常に中心にいるのがヒロインならば、この物語にはヒロインも存在しない。(※作者談)
ヒロイン、脇役。
翌朝、疲れを取り復活した子爵家御一行。
時は金なり、貧乏暇なし。
故に、身体が資本な彼等……日々培ってきた、素晴らしい回復力である。
すぐに王都を発つ予定だった彼等の前に、手紙が届けられた。
「ティレット嬢、こちらを。 我が主から急ぎ預かって参りました」
届けたのは騎士の隊服を着た、若く逞しい男性。
隊服の胸と左腕上部には、風を切るように羽を広げたツバメのシルエットに、オリーブの紋章が鮮やかに刺繍されている。
この国では国に仕える聖騎士 (貴族)と、それとは別に領主に仕える騎士 (平民でも可)がいる。所属をハッキリさせる為に、騎士は必ず仕える家の紋章が入った隊服や鎧を着用する決まりがある。
(ツバメの紋章……多分ロイド卿の騎士だわ)
ドハティ公爵家の紋章は鷹である。
系譜から派閥に属している家は、派閥の代表の家に倣って紋章が決まる。鳥類ということは、そうなのだろうとレナードは思った。
それにティレット子爵家には、鳥類の紋章を持つ貴族に親しい知り合いなどいないのである。ロイドくらいしか考えられない。
レナードの想像通り彼は、ロイドの任されている『エルミジェーン伯爵領』の騎士だ。『ロイドの騎士』と言ってもそう過言ではないだろう。
系譜から派閥に属する程の、由緒正しい血統ではないティレット子爵家の紋章は……犬である。長毛種の。
可愛いので領民の女子供には割と好評。
ちなみに騎士団はない。
「…………ええぇぇ」
手紙を読んだレナードはおもわず、不満であるかのような微妙な声を漏らした。
チラリと目の前のやたらデカい男を覗き見ると、それに気付いた騎士が、恭しく頭を下げる。
「申し遅れました。 ……私、エルミジェーン伯爵領騎士を務めさせて頂いております、ジェイミー・タルコットと申します」
「レナード・ティレットです……あの、本当についてくるんですか?」
「ええ、そうご心配なさらないでください。 騎士爵は賜りましたが、私は平民上がりですし。 なんでも気軽にお申し付けください」
「いや、そういうことでなく」
「金子も充分に預かりました」
「いやだから…………はァ。左様で……」
話が通じる気がしない。
仕方なくレナードは、肩を落としながら馬車に乗り込んだ。
決定権など自分にはない。ただし、騎士様も。
それを持つのはロイド卿であり、或いは父である。
早々に諦めたレナードだが、諦めが早いのは悪いことではない……何故ならとても省エネルギー。
体力は大事である。
無駄に使うくらいなら、温存しといた方が良い。
「……あの騎士様はなんだ?」
走り出した馬車に、付かず離れずついてくるジェイミー卿。
当然、子爵は即座に疑問を投げる。
「護衛だそうです」
「護衛!?」
「はい、コレ」
レナードはぞんざいに子爵に手紙を渡した。
手紙には昨夜の暴漢についての諸々と、それがおそらく『自分のせいである』旨とその謝罪だった。……そこまではいいのだ。
何故か帰りのルートが指定されている。
宿屋から食事の場所まで、細かく。
しかも、いずれも名だたる高級宿や王家御用達の名店ばかり。
──そして、それにかかる費用と護衛について。
曰くジェイミーは『護衛兼、お財布』。
子爵家御一行を送り届けた後も彼は残り、子爵邸付近に滞在。
護衛を続けながら、連絡がくるまで待機するそう。
今度はレナードを、エルミジェーン伯爵邸まで送り届ける為だ。
その際の指示は別途、連絡と共に寄越すらしい。
「……なんだコレは……! 至れり尽せりじゃないか!!」
繋がりのない高位貴族の御子息からの、謎の接待……見返りを求められることを考えずにはいられない子爵は、恐怖のあまり叫んだ。
そして馬車の通気窓(※注)を全開まで開き、騎士に怒声を上げる。
「漫遊じゃないんだぞ!? ダメだダメだッ! 昨夜も何も無かったようなものなのに、こんな素敵旅などをしたら一生頭が上がらん!!
貴様の主に『御配慮痛み入りますが、分不相応ですのでどうぞお気遣いなく』と伝えておけ!!」
「流石ねお父様……言動が揺らがないわ!」
騎士には怒声を浴びせても、きちんと伝達部分は丁寧な子爵。
だが、ジェイミーは動じない。馬車の横に馬をつけてキッパリと一言。
「そういう訳には参りません」
「──チィッ」
子爵は舌打ちをして窓とカーテンを乱暴に閉めると、今度は御者台側の通気口からリュドに声を掛ける。
「……リュド!」
「あいよぅ!!」
暫くの間普通に走っていたが、王都の検問が終わり道が開けると、馬車は突如速度を上げた。
道自体は広いがいくつか分岐があり、しかも数台の馬車が走っている。
他の馬車の馬をあまり驚かせないよう絶妙な距離を空けつつも、ひらりひらりと間を抜けながら、手紙の指示とは別コースに進んでいく。
「ほう……!」
よもや御者+ふたりと荷物が乗った馬車とは思えない勢い。しかも砂塵を計算し、煙幕代わりに使っている。
その手腕にジェイミーは感嘆の声を漏らした。
「なかなかやる……しかしこちらとて騎士の端くれ、舐めて頂いては困る」
暫し子爵家の馬車を眺めていたジェイミーだが、それは余裕の行動……なにしろ小回りも重量も違う。
騎士の矜恃としての、言わばハンデである。
──既に薄々感じている方もいらっしゃるのではないだろうか。
そう、彼も大分どうかしているのだった。
※この国の馬車構造上、普通の窓(硝子窓)は嵌め込み式。ハンドルを回して開閉する木製の通気窓(ルーバー窓)が別にある。尚、御者台側(フロント部分)はサイドより小さく、開閉はできない。窓というより通気口。
☆以下、どうでもいい設定☆
★ティレット子爵家のカスタム馬車
中央に扉、扉の半分から上部分がルーバー窓、同じ高さの左右に嵌め込み窓となっている。
反対側も同様。(つまり両側に扉がある)
フロントは右側に小さな嵌め込み窓、左側に通気口。
通気口は御者台に座ると胸あたりの位置にくる。
安全バーはフロント側のシート下から引き出して、バック側のシート下にあるくぼみに嵌め込み、止める仕様。
バック側シート下部と奥にはトランクとして使用する空洞がある。トランク部分外側は斜めで、代わりに内部後方シートが少し内側に出ている。この部分に荷物を置いたり、背もたれを外してトランク内の荷物を中から出すことも可能。
背もたれの上あたり広範囲に嵌め込み窓、その上に同程度の大きさのルーバー窓なので、換気は抜群。冬場は少し寒い。
屋根部分に小洒落たフレームの荷台あり。
塗装は赤。ルーバー窓の下部分に子爵家の紋章(犬の横顔)が描かれており、それが可愛いと領民(主に女子供)から人気。
ちなみに構造は利便性と安全性を考慮した想像であり、資料は写真やイラストのみ。(ググッたけどよくわからんかったんだ……)
★子爵家の紋章と派閥
系譜として派閥に属していない子爵家は、そもそもヘンリット辺境伯の執事の家系。
飢饉の際に活躍したことで授爵、拝領。
初代は機知に富んだ有能な人物だったが、辺境伯のおかげで派閥に取り込まれずに済んだ。
初代の相棒犬がめちゃめちゃ賢かったらしく、それが紋章になった。
今も騎士の代わりに賢い三匹のワンコが子爵家を守ってくれている。
なにかと動物と縁深い家系。
子爵領の諸々の設定もあるにはあるけれど、書くとなにかとボロが出そうなので書かないでおきます……
そして書いたところで多分使わない。