計画は計画に過ぎず、計画通りにならないどころか場合によっては遂行すらされない。
夜会が終わると、ロイドは密かに呼び出された。無論、メイヴィス王女にである。
曰く、『子爵家の馬車が襲われたが、御者の機転により無事だった』とのこと。
シルベスタはどうやらそういう風に、主に報告した様子。
……当たらずといえども遠からず。
「実行犯はシルベスタが捕縛して、騒ぎを耳にして駆けつけた騎士団に引き渡したそうよ。 ただそこらのゴロツキを使ったらしくて……犯行を持ち掛けた人物の特定は難しいでしょうね」
心当たりは無きにしも非ず、といったところ。
女性と関わりがあった学生時代、些かエキセントリックな令嬢(※やんわりした表現)が多過ぎた為、一人には絞れないのだ。
騎士団の取調べを待つよりないが、おそらくそこからの特定は、メイヴィスの言う通り難しいだろう。
今夜のことはメイヴィスが既に警備を指示してくれた。
計画が失敗したばかりで、すぐまた狙うとは考え難い。それに王宮ホールで『特別な関係ではない』ことは友人達に話したので、ある程度話は回っていると思われる。
(だが安心はできない)
そう思ったロイドはタウンハウスに戻ると、帰りの道中では何事も起こらないように、また、仮に起こっても対処できるように、計画を立てることにした。
──ただし、この時点ではそこまで『至れり尽くせり』なものになる予定ではなかった。
(よし、まずはジェイミーに護衛としてついていってもらおう)
彼は自身の護衛であるジェイミーを子爵家につけることにした。若いが強く、機転も利く。
そうするとジェイミーに指示を出さねばならないし、レナードに手紙もしたためなければならない。
ロイドはまず思い付いたままメモ書きし、計画の詳細を纏めていくことにした。
──カリカリ。
インクの内蔵されたお気に入りのガラスペンを使い、箇条書きにメモをとる。
夜会では考えなしだった。
今度は不備のないようにしたい。
(彼女がエルミジェーンに来る時のことも考えなければ。 ……まだ公務もあるし、戻る際に拾っていくか)
──カリカリ。
(ふむ……そうすると些か期間が空くな。 送るだけのつもりだったが、ジェイミーは子爵領に残そう。 迎えに行くまで護衛を続けて貰えば安心だ。 定刻に鷹を飛ばせば向こうの状況も見える)
──カリカリ。
(しかしジェイミーは平民上がりとはいえ準貴族……しかも自分らの護衛となれば、どうしてもなにかと気を使うことになってしまうだろう)
派閥と領地の場所柄、今まで関わることはなかったが、公爵家の教育の上である程度の情報は頭に入っている。
今の子爵は真面目で実直であるとの評判だ。
現に子爵は善良そうで、若造である自分に対しても畏敬の念を示してきた。
そしてティレット子爵家がお世辞にも裕福と言えないことは、レナードの発言で充分理解している。
(……食い扶持が増えるのはよくないな。 実際ジェイミーはよく食べるし…… よし、こういう時こそ金を使おう。 少し嫌味だが経済力を見せつけて、余計な心配をさせないようにしなければ!)
──カリカリ。
(俺のせいで夜会を楽しむこともできなかった上に、危険な目にまで遭わせてしまった。 折角だから安全なルートでいい宿と食事を提供し、楽しんで帰っていただこう)
──カリカリ。
こうして色々考え……極力不備の無いよう計画を立てた結果。
ティレット子爵に『謎の接待』と言わしめる、至れり尽くせり豪華漫遊旅風になったのである。
これに訝しんだのは、子爵だけではない。
「……ロイド様」
「なんだ?」
「私はどれだけの期間、子爵家の護衛をする感じでしょうか?」
ジェイミーにかなりの額の金子を持たせたことで、彼も訝しんだ。
内容を聞いて額に納得はしたが、今度は『なんでそこまでするのだろうか』と違う方向で訝しむことになった。
勿論、護衛予定のレナード・ティレット子爵令嬢との関係を。
(……主の想い人を任せていただけたのだろうか。 信頼に背かぬよう、精一杯努めねば!)
──そんな思いで護衛の任にあたったジェイミーだったが。
「いや~、いい飲みっぷりですね! タルコット卿!!」
「リュド殿こそイケる口ではありませんか。 子爵様も、どうぞもう一杯」
「うむ、頂こう!」
「…………」
今やスッカリそんなことなど忘れていた。
あの後、馬車に追い付いたジェイミーとリュドの間に謎の友情が生まれ……そこから会話の流れで『子爵領の橋が壊れた』と知ったジェイミー。
彼は独断で『ルート変更はせず、浮いた分の金銭を橋の修繕費として寄付する』と申し出てくれたのである。
ロイドの信頼は正しく、彼は実に機転が利く男だった。(※若干の揶揄)
誠に現金だが、これに子爵はすっかり掌を返した。
何故なら指定された宿や食事処は超高級……費用捻出に頭を悩ませていた子爵にとって、こんな有難い申し出はない。
旅の資金援助なら謎の接待──そんなものはお断りだが領地と民の為ならば、同じ金でも支援。恩義として刻むものだ。
そんなわけでルートは、本来の子爵家一行の計画通り進んでいる。
その旨を記して鷹を飛ばしたが、独断決定・事後報告になってしまったのは致し方ない。
こちらは受け手であり、あちらが鷹を飛ばす時間は決まっている。すでに鷹笛で場所は示したが、返事が来るのは明朝になるだろう。
今一行は、経由地であるイーストン公爵領の港町・リルミネッザを越えた、ルテルという小さな町にいる。
町の賑わいは比べ物にならないが、日用品の物流的にはさほど変わらない。だがルテルの宿は、リルミネッザより断然安いのである。
行きがけにも泊まり、出る時予約したので通常より更に安い。子爵がルート変更を嫌がった理由のひとつだ。
宿屋に着いた四人は少し休んだあと、下の酒場の個室で食事を摂っているところである。
王都の行き帰りは必ずと言っていい程この宿に宿泊するので、いつもなにかしらサービスしてくれる。
だが個室なのは、息女であるレナードがいるのを慮ってくれた……というわけではない。そこにはある目的があった。
「毎度ありがとうございますゥ♡」
酒宴が始まって間もなく、宿屋の看板娘(とはいってもアラサーの人妻だが)、ケイシーが挨拶にやってきた。
ケイシーは明るく朗らかで、働き者。
笑顔の際にできるエクボが愛らしい。
リュドは「人妻じゃなけりゃな~」とかなり本気で言って、愛妻家のマッチョな旦那に笑顔で締められた過去がある。
今回も魅惑の営業スマイルで、愛想良く頼んだ料理を持ってきたが……
扉を閉めると、壁際にある空き椅子を持ってきて腰を掛け、踝までの長いスカートの中で脚を組んだ。
むこう脛で蹴りあげられたドレープの多いペチコートがスカート重めの生地を浮かせ、バサリと音を立てる。
「──それで子爵様、今回の御注文は?」
そう言って、ケイシーはニヤリと笑った。