露店の食べ物は美味しく見えるが、食べ歩くには向いていないものも結構あるので注意が必要。
もう副題なんでもいい……(遠い目)
三日後、レナードは無事エルミジェーン伯爵邸まで着いた。
「ここまでありがとうございました!」
「いいえ、とんでもない」
当初予定していた四人の護衛だが、結局馬車の護衛二人で済んだ。
身代わりとなったケイシーだが、次期エルミジェーン伯爵への顔繋ぎという利点から、自ら請け負ってくれていた。
王都からルテルまで戻る交通費のみしか受け取らず、あとはサービス扱い。
更に、元軍人の酒造を営んでいる夫婦を紹介してくれ、なんと商品の納品ついでに、エルミジェーンまで送って貰えることになったのである。
幌馬車の荷台は樽や酒瓶の入った箱が詰め込まれていたが、思いの外快適だった。
たまに長旅の際にそこで寝ることもあるようで、クッションも用意されており、尻が痛くなるようなことも無かった。
「これ、少ないですけれど」
この夫婦もついでだからと乗せてくれただけなので、給金は発生していない。だから護衛は通常よりもひとり分浮き、経費も浮いた。
結果、今回かなりの金額を浮かすことが出来た。
気持ち程度の礼金の包みをレナードが渡すと、夫婦は苦笑いし、受け取らない。
「いただけませんわ。 沢山手伝って頂いた上、ご飯までご馳走になってしまって……」
「そうだぜ、アンタよく働いてくれたし、こっちが出さなきゃいけねぇくらいだ」
レナードは給金の代わりに食事代は提供すると言い、また、道中荷降ろしなどの手伝いも行っていた。
それでも護衛の場合、宿代、食事代は必要経費。宿代も自分の分しか払っていないので、安いものだ。
「いえ、お陰で楽しい旅になりました。 気持ち程度ですのでお受け取りください」
そう言って手を握るように包みを渡す。夫婦も有難く受け取ることにした。
「じゃあ代わりと言ったらなんだが……コレ。 領主様の土産にでも」
「うわぁ! ありがとうございます!」
レナードは夫婦の作る地酒の酒瓶を一本手に入れた。
夫婦が作っているのはワインではなく、ルテルで採れる穀物を使った濁った甘めの酒。
主に大衆酒場に納品される。それだけに一部の酒好きな貴族しか知らないが、とても美味しい。
互いに名残惜しみながらも、レナードと夫婦はそこで別れた。
幌馬車を引きながら、男はもう見えないレナードを気に掛けている妻に言う。
「全く、惜しいなぁ。 あれが貴族令嬢とは。 初日から驚かされっぱなしだったぜ」
子爵家の馬車を見送ったレナードが、ケイシーと入れ替わったのは御存知の通り。
ケイシーとジェイミーが馬で出てから暫くして、夫婦は『翠の竜の爪』にやってきた。
一階の酒場に酒を納品した後、昨晩のうちに話を聞いていたふたりだったが、実際にレナードを紹介されて驚いた。
薄汚れたキャスケットに、ブカブカのシャツを肘近くまで捲り上げ、やはりオーバーサイズのズボンをサスペンダーで留めた姿──
レナードはどうみても貴族令嬢でないどころか、平民の少年のような恰好をしていたからである。
しかも恰好だけではない。
「初日は野営になってしまったのに動じないどころか、兎まで捕ってきてくれたしね……」
レナードはトランクに、ボウガンを忍ばせていた。
レナードは剣は得意ではないが、弓も使える。馬には当然乗れるが騎乗しながらの弓は難しいので、リュドにボウガンを作らせておいたのだ。勿論食費削減の為である。
普段から狩りに使っているものを、念の為(※護身用ではなく野営用に)子爵家の馬車に積んでおいたのが役に立った。
服もその為に入れておいた狩り用の服で、リュドのお下がりを自分で直したもの。
「狩るのはともかく、貴族令嬢が兎を捌けるとは流石に思ってなかったな」
ご飯の為に狩っているので、捌けなくては話にならないわけだが、これにはとても驚かれた。
余談だが、子爵家では兎は犬が上手く捕まえてくるので、レナードが狩るのは圧倒的に鳥が多い。おかげで煮沸消毒した羽根から寝具も作れ、一石二鳥。鳥だけに。
兎の皮は通常皮小物として加工するが、処理工程に時間と手間が掛かるため、今回は埋めている。
「お貴族様のご令嬢なのに、気取ったところもなくて……こんな言い方不敬かもしれないけれど、いい子だったわねぇ~」
「ああ、豪胆で気風もよく、体力もあったしなぁ~」
『豪胆で気風もよく、体力もあり、働き者』
──褒められまくりのレナードだが、いずれもおよそ貴族令嬢に向けられるモノとは俄に信じ難い褒め言葉であった。
そんなレナードだったが、旅の目的地であるエルミジェーン伯爵領でこれが予想外の事態に発展する。
エルミジェーンには昼前に着いてしまった。
目的の伯爵邸は市街を見渡せる小高い丘の上にそびえているが、そう距離はないようだ。
「せっかくだし、街をブラっとしてお昼でも食べてから行こうかな~」
ジェイミー経由で得た金子は一旦子爵に渡し、不慮の出来事があった時でも困らない程度に当座のお金を貰い受けたレナードは、それをいくつかに分割して忍ばせてある。
有難いことになにも起こらず、必要諸経費として概算し計上していた分すら、かなり余っていた。
(普通に店に入ってもいいけど、露店の物を食べ歩くのもいいなぁ)
ティレット領では一応領主の娘。食べ歩きは叱られるので、できなかった。
叱られていることで察せらるように、たまにこっそりやってはいたのだが。
幾つかある露店の中から、レナードは串にかぶりつく系の食物を購入することにした。
これは流石に、祭りの日にすら食べ歩きを本当に許されなかったという、憧れの品──なにしろ豪快に切られた肉の塊に、テロッテロに光るタレがかけられているのである。
淑女が上品に食べるには、至難の技……いや、むしろ無理。かぶりついてもタレが落ちる。
タレなど落ちても構わん……!
そう強い意志を抱いて、レナードがかぶりつこうとしたその時──
「そこのお前!」
「…………」
邪魔が入った。なんだかデジャヴ。
何故か食う時のタイミングでよく邪魔が入る、運のない女、レナード。
だが今回は既に食べ物を手にしている。前と同じ轍は踏みたくないのでとりあえずかぶりついた。
「キャスケットを被ったお前だ!」
(……このお肉、切れないわ~)
仕方ないので三分割されている塊のひとつを無理矢理口に詰め込むと、口の中がいっぱい。
「……ふむ?」
「…………」
返事ができない状態で無理矢理返事をし、振り向くと、そこにはジェイミーと同じ隊服を着た男──
エルミジェーン伯爵領騎士団員である。
ジェイミー(25)よりもレナード(17)に年齢が近そうだ。
※皮小物に関してだけは、本作品での兎の小物は毛皮を使用したものであるというニュアンスから敢えて皮と表記しています。
いつも誤字報告ありがとうございます!