感情的なのは時に嫌われるが、なにより感情を優先させねばいけないこともある。
レナードはロイドの煩悶や伯爵家家人の懸念など知らない。
ロイドが歯切れの悪い感じで自分に尋ねてくることを不思議に思った。
「…………ロイド卿が、ご迷惑でなければ」
少しの間の後出てきたのは、無難な返し。
「……そうか。 ではそのつもりでいてくれ」
ロイドもやや間をあけ、感情の見えない顔でそう返した。レナードの「はい」という短い返事を最後にその話は終わり、彼女は部屋を辞す。
──だが
((……あの間はなに──?!))
互いにモヤっとしていた。
ロイドは、レナードにこちらの懸念も明らかにし、逃げ道を含めた選択を彼女にさせなかった後ろめたさ。
それに加えて無難な感じの返事と不自然にあいた間を『(それがなくても)あまり乗り気でない』のでは……と捉えずにいられなかった為。
そしてレナードの心中は、もっと複雑だった。
(──なんで……?)
ロイドの執務室を出たレナードは、意味もなく速足で廊下を歩き、意味もなく外に出る。途中、何度か声をかけられたが気が付かないフリをする。
いつの間にか、人気のない庭園に足を運んでいた。
頭の中には幾つかの『なんで?』が浮かび、複数の感情が入り交じったモヤモヤでいっぱい。
なんでロイドはわざわざ聞いてきたのか。
なんで自分はそう尋ねなかったのか。
なんで無難な返事をしてしまったのか。
なんで後になってこんなにイライラするのか。
少し一人で外の風にあたり、冷静になりたかった。ガーデンチェアに乱暴に腰をかけると、両手で額から頭を掴むように顔を伏せた。
(……他人のことなんかわからないわ。 まず自分の感情から整理すべき)
イライラしながら感情を噛み砕いていく。
モヤモヤもあるが、イライラがメイン。そこは既にわかっている。一つ一つの事象を抽出し、少しずつ一番近い感情を選出する。そこからそれがどうしてかを手繰っていくと、朧気ながら見えてきたものがある。
判断を委ねられて、一番はガッカリした。
──何故か。
それに怒りも覚えた。
──何故か。
なのに、その真意を尋ねなかった。
──何故か。
無難で自分の意を明確にしない返しをした。
──何故か。
その返答の間が気になって仕方ない。
──何故か。
(私、ロイド卿に必要とされたいんだわ)
──……何故か。
今、その答えは明確でなくてもいい。
(卿は……私でいいのかしら)
それはあまりにもくだらない疑問だった。
(…………いや、私以外に選択肢はないんだっけ)
だから自分だったのだから、当然だ。
だから努力してくれていたのだ。
だがこの疑問はまるで、自分の欲望ともいえる気持ちに直結しているかのよう。レナードは憤懣やるかたない気持ちを抱えて立ち上がり、ロイドのところに戻るため駆け出した。
(ああ、全く冷静になれてないわ!!)
それでも構わない。
今言わないと、胸の中で腐ってドロドロしたものに変わってしまうような、そんな気がするのだ。
「なにを仰っているんですか!」
「!」
近付くと扉は少し開いていて、中から複数の声が聞こえてきた。ロイドとベルトランとヴィンセントの三人が話している……というか、なにやら揉めている様子。
出直すかと思ったが、自分の名前が出ていることでレナードはそっと近付き、聞き耳を立てた。
「ロイド様、ちゃんと考えてください。 家のことなどなくとも、貴方だって彼女を失いたくない筈だ」
「それとこれとは別だ。 俺はレナードにもきちんと話すべきだ、と言っている! 俺が彼女の信頼をまだ得ていないとしても……いや、そうであるなら尚更だ!!」
(──『彼女』……?!)
レナードは自分のこととは思わず『誰だ』と思った。
「『彼女』って誰ですか!!!!」
そして、同時に身体も動いていた。
このあたりが誤解によるすれ違いモダモダを許さない、ヒロイン失格系ヒロインであるレナード……勘違いはしても、走り去る事は無い。扉を開ける一択。
鼻息荒く突入してきたレナードにより、結局全てを話すことになった。
「──……話はわかりました」
「ですがレナード様、私共はっ」
「少しだけ、」
真っ先に口を開いたヴィンセントの言葉を最後まで言わせず、静かながら強くハッキリと言葉を被せて制す。
「……少しだけ、ロイド卿とふたりにさせていただきます。 よろしいですね?」
声は荒らげないが、語尾がもう決定口調。
そこここに兵がいる伯爵邸敷地内での自由はある程度利くが、密室に長くふたりきりにすることはどのみちできない。
ヴィンセントとベルトランは諦めて、一旦扉の外に出ることにした。
ロイドは女性に異常に好かれて、だからこそ女性が苦手で、自分のことを好きでないレナードは都合がよかった。
だが、それだけではない。
愛情を育もうと努力をし、レナードの気持ちをきちんと慮ってくれていた。
立場が上で金もあり、こちらは事情まで理解した上で協力すると決めたのだ。レナードが生活の安定を求めているのも知っている……実利の一致するレナードを娶るのにはそれは必要ではない手間と時間であり、都合のみを考えたら互いの気持ちなど後でも構わないことである。
更にレナードが不要になったとしたなら、今回のような話を持ち掛けることはなく、ましてレナードの意志を確認する必要など、もっとない。
(なんでそこに頭が回らなかったのかしら)
改めて、自分が冷静でなかったと感じる。
ロイドの行動原理はレナードの為。
──それを物足りなく感じるのは、レナードの我儘だ。
だとしても
「もう一度聞くが、レナード。 ……君は俺と婚約していいのか?」
「……『ロイド卿が、ご迷惑でなければ』」
レナードはそれが頭にきていたのだ。
「──と、申しましたが。 言い換えさせていただきます」