ。複雑な仕組みの訳、無ぇだろ?」
そう言われても、バカ二人は虚ろな眼差しで首を傾げるばかり。
説明する気も失せた様子で、サムはひたすら死体の皮を縫い合わせていく。
「……あいつ、凄ぇな」
車載テレビの画面に目を凝らし、タールマンが呟いた。
それもその筈。組み合わされた刺青の模様は、見る間に意味を持つ一つの形状=簡易な地図の呈を成そうとしている。
マニーも又、胸の奥で、驚きの声を上げていた。
仕組み自体は確かにシンプル。
刺青が彫られた箇所の頭文字を、東西南北の方位と対応させただけだ。
「NAPE」がNORTH、「STOMACH」がSOUTH、「WRIST」がWESTで「ELBOW」がEAST。
後は形状を吟味、組み合わせの位置を微調整すれば良い。
如何にも老いた売人が思いつきそうなレベルだが、サムのキャリアを考えれば、咄嗟に見抜く知力は賞賛に値する。
「殺すのは惜しいですね」
マニーが漏らす言葉に、タールマンも深く頷いた。
「あれだけの奴、滅多にいねぇ」
「ですが、その分、ファミリーにとって危険とも言えます」
「勿体ねぇが、殺らなきゃ、な」
「討ち漏らす訳には参りません。サム・ティカーの今夜の手際を見る限り……」
「ああ、全くよぉ、見とれちまうぜ、あの手際!」
首を大きく左右に振り、漆黒の毒蜘蛛が吠えた。
「微妙なステッチと言い、ほつれを防ぐ直線縫いとかがり縫いの使い分けと言い、絶妙じゃねぇか、オイ」
「……え?」
「まず仕付け糸の扱いがうまい。素人はいきなり縫いたくなるモンだが」
タールマンは、ミシンへ向うサムの姿に見とれ、頬を赤く染めている。これほど感情を露わにし、情熱的に語る姿をマニーは見た記憶がない。
「何たって、皮だからよぉ。本皮を綺麗に縫う技術は、10年やそこらじゃ、身につかねェから」
殺し屋の掌は、無意識に愛用のハンチングとジャケットを強く握りしめていた。
「努力がいるのよ、血が滲むほど!」
拘りの本革製。
異様な体型にジャストフィットの皮ジャンを生み出す仕立て屋の正体が、マニーには判った気がした。
「あのぉ、もしかして、あなたの趣味も裁縫では?」
「……悪いか?」
チラリとこちらを見るタールマンの瞳に微かな殺気が立ち上り、マニーはごくりと生唾を呑んだ。
「畜生、どうしても殺さなきゃダメ? この業界、同好の士は滅多にいねぇのによぉ!」
孤独な叫びはヘルズキッチンの闇に呑まれ、死神と呼ばれる男の頬に涙が伝う。
だが、マニーの狡猾な頭脳はその時、全く別な方向でフル回転していた。
もし、プライベートの秘密を知られた殺し屋が仕事を終えた後、口封じに動いたら、どうする?
お裁縫だろうが、尻の見えるズボンだろうが、酔狂な趣味は個人の勝手。しかし、そのせいで死の順番が回って来るなんて御免被りたい。
今のマニーには生きるべき理由がある。
何しろ来週の金曜日、待ちに待った新型ゲーム機・マッドボックス5の発売日がやってくるのだ。
前のバージョンが出た時は、丸三日徹夜で行列したのに、限定仕様のスペシャル・カラーが手に入らなかった。
もうちょっとだったのに、俺の一つ前、黄色い肌をした野郎が最後の一箱を持って行きやがった。
別に人種に拘っちゃいね~よ。
でも、転売をもくろむ奴らは大嫌いだ。
そもそも、何で中国の団体様がヘルズキッチン最大のゲームストア前で一週間もテントを張らなきゃならねぇ?
純粋に趣味を追う俺の汚れない気持ちに泥を塗りやがって!
今回は一週間、いや、十日並んでレア物をゲットする。目の前の毒蜘蛛と命がけでやり合う羽目になろうとも……
マニーは油汗の滲む手を、密かに拳銃へ伸ばしつつ、誓った。
良いさ。
どうせ個人の趣味なんて他人には金輪際、理解できない物なのだから。