口は災いの元であり、同時に武器でもある。
「男漁り……ですか」
思わずレナードは、扇を広げた。
完全にムカついたため、それが顔に出ているので隠したのだ。
堪えろ……扇の影で歪む唇を噛み締める。
(ダメよ、この人は高位貴族なんだから! そう、この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族……)
レナードは脳内で『高位貴族』を反芻し、必死でそう自分に言い聞かせた。
そんなレナードに気付かないフリをしたまま、ロイドは嘲りと侮蔑を含んだ笑みで続ける。
「女というのは気楽で羨ましいものだな……煌びやかなドレスを身にまとって、男に媚を売るのが駆け引きならば簡単に出来そうなものだが、それも難しいと言う」
レナードに怨みはないが、今まで散々な目に遭わされてきた女性への怨みは強い。
誤解していることもあり、発する言葉には、本心からの嫌悪と侮蔑が滲む。
チラリとレナードの方を見ると、そういえば地味な令嬢を選んだことを思い出した。わざと不躾に頭の先から足の先までジロジロ眺めたあと、ひとつ軽く溜息を吐く。
「──ああ失礼、煌びやかでもないか。 ……ふむ、確かに田舎娘には少々難しいかもしれないな。 ま、精々媚を売る方を頑張りなさい」
この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族この人は高位貴族……──
──だが、許さん。
レナードの堪忍袋の緒は、ゆっくりとブチ切れていた。
「──ふふ、女が煌びやかなドレスに身を包み、伴侶を探すのが『男漁り』。 あらあら大変愉快なご冗談ですこと」
そうホホホ、と淑女らしく笑うとパンっと音を立てて扇を閉じ、それを軽くロイドの方へ向けた。
真顔で。
「我が国で貴族子女の婚姻は、国と家の繁栄の為……それは責務、必死になるのは当然です」
どれだけそれで皆苦労していると思っているのだ。
今までの苦労が怨念のように頭に流れた。
こちとらなんなら別に平民でも構わんところを国と家のことを考え仕方なくわざわざ子供の頃から淑女教育を受け父は毎回泣きながらドレスの金を工面し私は指先を硬くしながらお下がりのドレスをリメイクしなんとか一式を用意した挙句田舎からこんなところまで長いこと馬車に揺られて来たというのに
それを『男漁り』だと?
しかも無理だと思って諦めせめて王宮豪華飯を楽しもうと切り替えた私の邪魔をし折角決めたメインの一皿を欠片も口にすることのないまま無理矢理外に連れ出したクセに何故かイキナリ冷たい態度で会話を楽しもうという素振りも見せずにこの言い草──
コイツ、絶対に許さん。
「女が結婚出産以外の道を歩みづらいのは、社会を作っているのが男である以上、男の都合にほかなりません。それをまるで女が無能であるかのように……つまり先のご冗談は、この国の在り方の揶揄、ということになりますかしら? まあまあ、隣国の方は随分手厳しいのですね」
ロイドが『隣国の方』などとはレナードも思っていない。不敬対策である。レナードは実地経験が少ないので、不敬を必要以上に怖がっている。
爵位ではなく国を持ち出して『お前が(国に対し)不敬で無礼だ』と責めることで不敬を回避出来る、と踏んだのだ。
……まあ、ロイド側としてはそんなことをしなくても、そもそもこういった場での特に人に聞かれるようなものではない会話である。無礼講ではないが、仮に酷く不敬な発言をされても訴え出ることなど体面上まずないのだが。
ロイドはレナードが傷付くでもなく真っ当な反論をしてきたことにも驚いたが、突然の『隣国の方』発言には更に驚いた。
直接的に自分を貶めないためだ、とすぐに気づけないほど。
「隣国の……?」
「ホホホ」
ロイドの言葉を遮るように、レナードはコロコロと笑う。勿論目は笑っていないが。
「ああ可笑しい。ですが、もし我が国の高位貴族の方がこんなくだらないことを冗談にでも口にしていたとしたら、あまりにも無知が過ぎて恥ずかしさのあまり卒倒してしまうでしょう。 …… こちらの言葉がお上手でらっしゃるのね? 大変面白いご冗談でしたが、私のような田舎娘はともかく都会の方は噂の通りが早いですから、我が国を貶めるようなご冗談は不名誉になりましてよ。 お気を付けあそばせ」
滅茶苦茶揶揄りながら一気にそこまで言うと、今度はレナードの方が先程のロイドと同様に不躾に彼の全身を眺める。
そして、悲しげに微笑んだ。
「大変素敵なお召し物ですね。 上品で華やかで、とてもよくお似合いです。 媚を売るしか出来ない貧乏貴族の娘としては、華やかに着飾れるというのは羨ましい限りです。 お恥ずかしながら、こんなものでも我が家では必死で用意致しましたの」
揶揄的批判だけでなく、服装の嫌味と当て擦りも忘れない。
あれだけ勢いよく批判しておいて『私傷付きましたわぁ~』という口調と表情は、既に被害者そのもの……見事である。
婚活の方をそのくらいの気合いでやるべきであり、気合いの使いどころが甚だ間違ってはいるが。
「それは……すまなかった」
貶めるのが目的ではなくとも、やっていることは変わらない。ロイドは素直に謝罪した。
(……確かに嫌悪していただけの女性の行動だが、良家と縁を結ぶことが女性の役割となっていることは事実。 それに尽力することを悪し様に批難するのは、国の在り方を批判するも同義……成程)
それにレナードの弁舌はなかなか見事だった。特に自分を『隣国の方』としたのはとても気が利いている。
身分差を考慮しつつもハッキリ苦言を呈する姿勢と機転に、ロイドは女性に対して珍しく好感を抱いた。
「あら……」
レナードはアッサリ謝罪されたのがあまりに意外で、なんだか肩透かしを食らった気分になった。
視線を上げてその顔を見ると、改めて大変に美形であることを嫌でも認識させられた。
(きっとこの人、女性に迫られまくったのね)
高位貴族で美形。
あの発言から過去を想像するのにそう難くはない。
現実がかなり、想像以上なだけで。
『いいえ、気にしておりません』と言おうとして、レナードはふと気付いた。
(……あら? これもしかしてチャンスじゃない?)