相手の言動に惑わされるのは女性に限った話ではなく、イケメンに抱くのが好意とも限らない。
自力確定のお知らせを間接的に受けたレナードは意気消沈した。
だが、直ぐに気持ちを切り替えることにした。
何故なら時は金であり、パーティー料理とはいえ、飲食物は豪華なのだ。
どちらも無駄にはしたくない。
目的を男性から食物にスライドさせたレナードは、まず、さりげなく高そうな酒を選んで飲んだ。
それがあまりに美味しく、酒のアテとして適当なモノをつまんでしまったのが良くなかった。
(慣れない場と所作に気を取られて、服も普段と違うことを忘れていたわ……)
今彼女はドレスを着ている。
コルセットの締め付けがキツい。
リミットまでにはまだまだ余裕があるが、美味しくいただけるのをリミットとした場合、そこまでの余裕はない……何故ならデザートもしっかり摂りたいからだ。
ちらりと視線を向けた先には、シャンデリアから乱反射する光を受け、キラキラと輝く色とりどりのお菓子。
これは、まさに……食の宝石箱!
(ここは慎重に行かねばならないわ……!)
飯は男と違って逃げず、しかも無くならない限りはほぼ絶対的にこちらに選ぶ権利がある。
なるべく高くて普段は口に入れられないような食材を物色し、メインターゲットを定めた
──その時だった。
「レディ」
肉料理の一皿を捉えていたレナードの視線が、突然掛けられた声に宙を彷徨う。
既に気持ちは食物に移っており、今更男でもない……だが立場的にはそうも言ってられない身。
今しがたまで(食物を)選ぶ立場だったのに、選んでいただく側に逆戻りという無念さや、志半ばで一皿を諦める悔しさが心を占める。
そのあまり、本来男性からのお声掛けに喜ばなければならない筈のレナードだが、微妙な笑みで振り返ることしかできなかった。こういうとき、実地経験の少なさが出てしまうのだ。
彼女に声を掛けたのは勿論、『氷の貴公子』ロイドである。
社交界の噂に疎い、田舎娘レナードはそんなことは知らない。だが、身なりと纏う空気から『貴族の中でも、とりわけやんごとない方の人である』と察し、一気に青ざめた。
これは……なにか粗相をしたに違いない。
まずはダンスに……と思っていたロイドだが、レナードの嬉しくなさそうな表情からの青ざめた表情に『コイツは当たりだ』と内心ほくそ笑んだ。
面倒なことは極力端折りたいので、ダンスはカット。
少し強引だがもう連れ出すことにする。
「おや、顔色が……体調が思わしくないようですね。 少し外の空気にあたるとよろしいかと。 僭越ながら私がご案内致します」
「えっ、あの」
有無など言わさないし、令嬢に名乗らせないまま手を取る。名乗らない方が都合がいい。
所作の美しさでは拭いきれない強引さも、周囲の視線は見たことの無いロイドの笑みに注がれている為、問題はない──あくまでも、ロイド的に。
当然レナードには、問題アリアリだった。
レナードはロイドの顔なんざ見る余裕はなく、想定外の事態に混乱している。
(ヒィィッ! 周囲もなんかザワザワしてるゥ! きっとなんかやらかしたんだわ!!)
そうでなければ強引に連れ出される理由がない……きっとこちらの体面を重んじて『具合が悪そう』ということにされたに違いない。
混乱した脳内で、レナードはそう結論づけた。
(そうとなれば、ここは大人しく従うしかないわ。 はぁぁ……人が少ないところでやらかしの詳細をこっそり尋ねて、謝ろう。 ……なにが悪かったのか、よくわからないけれど)
わかるはずもない。
悪くないのだから。
悪いのは、運とタイミングである。
「さて」
人影まばらな、庭園の東屋まで来てロイドはレナードから手を離した。
相手は明らかな高位貴族、先に名乗らせてはいけない……と慌てたレナードは華麗とは程遠い仕草で即、淑女の礼をとる。
「私はティレット子爵家が三女、レナードと申します! ……あの、なにか失礼がございましたでしょうか?」
めっちゃ早口でそう言うレナードに、ロイドは新鮮な驚きを隠せない。
(連れ出した理由をそう解釈されるとは思ってもみなかったが……ティレット子爵家の三女……成程? 田舎貴族の三女ならば、そういうこともあるのかな?)
自分に気があって連れ出した、と微塵も思っていない風のレナードに、ロイドは自分を省みず『コイツなにしにわざわざここまで来たんだ』と思って呆れた。
だが……自分を知らないようなのは好都合。
敢えて名乗らず様子を見ることにした。
ガーデンチェアを引き、レナードに座るよう促す。
「失礼などはありませんよ、レディ・ティレット。 さあこちらにどうぞ」
──失礼などはない。
その言葉にレナードの頭の上には『?』が連なった。
失礼がなければなんだというのか。
本気で具合が悪いと思われたのだろうか。
それとも、まさか──
促されるまま浅く腰を掛けて、ようやくロイドの顔を確認すると……とんでもない美丈夫。しかも高位貴族であろうことは、既に予測済みだ。
(──いや、ないな)
まさか、の後に続く可能性を即打ち消した、現実主義のレナード。
だが頭の上に更なる『?』を連ねっぱなしにするほど察しは悪くない。
これにはなにか裏がある。
名前を聞くべきか聞かないべきかで悩めるところだが……触らぬ神に祟りなし。
聞かずに当たり障りのない話をすることにした。
「お陰様でようやく一息つけました。 私共のような田舎者にはこちらの華やかさに緊張するばかりで……」
まずはにこやかに、お礼から。
具合なんざこれっぽっちも悪くなく、なんなら痛んでいた胃も食事体勢に切り替わっていたのだが。
思い出すと『邪魔しやがって』とイラッとするので、その恨みは一先ず置いておく。
だがロイドは、そんなレナードの恭しい態度にガッカリした。
全く知らないなら名を聞いてくる筈だ、名を聞いてこないということは『当然知っている』ということだ。
──そう勘違いしたのである。