結局のところ、目的が明確でより具体的な者の方が最適解を導く。もっとも、誰にとっての最適解なのかはまた別の問題だが。
男達は、計画の中止を内心で喜んでいた。
「貴族の娘は高く売れる。 残念ながら金髪じゃないがな」
「騒ぐようなら輪姦して黙らせたあと、娼館に売っぱらいましょうや」
「その場合隣国がいいですよ、足がつきにくい」
「違ぇねぇ」
欠片の品性も感じられない会話をしながら、男達は馬や馬車のある宿の納屋入口を見張り、ふたりが動き出すのを待つ。
いくら騎士がついていようと、多勢に無勢……幸いここルテルは隣町のリルミネッザとは違い、人気のない場所も多い。
男達は屑だが、それぞれ腕には自信があった。
「馬車で出てこられたらどうします?」
「御者を弓矢で射殺し、乗っ取ってそのまま売りさばきにいこう」
「へへ、その場合躾は馬車内で順番ですかね」
「問題は護衛の数だけだな」
「来たぞ……何人いる?」
ふたりは宿の従業員を伴って、表に現れた。
だが護衛ではなく、騎士の馬の用意と見送りのようだ。
馬は騎士が乗ってきた一頭しか出てこず、馬車が出る気配もない。男達はほくそ笑み、ゆっくりと動き出した。
「奴等が馬に乗ったら三方向から囲い、徐々に距離を狭め人気のない方へ追い込むぞ」
「「了解」」
──犯人sideだとこんな感じだった訳だが、その時既にレナードは護衛と入れ替わっていた。
追い込んだつもりが誘い込まれていたわけである。
「まあボコボコにして憲兵に突き出してやりましたけどね。 領騎士団だと、もしかしたら繋がりがあるかもしれないし」
そう語るのはケイシー。
話は再びロイドside。現在の公爵家タウンハウス、騎士詰所応接室に戻る。
細かい経歴は省くが、彼女も元騎士である。
レナードの身代わり役は、ケイシーが務めていた。
ふたりの髪色は似ているが髪質は違い、彼女はストレート、レナードは癖毛なので、髪は巻いてそれらしく装っている。
ケイシーはロイドに経緯を説明するために、ジェイミーと共に公爵家に赴いたのだ。
──レナードの計画について。
まずは、昨夜のジェイミーの二択のところから語りたいと思う。
「それで、二択とは……?」
「ケイシーさんの仰ったように、タルコット卿の騎士服は目立ちます。 それを利用するのです。 まず一つ目ですが、騎士服をお借りし、囮に着せます」
「……成程」
成程、とは言ったが、通常ならば到底受け入れられることではない。
騎士にとって隊服は誇りと忠誠の証であり、所属を示す大切なもの。当然貸与など絶対に許されず、重大な軍規違反にあたる行為だ。
だが、そもそも自分の迂闊さが作り出した事態……ジェイミーは了承する覚悟を決めた。
「──わかり」
「いけません、タルコット卿」
苦渋の面持ちで返事をしようとしたジェイミーだったが、それを遮る強い口調で彼を諌めたのは、ほかならぬレナードである。
「軽々に判断されては困ります。 第一、話はまだ終わっていないのですよ? ただお借りするのではありませんし……そんなことでは、簡単に足元を掬われてしまいますよ」
「全くだ。 貴殿はどうも人が良すぎる! このままではそのうち友人だと思ってた人間に騙されて、莫大な借金を背負わされる羽目になるぞ!」
「変な壺とか買わされたりな!」
迂闊さを反省しながら更に迂闊なジェイミーに、子爵家一行から妙に具体的な例を絡めた苦言が飛ぶ。その勢いにジェイミーは何故か小さく『すみません』と謝り、ケイシーは吹き出した。
「とりあえず借りる方の詳細は一旦置いておいて……ではもう一つの方を」
「……はい」
「タルコット卿ご自身に、囮となって頂きます」
俄に緩んだ空気の中、サラリと告げたレナードの言葉。空気は再び変化を遂げる。
誰もその意味するところを、明確に理解できていない。
まずケイシーが答え合わせに入った。
「お嬢様……どちらにせよ『囮を使って相手の目を逸らし、そのうちに、通常通りのルートを使用して帰る』ということでらっしゃいますか? それは危険すぎます」
皆は頷く。
レナードはそれを見ながらゆっくりと首を横に振った。
「違います」
──そして、ようやく計画の全貌が明らかになる。
「まず、護衛は最大四人。 内、一人は私の身代わりです。 馬車は通常通り帰って頂きます。護衛も通常通り二人。 タルコット卿と私はそれを見送り、一旦宿まで戻ります。 次に私の身代わりとタルコット卿の騎士服を着た囮、もしくはタルコット卿ご自身に、逆の王都方面に向かって頂きます」
そこまで聞いて、皆は一様に困惑した。
「タルコット卿、ですから騎士服をお借りする場合、直ぐには返せません。 よくよく考えてご判断を」
「いや、それはともかく……」
「レナード、お前はどうする気だ?」
──そこだ。
馬車には乗らず、囮とは当然別。
ここまでで出てきた護衛はジェイミーと彼の身代わりを除いて三人だ。残りのひとり(またはジェイミー)を護衛につける……それはいいが、どうやって帰る気か。
安全性のみを考えるならば、馬車が危険ルートを通る意味はないし、二手にわかれるとなると金も相応にかかる筈だ。
その答えはこれだった。
「私は王都にも、子爵家にも戻りません」
レナードはキッパリとそう言い、胸に手を当てる。
そして口の端を持ち上げ、誇らしげに笑って続けた。
「出稼ぎに行ってまいります。
安全なところまでは護衛の方と……或いはタルコット卿と共にね」
胸に当てた手──彼女はあるものを、肌身離さず大切に懐に忍ばせている。
あるものとは、紹介状。
ロイドに貰った、エルミジェーン伯爵邸で働く為の。