ピンチに駆け付けるのがヒーローならば、この物語にヒーローは存在しない。(※作者談)
ヒーロー、不在。
茂みに隠れた不審な一団が狙っていたのは、やはりレナードだった。
さる名家の、ロイドに懸想するストーカー令嬢の仕業である。
従者に指示し、そのへんのゴロツキ三人に話を持ち掛けた。見知らぬ輩の方が足がつきにくい。
高額報酬で簡単に釣れ、前金を渡せば多くは聞かない彼等は、実に手軽な道具なのだ。
「へへへ……貴族令嬢か~」
ゴロツキの一人が下半身を捩らせながら下卑た笑いを漏らすのを、リーダー格の男が窘める。
「おい、服を破いて放置するだけだぞ。 警備兵の巡回が厳しいからな、時間が無い」
「ええ~ちょっとくらいいいじゃないすかァ」
「馬鹿、先ずは逃げて金だ。 あれだけの金が手に入ればイイ女が買える。 発散はそっちでしろ」
隣国との交流が本格化する前に、国内貴族同士での婚姻を推奨している、というのは先にも述べた通り。
家格差はあるが、ロイドが婚約前に伯爵位を継承すれば、レナードとて腐っても貴族子女。なんとかなる。
だが、キズモノとなれば流石にそうはいかない。
貴族は体面と血統を重んじる。
実際に貞操を穢されなくとも、そういう噂になるような出来事が起きてしまえば……
それを狙った犯行である。
巡回は厳しいが、拐かすわけではない。
令嬢を引き摺り出して剥き、放置するだけ。それならそう時間は掛からない。
充分な金を貰えるならば、ゴロツキにはオイシイ仕事だ。
「──いくぞ」
闇夜だからか馬車の速度は遅い。
……これは仕事がしやすい、と男らはほくそ笑んだ。
満を持して、武器を持った三人のゴロツキが手筈通りに馬車の前に出ようとしたところ、
「ええ?!」
「なにっ!!?」
「……うわぁぁぁぁ!!」
──馬車が暴走した。
「 ぃよっし! 振り切りますよ!!」
「もう決定だな!?」
「用意はいいな? バルメザ、バルメロ!!」
「ああっリュドが馬に了解を取り始めたわ!!」
リュドはヤル気満々。
こうなると最早、子爵の意見など関係なかった。
「 お父様、覚悟なさって!!」
ふたりは椅子から降りて背中合わせに座り、シート下から安全バーを引き出して固定して、それを握りしめた。レナードはスカートを持ち上げ、いただいたカゴを足の間に挟むのも忘れない。
淑女とはなんだ。
安全バーは、馬車内部にリュドが自らカスタマイズして設置していたギミックである。
これは以前似たような状況に陥ったときに、見事暴漢からは逃げ仰せたものの、振られる馬車によって子爵がむちうちになった経験から作らせたもの──
リュドは本当に、なにかと使える男なのだ。
ちょっとアレなだけで。
ちなみに『作らせた』とは言っても、むちうちになった子爵が『もう少しどうにかならないか?』と力なく言っただけであり、持つ意味合いは少し異なっていたのだが。
「ヒィーハァァァーッ!! ダンスパーティの始まりだぜェェエエ!!」
大分アレな台詞が王都の闇夜に響く。
この大分アレな台詞を発したのは、ゴロツキのひとり……ではなく、勿論リュドである。
リュドが飼育している馬は屈強で賢く、よく躾けられている。中でもバルメザとバルメロは彼のお気に入りで、繊細と言われる馬の割に胆力があり、多少のことには動じない。
不安定な御者台に乗っている筈のリュドだが、サスペンダーを馬車に括りつけ、馬への指示と共に体重移動を繰り返して体勢を保つ。
そして指示通りに、華麗に物凄い速度でトリッキーに走る馬二頭……
台詞の通り、さながらそれは御者と馬とのダンスであった。
「痛ァッ!」
「耐えろレナード! コレはまだマシな方だ!! しかもギミックが役に立っている!」
「でもコレ改良の余地あるわよ絶対!!」
混乱は馬車内だけではない。
「コレマジでお貴族の馬車かよッ!?」
「野郎ッ……逃がすかぁぁッ!!」
外ではゴロツキが躍起になり、隠していた弓矢を取り出した。
確かに馬車を上手く停められず、逃げられた時の為に用意していた物だが……ちょっと想定外の動きではある。
「ちィッ! 奴等、飛び道具とか出してきやがったぜ!!」
素早くそれを察知したリュドだが、そんなものに怯む男ではない。むしろ火に油を注がれたかたち……そう、彼は血気盛んなのだ。
このままなら充分逃げ切れるであろうにも関わらず、馬への指示を一旦止めて、ポケットから爆竹を取り出して火を付け──
投げた。
──バババババババッ!!
「うわぁ!?」
「今度はなによ?!」
馬車の床に座っているふたりには、外の様子は見えない。
リュドはいい感じのポイントに投げれたことに歓喜し、ガッツポーズを取る。
「ナイスコントロール!!」
「「だからなにをした!?」」
「爆竹です!」
「爆竹?!」
「救難信号の代わりにそれ使えば良かったじゃん!!」
「さあ、撒きますぜ!!」
「無視か!!」
兎にも角にも、リュドのお陰でピンチは回避することができた。
だがタウンハウスに着くまで、調子に乗ったリュドがスピードを落とすことはなく……
シートに座り直すこともないままのふたりは、翌日筋肉痛に悩まされたのだった。
助けに入る予定だったシルベスタだが……
目視できる距離まで駆け付けた時には、何故か御者の雄叫びと共に馬車があらぬ動きをし、それに呆気に取られていると今度は、暴漢と思しき相手に爆竹を投げつけ華麗に去っていくではないか。
「あの御者は……一体……」
シルベスタは有能な、王女殿下の影である。
常に冷静沈着であり動じない彼にそう呟かせた男……リュド(30)。
そんなシルベスタの為に、彼は絶賛嫁募集中のバツ1である……と記しておこうと思う。(※元嫁には逃げられました)
特に本編とは関係ないが。
話を戻すと、シルベスタはとりあえずゴロツキを捕縛しながら『王女への報告の際、どう説明したら上手く伝わるだろうか』と頭を悩ませることとなった。
「ああ~!?」
──そしてようやくタウンハウスに着いた、ティレット子爵家御一行。
編み上げのコルセットに苦戦を強いられながらも、ようやくドレスを脱ぎ服を着替えたレナードは……再び叫んでいた。
「リュドのせいでカゴの中味がぐちゃぐちゃよぉ!!」
「失敬な! それで済んだことを感謝していただきたいですな!」
「そんなことより湯を張ってくれ……」
リュドは疲弊しまくった子爵のために「ほいさ」と軽い返事をして、湯の準備を始める。
使用人の真似事もしてくれる働き者の彼だが、その分しっかり給金は別途頂くのである。
レナードはぐちゃぐちゃになったカゴの中味をフォークで摘みつつ……そんなリュドに、これから働く予定の『自分の指針』のようなものをうっすらと見出していた。
貴族はよしとしないが、勤労は尊い。
勤労が尊いのは、日々の糧となるからだ。
だがそれだけでなく、充実して働けるなら尚良いだろう。
──そんな風に思って。
(……まあ、リュドはちょっとアレだけど)
リュドはあくまでも参考に留めておこう……レナードはそう固く決意した。
賢明な判断である。
リュド書くのが楽しすぎて話が横に逸れる。