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 結局、エマさんとはうまくいかなかった。


 なぜって、二週間を過ぎてからあの男が散々介入してきたから。

 二人で話していたのに無理やり会話に混ざって、私があの二週間の間に彼女に迷惑をかけていなかったか、嫌いな食べ物の把握はちゃんとしているのか…などなど、超どうでもいいことを彼女に聞き続けたり。

 私がエマさんにお願いしていたはずのことを、なぜかあの男も…いや、エマさんがやってきてくれたこと以上のことをやってきたり。…おかげさまで私の頭の上にあるのは、彼女がつくってくれた手作りカチューシャではなく、あの男がプロさながらに作り上げた無駄に美しいカチューシャだ。エマさんからカチューシャを貰う約束をしていた日の早朝に、よりにもよってあの男はエマさんの目の前でこれを渡したのだ。「手作りのカチューシャ、欲しいっていってなかったかい?」と。男がつくったまるで商品かのような…でも、確実に手作りであることがわかるそれに、エマさんはカチューシャは今度渡すといったきり、結局最後まで渡してくれなかった。

 

 そんな様子の男にドン引きしたのか、それとも、悪役がずっとすぐそばにいる環境に耐えられなかったのか…エマさんはいつの間にか離れていってしまった。

 今ではエマさんは、いかにも末っ子といった雰囲気の子犬のような少女の世話を焼いて、こちらなんか見向きもしてくれない。


 幸い私が彼にくだらない嘘をついていたことはどちらにもバレなかったけど、こんなんだったら、関わっちゃいけない期間を一年ぐらいに設定しておくべきだった。「いい人」が見つからなかった場合の保険なんか、かけておくべきではなかった。


 だから私は、


「これまで、ありがとうございました」


 転校。そう、この学校から逃げることにした。


 この学校にいて彼の手から離れるのはもう不可能だと悟ったのだ。彼はおそらく私がこの学校にいる限り、どんな手を使っても私を自らの庇護下に置こうとする。あの「君は私がいないと生きられない」というふざけた言葉を妄信して。なにもかも私から出来ることを奪って。

 だからって転校?と思うかもしれない。私もきっと第三者目線だったらそう思う。でも、私には耐えられなかった。今では彼に触られるだけで鳥肌が立つ。


 ちなみに、親にはいろいろトラブってしまったとだけ伝えた。彼らは、一つ頷いてなにも聞かずに手続きをしてくれた。お父さんもお母さんも…私の性質はよく理解してくれている。彼らにまた迷惑をかけるのかと思うと、どうやって息をすればいいのかわからないほど苦しかった。だが、このままだとどこかの高い建物から飛び降りることになり、彼らにさらなる迷惑と心配をかけるという半ば確信に近い予感があったのだ。どんなに惨めでも、お母さんもお父さんも私が生きているだけで死んでしまうよりは喜んでくれる。それぐらいのことは馬鹿な私でもうっすら知っている。それに、死んでしまったら、これまで私にかけさせてしまったお金だって返せない。だから、私は薄汚くとも生きなければならない。そのためには、私はここから脱出しなくてはならなかったのだ。


「みなさんと過ごした日々のこと、きっと忘れません」


 適当な言葉を適当に告げて、すぐに椅子に戻る。

 すると予想通り、横から腕をひかれる。

 さぞ悲嘆に暮れた顔をしているだろうと、必死で笑顔を噛み殺しながら顔を上げれば、予想外にもその顔はどこか神妙な面持ちであった。


「なに?」

「やっぱり、あの子と一緒にいるのは辛かったのか」


 真剣な瞳でこちらを見つめながら、彼はわけのわからないことを言う。


「誰の事?」

「とぼけないで。彼女のことだよ」

「は?」

 

 そういって男は私の前の席に座る少女を顎でしゃくる。

 …エマさんが私になにをしたと?彼女はなにもしていない。


「彼女、君のことをなにも知らない癖に君の友達を名乗るし、まるで蠅みたいに君の傍に纏わりつくから…ずっと不快だったんだ」


 君もそうだろう?…と、甘く語り掛ける声はまるで赤子をあやすかのよう。

 …彼女を蠅に例えるのも不快だが…これまでずっと世話を焼いていた相手に、引っ越すことすら伝えられていなかったことに関して、彼はなにか疑問を抱かないのだろうか。

 まぁ、そんなことはいい。最後なのだ。感謝ぐらいは伝えておこう。私がどんなに彼に嫌悪感を感じても、彼が私のことを助けてくれていたのは事実で、最初は間違いなく私が望んだことだったのだ。


「あの、さ」

「なにかな?」

「これまでありがとう。これからはお互い別々の道で幸せに生きられるといいね、トゥルさん」


 悪いけど、私たちはここらでお別れだ。


 これまで彼に貰った全てのものと、なんとかかき集めた手切れ金のつもりのお金…それらすべてを適当な紙袋に入れて彼のロッカーに勝手に突っ込み、私はこの学校における最後の放課後を終わらせた。




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