誤解を生みやすいタイプの人間は、その原因が自分であるという自覚に欠けていたりする。②
ジェイミーが戻り、レナードがエルミジェーン伯爵邸に向かったと知ったロイドだったが、なにぶん仕事が終わらない。それに今更追い掛けたところであまり意味はないだろう。
今彼がやれることは自身のことと、向こうでレナードがすんなり働けるよう手配しておくことくらい。なので取り急ぎ、伯爵邸に鷹を飛ばすことにした。
そんなわけで、既に王都の公爵邸から伯爵邸用の鷹によって、ロイドからの指示が送られているのだが──
その文面がよろしくなかった。
『レナード・ティレットと名乗る者が紹介状を持って現われた場合、それなりの扱いにて仕事を与えること』
伯爵邸を任せているまだ若き家令、ヴィンセントはこの手紙に困惑した。
(……姓がある、ということは貴族か騎士か)
ヴィンセントも名前と主の事情というナイジェルと同じ理由から、すっかりレナードを男性だと勘違いをしてしまったのだ。
(ティレット……聞いたことがないな)
貴族名鑑で調べると、ティレット家は子爵家である。
彼が手にした貴族名鑑は、現在の当主を調べるだけのもの。代替わりしたばかりの場合は先代も載っているが、それ以外の情報は細かく記載されていない。
これがまた勘違いに拍車をかける結果となるのだが、とりあえず話を進めよう。
(そもそも、どういう立ち位置でこちらで働かせる気なのだろうか……)
貴族だとしたら書類仕事を任せるべきだろうか……だがヴィンセントは男爵家の四男である。貴族としては末端で、しかもまだ彼は若い。
もしや自分の仕事に至らない点があったのでは、と不安に駆られたヴィンセントは、その意図をやんわりと尋ねることにした。
『レナード・ティレット氏はどういった事情でこちらにくるのでしょうか』
預かる程度であるなら老執事のフェリックスに任せる方が良いだろう。自身の不安な胸中を差し引いても、そもそも他に理由があるのであれば、教えて貰わないとどんな仕事が適切かが、いまひとつわからなかったのだ。
二回目の手紙はこれ。
『子爵家の金銭的事情から、働きたいそうだ。 よろしく頼む』
「──いや、それだけじゃわかりませんて!」
とりあえず自分の補填でないようでホッとはしたが、なにをやらせたらいいかはやはりわからない。再びヴィンセントはペンを取った。今度は探る必要は無いので、素直に。
『なにぶん貴族の方ですので、なにをさせていいものか判断しかねます』
だが忙しいのか、返事は素っ気ないものだった。
『見ればわかる』
「──見ればわかる?!」
勿論これは、『令嬢だということが』の意。
この時のロイドはレナードがこちらに来たことで、とにかく早く戻ろうと躍起になっていた。
──正直言うと、ヴィンセントを気遣える余裕など全くなかったのだ。
令嬢が伯爵邸に来たら、やるのは勿論侍女の仕事。
ただし、ここには平民侍女しかおらず、ほぼハウスメイドである。教える人間はいないので、任せるとなれば経験的に老執事が適任。それがヴィンセントに判断できない筈はない。
計算が得意だそうなので、戻り次第仕事内容は変更してもいいが、まず環境に慣れてもらうのが目的だ。ただ、そこまでいちいち説明する余裕はなく、なんなら一行の文も書きたくないほどロイドは忙しかった。
名前から誤解し言葉が足らなかったことは理解したが、ロイドにしてみれば次に送るべき内容はまさに『見ればわかる』の一言。
実際のやりとりとしても、余裕のないロイドは従者に手紙を読ませ、それに答えて代筆させていた。
だからあのような文面なのである。
しかし──
「初めまして、レナード・ティレットと申します。 よろしくお願いします」
ナイジェルと共にエルミジェーン伯爵邸に着いたレナード。
規則に従い門番に紹介状を見せると、少し待たされた後、裏口から従業員用の応接室へ通された。
ヴィンセントがやってくると立ち上がり、摘むスカートがないのできっちり腰を曲げて挨拶する。
そんな彼女を見たヴィンセントの眼鏡も、レナードに挨拶するように思いっきりズレた。
可愛い顔をしているが、髪が短い。
平民ならまだしも、いくら貧しいとはいえこの国の貴族令嬢で妙齢女性が髪を切ることはごく稀だ。
しかも平民の少年のような恰好をして、女嫌いの当主直々の紹介状を持ってきた『レナード』。
──女顔の男と思うのは当然、と言ってもそう過言ではない条件が揃っている。
ヴィンセントは勿論誤解した。
誤解したヴィンセント視点でのレナードは
『年齢が十代前半とおぼしき貴族に相応しくない恰好をした女と見紛う華奢な美少年』
──である。
レナードは特別美人ではないが、愛嬌のある顔をしている。
そんなそれなりに可愛い女の子……『に見える少年』だと考えたら、十代前半の、それはもう完全に美少年だろう。
(…………『見ればわかる』。 ほほう…… )
ヴィンセントは眼鏡を直しながら、口角を歪に上げた。
そして
(わ か る か ───────!!!!)
叫んだ。心の中で。
──ロイドはレナードが男装をしていることを知らなかったのだ。
ちなみにケイシーの報告漏れではない。
レナードは偽装の理由からではなく、納品の為に荷降ろしをしている夫婦の手伝いがしたくて思いついたので、着替えたのはケイシーが出た後のことだった。
(えっもしかして旦那様は夜会でまた女性に酷い目に遭わされてそっちの趣味に走ったんだろうか?! 華やかな王都にはその分後ろ暗い場所も豊富にあるし!! だとしたら尚のことどう扱っていいかわからんわぁ!!)
とまあ、ヴィンセントが決定的にどうしていいかわからなくなった結果……とりあえず空いている一番いい使用人部屋(※本来侍女長が入る個室)に案内し、鷹を飛ばしてその返事が来るまで待機させることにした。
なにしろ愛娼だったら無碍にはできない。
しかし、待てど暮らせど、鷹は戻ってこなかった。
それもそのはず、ロイドはほぼ不眠不休でなんとか仕事に片をつけ……こちらに向かっていたのである。