そこそこ貧乏な田舎貴族の三女、レナード・ティレット子爵令嬢ののっぴきならない事情。
多分そんなに長くならない……筈!
──シャンデリアの光は、飾りのガラスが乱反射して目に優しくない。
レナードはそう思った。
彼女はティレット子爵家三女である。
母がレナードを懐妊した時のこと。
たまたま立ち寄った地元の祭で『弟が産まれます』と露店の占い師に言われた──という姉の報告に、ティレット子爵家の皆は喜んだ。
なにしろ女女と続いての待望の男児である。
しかしご覧の通り、蓋を開けてみると産まれたのは結局女の子。皆ガッカリ。
レナードは家の都合だけで言えば『要らない子』であった。
占いを真に受けて考えた雄々しい名前がそのまま反映されているあたりも、それをよく物語っている。
とはいえ、それなりに愛情を受けて育ったレナード。
領地は狭く、豊かとは言えないが飢えるほどでもなく。領民は朴訥で、悪く言えば田舎者。
そんなところを統べる領主もまた、お金があるわけではなかった。
一言で言えば、暮らしに困る程では無い貧乏である。
しかも、貴族で娘が三人だ。
「ドレス代がっ! かかるのだ!!」
父はなんの比喩でもなく悲鳴をあげていた。
「かかるのだ……ッ、ドレス代が……!!」
咽び泣いてもいた。
倒置法で強調しながら。
さもありなん。
娘三人妻一人……女ばかり。
妻はいいとして、娘は配偶者を探さねばならない。
なので末っ子のレナードはいつも辞退していた。
ぶっちゃけ、自身の婚姻にはあまり興味もなかったのである。それより目先の金が大事……レナードはそういう質の娘であった。
それでもまず下の姉の結婚が決まった。
だが、今度は持参金捻出の為に家計は逼迫した。
やはりレナードは夜会を辞退した。
次に上の姉の婿となる婚約者も決まった。
めでたいことだが、またそれなりに金はかかる。
金がかかるので気は乗らないが、流石にもう辞退する訳にはいかない。このまま小姑として家に残るのも嫌だったレナードは、ようやく重い腰を上げた。
家を継ぐ上の姉は学校へ行かせてもらったが、下の姉とレナードは行っていない。だが下の姉は器量と愛想が三人の中で一番良かったので、夜会やパーティーなどの目立つ場には彼女を優先して出させた。
レナードの役目は専ら家事や、姉達の社交の補佐……侍女の真似事である。
そんな侍女の真似事くらいしかしてない、似非令嬢レナードだが、今宵はとうとう夜会の主役。
無論『ティレット子爵令嬢』として、という意味に過ぎない主役ではあるが。
幸い淑女教育は母がみっちり叩き込んでいる。
これは勿論レナードにも。
家庭教師なんて贅沢なものは金があるお家だけ……使用人も通いの者がふたりで、毎日は来ない。
家事の合間に家計を助ける為、針仕事をして過ごしたレナードは裁縫には自信がある。
ドレスは下の姉から貰ったのを自らお直しした。
姉ふたりは非常に協力的で、どうにかこうにか流行りを取り入れたリメイクをすることに成功し、今に至る。
下の姉は嫁いだ伯爵家からドレス一式を……と言ってくれたのだが、嫁いだばかりで実家の妹に無駄金を流させる訳にはいかない、と辞退した。
靴だけは買ってもらった。
ひたすら家で皆の支えとして生きてきたレナードにとって、デビュタント以来の夜会。
なにもかもが新鮮である…………というよりは、胃が痛くて仕方ない。
あと、冒頭で語った通り、目も痛い。
(ああ目が霞む……こんな中から婚約者を探せとか、ハードル高すぎじゃない?)
しかし、ここで婚約者を見つけなければ小姑確定。
家を出るにも一介の田舎貴族の娘に都会で暮らせるほどの才も術もない。
地元は地元でティレット子爵がそれなりに領主として民から信頼を得ており、飢えてもおらずなんとか貴族としての体面を保っていることが問題だった。子爵家三女として面が割れすぎているレナードが、平民として働くのは少々難しいのだ。
本当は上の姉とその婚約者についてきてもらう筈だった。
学校に通っていた姉が、一番年頃の男女の知り合いが多い。少し上になるが、姉の婚約者の知り合いと出会うチャンスもできる。
だが、運の悪いことに、王都に向かう途中『領地で落石が起こり、橋が崩れた』という報せが入った。
不幸中の幸い、怪我人は出なかったようだが……次期当主である姉と婚約者は戻らざるを得なかった。
なにしろ父が戻ってはエスコートができないのだから。
とはいえ父を残しても、なにぶん毒にも薬にもならない子爵家である。知り合いと言える知り合いは数少なく、若いのはいない。
そんな経緯もプラスされ、レナードにはプレッシャーが凄かった。
……いっそ諦めてしまいたい。
(いやいやここで諦めたら、小姑確定。 そうだわ! 婚約者候補となる男性でなくとも、お金持ちそうな貴族のご令嬢とお友達になれれば侍女として雇っていただけるかも……ああでも知り合いがいない!!)
切り替えようとするも、やはり同じ部分がネックであると気付いて愕然。
父はそんなレナードに優しく言った。
「レナード、最初で最後の夜会かもしれないんだ。 あまり肩に力をいれず、楽しみなさい」
「お父様……」
レナードは察した。
──これは優しさというよりも、投げているのである、と。
最初で最後の夜会かもしれないんだ。
(中略)楽しみなさい。
意訳:今夜相手が見つからなくてももう夜会には連れていけないが、自力で探すとか多分無理だから、諦めて楽しみなさい。
(……こう言いたいのね?! こう言いたいのねッ、お父様ァァァ!!!!)
貴族ならではの、やんわり本音を包んだ言葉と見たレナードが、父へ視線を向けると……
微笑みを浮かべた父は、どこか遠い目をしている。
──自力確定。
かなりの無茶振り……というか振りですらない。
完全に諦められていた。