失敗をチャンスと捉えるのも、やはり俯瞰で見れる他人だったりする。
宿屋『翠の竜の爪』の看板娘ケイシーは、御用聞きでもある。
この場合の御用聞きとは、旅の護衛の手配だ。
ケイシーのマッチョな旦那もそうだが、従業員が軍人や傭兵上がりなのである。手配する護衛も普段は従業員……なにしろ腕利き揃いで、宿の警備も万全。
『翠の竜の爪』は知る人ぞ知る、一部に有名な宿なのだった。
ティレット子爵家はもともと辺境伯の執事の家系だった。
そもそも、ここを含むいくつかの宿屋のこういったシステムは、授爵し拝領した初代が『まだ戦えるが、抜き差しならない事情により除隊または退役を余儀なくされた者』の再雇用の為に考えたものらしい。
お陰で今も、優秀で信頼のおける護衛を格安で雇うことができている。
「今回はお嬢様もいらっしゃいますから、公爵領の先は厚めにした方が宜しいかと」
そこまで告げてから、ケイシーはチロリとジェイミーを見る。
「どうやら既に一人いらっしゃるみたいですけど……」
「ああいや彼は──」
子爵がこれまでの経緯を説明すると、ケイシーは時に「まあまあ」と少女のような声を発し、クルクルと表情を変えたが……最終的には呆れた顔をした。
「まあ……じゃあ騎士様はお嬢様の護衛? あらヤダそれなのに……失礼ですけど騎士様、貴方まるでわかってらっしゃらないわ」
「なにか問題が?」
「その騎士服ですよ。 ただでさえ目立つ上に、お嬢様が『ロイド卿の特別だ』と宣伝して歩いているようなものではないですか」
ケイシーの意見はもっともだった。
スピードバトルなんぞしとらんで、もっとそういう部分に気を使うべきである。
「確かに……申し訳ございません……!」
「いや! 気にしないでください!!」
レナードにしてみれば、棚からぼたもち的に降って湧いた橋の修繕費の方が大事。
ジェイミーの護衛なんか、元々なかったのだし。
だがそんなレナードに、ケイシーは苦言を呈する。
「そうも言ってられませんよ、お嬢様。 公爵領ではお貴族様を襲うような真似をする輩はあまりおりませんが、この先、抜けたあとのルートは危険です」
行きも三人の護衛を雇い、一気に駆け抜けた地帯──
危険だが、イーストン公爵領隣・マギル侯爵領間を大幅にショートカットできる道があるのだ。
その昔、イーストンとマギル、親族間での諍いから内乱に発展。それによってひとつの街が地図から消えることとなった。
栄えていた街だったが戦の舞台となり人が消え荒れたこの街は、和解後も、どちらの領地にも組み込まれないまま放置され、今に至る。
ここのメインストリートを使うと、圧倒的な早さでマギル侯爵領まで行くことができる。しかも、侯爵領に入ってから次の宿のある地域にも早く進め、最終的に二日半稼げるのだ。
街としての機能は無くなったが、道や建物は健在……そのため領地から追いやられた貧民や、クスリで身を持ち崩した者などが多く住み着いた。
彼等はその日暮らし。なので人を襲うのに躊躇はなく、そこに大義名分はいらないし、当然倫理観などないに等しい。
パンひとつ、数本の煙草、酒の一杯で簡単に人を殺す。それが誰かなど関係ない。
「まあそうは言っても、彼等をやり過ごすことは容易い……ですが、予め狙われているとなれば、話は別です」
曰く、そこに暮らす者に交ざって手練を放たれる危険があるのだと言う。
通行許可を取る決まりから、馬車がどちらの領にも着かないとなれば事件になり、双方の騎士団なり、憲兵なりが動く。
だがそれまでは、取り締まりなどしていない地域だ。
「相手は身バレをしたくないので、なるべく大事にならないよう動くでしょう。 ですが騎士様のお陰で、お嬢様単体を狙うのはまず不可能です。 狙うとしたら、馬車ごと。 それが可能な地域はあそこしかありません」
子爵自体が襲われて死亡したとあれば、それは大変なことだが、レナードは息女で三女。
騒ぎにはなるが、残念ながらさしたる影響などない。
しかも危険なルートを選んだのは子爵自身である。
そしてジェイミーの騎士服のお陰で動向が目立ってしまった。
既にここにいることも把握されていると見て間違いないだろう、そうケイシーは言う。
「ふむ、そうだな。 ここは安全を第一に別ルートで行こう。 なるべく安く済むルートで」
「失礼ながら子爵様? なるべく安く済むを考えたら、安全は第一ではない気が」
「俺はこの『峠越えルート』推しですぜ!」
「リュド殿は走りたいだけでは……」
「……ケイシーさん」
ずっと黙って下を向いていたレナードが、突如声を発した。
「護衛は一人お幾らですか? 給金の細かい割り当ても教えてください」
よくよく見ると、下を向いていたと思われたレナードのテーブルには、結露の雫で旅の費用と思われる計算がしてある。
レナードは貴族学校には通っていないが、貴族淑女として恥ずかしくないよう(※仮に良家に嫁いでも、教えて貰って経営の補助はできるレベルで)教育は受けている。
また貧乏子爵家での『家政を取り仕切る』は『カツカツの生活費で諸々を振り分ける』を意味しており、費用の分類と計算は必須である。
そして既に、レナードはジェイミーから金子を受け取っていた。
ジェイミーが自ら全額渡し、生活に必要な分の金はその都度請求することを望んだのだ。
彼にしてみれば、主の想い人(と家族)……ということになっている。護衛としての任は、エルミジェーン伯爵領騎士としての仕事であり、給金は出ているのでなんら問題は無い。
また、ロイドは『足らなかったら連絡しろ』とまで言ってくれたので、全額渡すこと自体にも問題はなかった。
しっかり者のレナードはそれをすぐ確認し、総額をきちんと把握している。
「お父様、護衛は私がいなくても、いつも行きと同じ三人ですか?」
「いや、通常はふたりだ」
「……わかりました。 ケイシーさん、
私ぐらいの身丈の女性の護衛、いえ、男性でも構いませんが……そういう方は用意できますか?」
「「「!」」」
その言葉に皆は『護衛がレナードに成り代わる』と理解した。──だがそれには疑問が残る。
レナード自身はどうするつもりなのか。
「……できますわ。でも」
「では手配をお願いします」
「レナード、なにを考えている?」
レナードはケイシーも子爵の言葉も無視して、ジェイミーに向き合った。
「タルコット卿にもお願いがあるのですが……う~ん、少し申し上げにくいというか」
「なんなりとお申し付けください!」
ジェイミーは自分の至らなさを悔いていた。
彼は柔軟で起こった状況への機転は利くが、起こらないと自ら深くは考えないタイプだ。頭が悪いのではなく、如何せん脳が怠惰なのである。
だが素直で、義には厚い。
元々キリリとした顔を更に引き締め、真摯な気持ちで言葉を紡ぐ。
「レナード嬢をお守りするのが私の任です……是非とも先の汚名を雪ぐ機会を」
「……そこなんですよねぇ~」
「え?」
「いや結構、二択から選んで頂きましょうか。 私の考えはですねぇ……」
ようやくレナードは計画の全貌を話し出した。
それはそこまで無茶で無謀なものではなく、尚且つ費用を抑えられるという妙案ではあるのだが……
案の定ジェイミーだけが、突きつけられた二択に頭を悩ませることとなった。