踊る阿呆に見る阿呆……皆が踊ってしまったら、どうすべきかが問題だ。
レナードの歓迎会では皆、気さくな彼女に好感を抱いた。
「いや~嬢ちゃんどころかお嬢様だったとは! 坊ちゃんなんて大変失礼致した!」
「やめてくださいよ~ビリーさん、坊ちゃんで結構ですて!」
「「それはダメでしょ……」」
馬番であるマッチョな初老のビリーとの会話でもわかるように、若干気さく(?)過ぎるのを皆が心配する程。
酒宴は平民と騎士だらけ。
侍女の嫁が多い騎士達は、お外と違い嫁に遠慮なく飲めるのもあって、大いに盛り上がっていた。
盛り上がり過ぎてもう主役がどうとかはあまり関係がなくなっていたが、主役の片方であるレナードがのっけから『今夜は無礼講で!』等と宣っていたのだから一応問題はない。
レナードはこうしたお祭り騒ぎが大好きだ。
子爵家は貧乏な為、お祭りの時しか酒を飲んで騒ぐことなどできないのだ。
そして、たまにどうしても他家を呼んで宴を開かなければならない場合、金策やらなにやらでもう、終わりまで……なんなら終わっても楽しむどころではないのである。
(他人のお金で飲むお酒は最高だな!)
……と、どこかのダメな大人のような事を思いつつレナードは、時にネリー(※酔ってる)に「もう少し女性らしくしなければいけません!」とダメ出しをくらい、時にヴィンセント(※もっと酔ってる)に「どうせ私が頼りないから男装のままで……」と泣いて責められながら、注がれるままに飲み、勧められるままに食べ、また注がれるままに飲んだ。
レナードのアルコール分解率と、その速度たるや。
そんな酒に滅法強いレナードだったが、胃が大きい訳では無い。
もうリミットギリギリである。
それもわからないくらいには酔っており、また、酒は何故か入る不思議。
つまりレナードは、酔っているのだ。
そして、周りも酔っているのだ。
──まさに宴もたけなわ。
夜はまだまだこれから……!と、酔っ払い達がいよいよ第二形態に覚醒していく頃合に差し掛かった時分。
「たたたた大変ですッ!! ……うわっ酒臭ッ!?」
ウッカリ驚き、そう口に出したのは伝達の門番。
だが『酒臭い』などと言いたいわけではない。彼はもっと重大で、急を要する事態を伝達しにきたのだ。
「ロイド様と、ベルトラン様が馬でお戻りになりました!! もう、すぐそこまで来てるみたいです!」
「「「「なにィィィィ~ッ!!!?」」」」
酔っ払いの中でもまだ第一形態──意識がきちんとしている騎士達は青ざめ、叫んだ。
「なんで馬で!?」
「伝達遅せぇよ! どうなってんの?!」
「この事態をどうすれば! フェリックスさん! ……フェリックスさん!? どこ!!」
「何故フェリックスさんを呼ぶんですか~! ううっ! 私が頼りないから……!!」
「……ちょっとヴィンセント様! 絡まないで!」
いくら歓迎会という名目があれど、『騎士たる者が酒に飲まれるなど以ての外』と、ロイドとベルトランは常日頃から言っていた。
なのにこの体たらく──コレは焦らずにはいられない。
だが、第二形態の者(※泥酔者)はその点も、余裕である。
「ロイド様が戻られるぞー!!!」
「「「カンパーイ!!!」」」
これに乗じて乾杯をし出す。
確かにロイドが戻るのは嬉しいことだが、ぶっちゃけもう乾杯する理由など、彼らにとってはなんでもいいのである。
レナードはというと、勿論第二形態組だった。
そして、侍女で残っている者のほぼ全員が第二形態組だった。僅かに残る第一形態組も覚醒に差し掛かっている。
誰一人、マトモな判断などできやしない。
「大変、レナード様! ロイド様がお帰りになりますってぇ」
「ははっ、ロイド卿が? お~!!(※何故か拍手)」
「うふふ、嬉しいのですね♡(※重ねて拍手)」
「やっぱりロイド様目当てなのね~? コノコノ~! でも(そんな貴女に仕えるのも)吝かではないわ!(※肘でつつく)」
「ははははは(※わかってない)」
ここで微妙に第一形態が残っているのがまた厄介。
侍女の一人が「レナード様!このようなお姿では!!」と言い出した。
「はっ! 確かにここに来て最初のご挨拶がこれではいけませんわ!!」
「皆! 急ぎレナード様を着替えさせるのです!!」
「「「了解!!!」」」
「ふぇぇぇ」
こうしてレナードは侍女達に引き摺られて、彼女の部屋に連れられていった。
残念ながらレナードの夜会時のドレス一式は専用の箱に収められ、子爵家馬車に積んでしまっていた。なので体型の近い侍女が催事用のドレスを貸してくれることとなった。
「汚したら悪い」と断るレナードに「じゃああげますあげます」と侍女(※ご機嫌に酔ってる)は適当に返し、拒絶するレナードを剥いた。
「湯浴みする時間はないんで、タオルで我慢してくださいね~!」
「熱ッ! ……冷たッ?!」
侍女らも酔っているので、濡らしたタオルも熱かったり冷たかったりといい加減だ。
コルセットはトランクに入っていた為、侍女達に言ってそれをつけてもらう。流石に肌着類まで貰う訳にはいかない。
「じゃあいきますわよ~! はい、息をお吸いになって~」
「──ふグゥッ!?!?」
侍女達はコルセットの編み上げ紐を、思いっきり引いた。
──ここで思い出して頂きたい。
レナードのリミットは既にギリギリということを。
「ままま待ってぇ……出ちゃう、中味出ちゃう……っ!」
「耐えて! レナード様! 耐えて!」
「美しさとは我慢の連続ですわよ!!」
「うぶ……みんな他人ごとぉ……!」
手元が比較的怪しくない侍女によって、適当に化粧をされる。酔っているので厚化粧になっているが、誰もそこにはツッコまない。──否、判断できないのだ。
我慢の連続にも関わらず、あまり美しくはなっていないという悲しい現実をよそに、侍女達は『やったった感』に大満足。
「レナード様! ロイド様がお着きになりました!!」
「素晴らしいタイミングですわね!」
「さあ行きましょう!」
「うぉぇ……」
──吐きそう。
レナードは思った。
しかし、そこは貴族令嬢としての矜恃が彼女を奮い立たせる。自分への杜撰な対応は笑って受け入れるレナードだが、自分が下の場合はとても厳しい。
そう……
自分より上の身分の人間の前での粗相は不敬──即ち死……!
実際に死ななくても、社会的な死!!
という、半ば脅されながらの母からの教育によって、彼女は淑女足りえていたのだ。
夜会でレナードが必要以上に不敬を恐れていたのは、母の教育の賜物である。
「ふ……」
レナードは口元を歪め、笑うと、ピンヒールのつっかけの靴底から甲を包帯でぐるぐる巻きにした足に力を入れ、立ち上がる。
……靴がないので、侍女が機転を利かせた結果だ。
彼女は自分に言い聞かせる。
(いいこと? レナード。 魑魅魍魎蔓延る社交界では『美しく・卒無く・目立たなく』が基本よ!)
それは、かつて母が口を酸っぱくして言っていた、いくつかの言葉。尚、『目立たなく』というのは社交の幅を広げたくない子爵家の教えである。
(社交界という舞台の上に立ったら、誰もが女優!! ここは社交界……さあ、幕が上がるわレナード……──貴女は女優よッ!!)
無理矢理背筋を伸ばし、にこやかな笑みを浮かべる。しゃなりしゃなりと、品良く美しく歩く姿はまさに淑女。
それは、やや厚化粧であることなど気にならない程。
髪はひとつにまとめ、大きな花飾りをいくつも挿してあるので、短さもわからない。
突如ホールに現れた淑女に、皆感嘆の息を吐き、今更なことを思った。
「やっぱりレナード様……貴族令嬢だったんだな」
「しっ!!」
或いは口に出していた。