僕はホラー映画が死ぬほど苦手だけど、この2時間が永遠に終わって欲しくないんだ
『第3回「下野紘・巽悠衣子の 小説家になろうラジオ」大賞』への応募作品です。
夏休み真っ只中の8月13日、僕は行きつけの小さな映画館に来ていた。
僕の手の中には今日封切りされたホラー映画のチケットが2枚。
期待と不安で、僕の胸は一杯だった。
「受かったよ!オーディション!」
制服のリボンを揺らしながら走って来るなり君が叫んだ。
「おー!おめでとう!何の役?」
「幽霊!」
「え?」
「映画館にまつわるホラーなの。初めて役名もらったよ!」
高校で初めてできた彼女は、女優の卵だった。
「来月から撮影で来年の夏公開だって。公開されたら一緒に行こ!」
「お、おう。」
君は僕の動揺を見逃さなかった。
「喜んでくれないの?」
「そんなことない!」
「あ、ホラーダメなんだっけ?空手部エースがヘタレだなぁ。」
「う、うるせぇ。」
小さい頃見たホラー映画のせいで小2までおねしょしてたなんて、口が裂けても言えない。
「ま、そういうとこが可愛いんだけど。」
「おい!」
「幽霊は信じる?」
「どうかな。」
「私は信じるよ。死してなお愛する人を求める、見ようによっちゃ純愛じゃない?」
「でも、ホラーだろ?」
「そうだけど。」
君がふいに僕の左手をとった。
「ね、怖いなら映画の間、ずっと私が手握っててあげよっか?」
細い指を絡められ、ドキンッと僕の心臓が跳ねた。顔を寄せて悪戯っぽく笑う君を、僕は心底可愛いと思った。
「バッ、バカ!行くよ!」
君が出演するのに、行かないなんて選択肢はない。
「じゃ、約束!公開初日に私の映画デビューを祝ってデートね!」
「分かった。約束な。」
指切りした君の無邪気な笑顔につられて、僕も笑った。
僕は君が大好きだった。
君にとってこれが最初で最後の出演作になるなんて、この時は夢にも思っていなかったんだ。
君が食べ物や飲み物を欲しいと言うのか分からなかったけど、僕はとりあえずポップコーンとコーラを2つ買った。
上映開始時間まで5分を切っても君はまだ現れなかった。
僕と付き合ってから、君は待ち合わせに遅刻することはあっても、約束を破った事はなかった。だから、今日だってきっと来るはずだ。
僕はスクリーンに移動して待つことにした。
やがて、照明が落ちて、映画の予告が始まった。
スクリーンの中でカメラ男が捕まって連行された時、左隣の畳まれていた座面がキィっと音を立てて開いた。そして、肘掛けに置いていた僕の左手がひやりとした感触に包まれた。
やっぱり約束通り、君は来た。
会いたかったよ。
僕は左を向くと、誰もいない隣の席に向けて微笑んだ。