慣れないことをして一足跳びに先に進もうとしたところで、大概失敗するだけだといういい例。
規模は小さいが、しっかりと手入れされた庭園には、こじんまりした可愛らしい東屋がある。シンプルな造りだが、植えられた蔓薔薇を活かした自然と一体型の設計だ。
(う~ん、立派な庭園だわ)
子爵家にも庭園とガゼボはあり、見た目はかなり立派だ。何故なら邸宅の内装を調えるより安く、パーティとなった時に活用しやすいからである。
しかも植えられているのは、多目的に使える草花ばかり。具体例を挙げると、乾燥させて茶葉に混ぜたりポプリにする、ジャムや入浴剤として加工、油や薬を作る、そのまま生花を売る……などである。自然って素晴らしい。
そんな子爵家庭園ガゼボは、元からあった大きな枯木を活用した隠れ家風。こちらより更に自然と一体型。
なかなかお洒落だが、実は抜く方が金と労力がかかる……という理由から作られていたりする。
はいおじいちゃんこっちですよー、という感じで、レナードはロイドをガゼボの方向へと導いた。
「……もう少し歩かないか?」
少し手前で立ち止まるとロイドは名残惜しそうにそう言い、握っている手に力を込めた。
(あら、ご機嫌を損ねてしまったかしら……あからさま過ぎた?)
つい介護気分になっていたが、相手は良家のお坊ちゃま。エスコートされてる風を装うべきだったとレナードは反省した。
残念ながらレナードには、ロマンスを解すような繊細な乙女心は備わっていない。
学園に通った上の姉と乙女心に溢れた下の姉にはあるが、子爵家庭園でもおわかりの如く、乙女心は教育の範疇外。
元から乙女素質が少ないレナードに『乙女心』は標準装備に非ず。
そして一方のロイド。
(……まずい、酔いが覚めてきた)
レナードも恋愛音痴だが、ロイドもまた大概だった。
酔ってはいたが、レナードが思うより彼はずっと酒が強く、意識はハッキリしており、プロポーズも理解している。
ただそれが、俄に盛り上がりを見せ『今なら詩の一節のようなクサい台詞も臆面無く吐けるぜ!!』みたいな気分になった勢いで、ウッカリ吐いてしまった求婚の言葉だったりするだけで。
レナードと違い、ロイドは彼女との恋愛を意識しており、更に自分が恋愛音痴である(※したことがない)という自覚もあった。
要は酒の力を借りたのだ。
そのせいでやや前のめりになった感は否めないが、どうせ最終的には言うことなので『酔ってたから~』等と言い逃れする気もない。
言い逃れする気はないが……それはそれとして、先程までの自分を早くも後悔し始めていた。
(滅茶苦茶恥ずかしい……!)
──主にこれが理由。
このままの雰囲気を維持したいが、酒が抜けてきたことで現れた冷静な自分が『何クサいこと言ってんだ』と脳内で茶々を入れてくる。手を離さないと決めて強く握り、そんな自分と戦っているところだ。
なにしろプロポーズしたからには後には引けない。
ここは後々の関係構築の為にも『君と結婚したい感』を出さねば。
そう思い、ロイドは頑張った。
「……もう少し歩かないか?」
台詞は普通だが、『君とデートを楽しみたい』的な雰囲気はなんとなく死守。ぶっちゃけ対面で座ってしまうと、これを死守できる気がしない。全然しない。
『思っていることや状況をわざわざ恥ずかしい感じに直すとか!』『王子様気取りか!』『舞台俳優か!』──と、己の中の人達のうるさい声と、羞恥から発生する体温の上昇を感じながら。
──なのに
「ですがお疲れでしょう。 どうぞ遠慮なさらず?」(※シレッと)
全 く 意 識 さ れ て い る 様 子 は な い 。
いちいち恥ずかしいのを我慢しているだけに、ロイドはちょっとイラッとした。
「じゃあ遠慮なく言おう……レナード」
「はい?」
「君は俺を酔っ払い扱いしているな?」
「え……」
……している。
やっぱり座らせようとしたのが気に入らなかったのだ、と思ったレナードはすかさず謝った。
「申し訳ございません。 ですがそのようなことは……」
謝り否定したが、勿論酔っ払いだと思っている。
だが、ロイドは更に頑張った。あまり意味が無いとも知らず。
「ふ……なら意識されていない、ということか。 こうしてふたりきり、手まで繋いでいるというのに」
「ロイド卿……」
──く っ そ 恥 ず か し い 。
ロイドは自分の吐いた台詞と芝居がかった感じに、自我を失いそうだった。
(いやいや世の恋人達は日々こんな羞恥に耐え、愛を育んでいるのだ。 ならばこれは当然必要な努力であり手続きッ……!)
世の恋人達は、羞恥に耐えつつ言葉を変換しているわけではないと思うが、それはそれ。
恋愛などしたことは無く、こんな台詞など当然言ったことはない。今後の人生でも言う想定すらしていなかったのだ。
湧き上がる羞恥心に耐えながら、レナードの反応をチラっと窺うと──
ふう、やれやれ……みたいな顔をしている。
ロイドの恥ずかしさは限界点に達した。
「──っ酔ってないと言ってるだろう! そもそもプロポーズしたというのに、それはなくないか?!」
結果、キレた。
「それと言われましても」
「その全く信じていない顔だ!」
「いやだって、信じる方がどうかしてますって。 飲んでるだけでなく、先の夜会で女性嫌いなのを存分に理解しておりますし……」
「きっ君は特別だ! そうでなければわざわざ言うか! こんな恥ずかしい……っ」
「ロイド卿……」
ロイドは苦悶の表情で顔を背ける。
よくよく眺めると、月明かり程度でもわかるほど、赤い。
それを見たレナードは
──トゥクン……
(※トキメキ的な心音。少女漫画風エフェクトと共に)
等 と は な ら な い 。
もう一度言おう。レナードに乙女心は標準装備に非ず。
(うわぁめっちゃ赤いわ~……水をもってくればよかったかしら? あ、でも酔ってるんじゃないなら意味無いかな……)
ロイドを滅茶苦茶観察した。
そして一応は『酔っていない』と納得した。
(……なるほど、本当にプロポーズされたのね。 私)
だがあんまり実感がわかない。
正直、好きになる要素があった気がしないし、得するとはもっと思えない。
「…………それで、どうなんだ?」
「はい?」
「返事だ! 返事!!」
もうロイドは羞恥心からキレてしまったことにより、いっぱいいっぱいになって更にキレている。
全く怖くはないが。むしろちょっと涙目で、なんか気の毒なくらいだ。
(返事と言われてもなぁ……)
何故だか真っ赤になりながら声を荒らげプロポーズの返事を迫る目の前の相手は、大変な美丈夫で、しかも公爵家の息子だった筈だ。
(…………うん、意味がわからん)
「ロイド卿はなんで私と結婚したいんです?」
「直球だな!?」
ロマンスを解さないレナードは、疑問をそのまま口にした。
ロイドにとっては追い討ち的な羞恥心抉られ仕様である。
「不本意な結婚を迫られているとかですか?」
「違……いや、違わなくもないが、それはどうにでもなるというか、相手は特にいない」
「じゃあ、結婚を迫られている結果、私にした感じですか?」
「それも違くはないが、違う。 結婚はできればした方がいいが、しなくてもいい」
「??」
「……っこれ以上言わせる気か?!」
「なんで、の部分が不明ですので」
そう言われてしまうと、確かにロイドの過去やトラウマなど知らないレナード側にしてみればそうだろう。
だが今更細かく説明するにも、彼はいっぱいいっぱい過ぎた。
そして素直な気持ち一言を口にするのも今更無理だった。
(「君なら好きになれそうだから」……とか、もう恥ずかしくて無理!)
「くっ……トドメを刺しに来るとはなんて嫌な女だ! もういい!!」
「あっ! ロイド卿!?」
やっぱりキレて走り出すも、しっかりレナードはついてくる。
「なんでついてくるんだ!?」
「いや卿、手。 手」
「……手?」
雰囲気を維持する為にも手を離さない、と硬く決意していたロイドは無意識にそれを守り、しっかりとレナードの手を握ったままだった。
「※●♯★@#*!?!?」
謎の悲鳴をあげ、勢いよく手を離した反動から後ろに転倒し
「あっ!! ロイド卿──!!」
──ロイドは頭を打った。