互いに腹を割らないと、非常に無意味な駆け引きをする羽目に陥ったりするものだ。
そう、考えてみればこれは千載一遇のチャンスである。
婚 活 の。
『我が国で貴族子女の婚姻は、国と家の繁栄の為……それは責務、必死になるのは当然です!』
……などとブチ切れておいてなんだが、レナードはすっかり諦めていたので、全く必死になっていなかった。
目の前にはイケメン高位貴族(と思しき方)。
こんな好物件はない──
と言いたいところだが、(多分)身分が違いすぎるし、こんな既婚者になっても女が放っておかなさそうな男は嫌だ。
安定、大事。滅法大事。
腹立たしさに偉そうなことを宣ったが、レナード自身は今後の平穏な生活の保障が欲しいのである。
なんせ責務の部分は既に姉ふたりが果たしてくれているのだ。
彼女に貴族の矜恃など……ない。
「……ティレット嬢?」
「あ、いいえ気にしておりません」
「そうか……いや、失礼。 誘い出しておいて、不快な思いをさせてしまいました」
口調と態度も改めたロイドに、レナードは素でちょっと笑った。
「本当に気にしてませんから、ここでは先程のままでどうぞ。 その代わり私の言動もお目零し頂きたく」
少しやんちゃな感じでそう言うと、ロイドもホッとしたように笑う。
先程までの殺伐とした空気が一転、和やかなムードになった。
(うう……折角いい空気なのに……)
そしてレナードは、早くも先程の発言を後悔しだしていた。
(これを機に親しくなって誰か紹介して欲しいけど、あれだけ言った手前こんな温い考えで婚姻を求めてるとは言い出しづらいわぁ~。 ……ああっ、しかも
『隣国の方』って言っちゃったわ──!!)
そ こ だ 。……これは完全に失敗であった。
今更名前を聞くのは難しい。
(いやでも『隣国の方』というていで、お友達を……)
などなど、諸々の打算的思考で頭がいっぱいのレナードは、この和やかムードを崩さない為に、さも田舎娘的に王宮の華やかな空気を楽しんでいる風を装って極力黙っていた。
変に間があかない程度に『流石は王宮、素敵な庭園ですよね~』などの当たり障りもないが、実もまるでない適当な会話と、相槌代わりに『うふふ』と笑う(※あまり話を聞いていない為)のも忘れない。
一方のロイドは、レナードに対する対応をどうするかで悩みだしていた。
謝罪はしたし好感も抱いたが、それはそれ。
態度は改めたが『好かれてはいけない』という気持ちに変わりはない。
あくまでも警戒は解かないつもりでいたロイドだったが、レナードのあまりにも上の空で適当な態度が気になる。
──まるで自分に興味を抱いていないようで。
ロイドにそういう視線を向けない女性もいることはいるが、そういう場合でも大概ソワソワされたり、うっとりした目で見られたりはするものだ。
なのに目の前の女ときたら『恥ずかしさ(或いは緊張)で見ることもできないわ~♡』みたいな感じでもなく、なんなら料理の皿を選んでいた時の方が熱い目をしていたぐらい。
(これは、自分に興味が全くないのかもしれない。ならば素性を明かしなんなら事情をも明かして、この夜会だけでなく継続して仮のお付き合いをさせて頂くことも可能なのでは……?)
ようやくロイドの考えはメイヴィスに近いところまで行き着いた。ただし、彼の中身は紳士なので、その場合はあくまでも水面下で彼女の相手を探すつもりではいるのだが。
(いや、こちらを窺っている気配はある……油断はできない)
そしてトラウマも深い。
時間も機会も少ないが、そう簡単には信用できなかった。
そもそも問題なのが、案外お人好しな彼の中に、『使い捨てる』という選択肢が存在していないところ。
そういうところが過去の酷い目に繋がっているのだが、それを自覚していない。
周囲が結婚を急かすのにはそんな事情もあったりする。
「──あの」
話を切り出したのは、レナードの方からだった。
「お察しの通り私、田舎貴族の娘でして。 知り合いも少ないところを……今夜、こうしてお話させていただけたのもなにかの御縁と」
「……」
突如恥じらい気味にそう切り出したレナードに、湧き立つ警戒心。なにも返すことなく、ロイドは彼女を見極めんと強い視線を向け、次の言葉を待つ。
「──それで……もしよろしければ、」
さて、何を求めてくるのか。
『仲良くしてほしい』とかの場合、疑念は拭えずまだ探るより無いが、会話のきっかけとしてはいい。
だが続いたのは、彼が予想だにしない言葉だった。
「働き手を募集しているお家などがありましたら、ご紹介いただけないでしょうか?」
「…………は?」
──これはもう、自ら働く方向で調整するしかない。
結婚相手など、その中でおいおい探せば良いのだから。
それに目の前のイケメン高位貴族(と思しき方)は、婚活女性を嫌悪しているようなのだ。
同じ下心を持って近付くのでも、働き口の伝手を求めた方が上手くいくのではないだろうか。
そう思ったレナードは、『婚活』ではなく『就職』で家を出よう、という結論に達していたのだった。