東京ドーム
ところで、国家の征服の仕方を知っているか?
今日からこの国は貴方様に従います。そう言わせるにはどうしたらいいのか。
国家の全権を持っている王様がいる国ならば話は早い。そいつを脅して全権を移譲させればいい。
では日本のように主権を国民が持っていたら?
選挙でもするか?
バカを言え。
ではどうするか。政治家どもを脅して法律や憲法を変えてしまうか?
それもいいだろう、最終的には俺もそうする。
憲法の一文に国家は環凌のものであり、全ての国民は環凌の意向に従わねばならない。そう記す。
しかしその為に政治家をコントロールし、議会を通じて法案を通して。などと悠長なことをやるつもりはない。第一面白くないではないか。
俺の取った方法はこうだ。
「私、環凌は私に従う意志のある者を募集します」
多少撮影環境を整えた俺は、開口一番、カメラに向かってそう言った。
ありとあらゆる命令に従ってくれる人員を募集します。一切の見返りを求めない人を募集します。人を殺せる人を募集します。一緒に世界を変える人を募集します。必要な衣食住その他、武器はこちらで用意します。
我こそは、という方は一週間後の正午、東京ドームにお集まり下さい。
海外からも来るかも、そう考えて一週間という期限を設けたが、長すぎたかもしれない。退屈で死にそうだ。
国を滅ぼすのなら一人で容易い。しかし日本程の規模の国を運営するなら最低三人ほしい。俺は面倒なのはしたくないので余所から応募しようということだ。実際に何人になるか解らない。やってみてのお楽しみだ。
一週間、旧約聖書によると神は六日で世界を創造し、七日目に休んだそうだ。
まーだから何だという話でもないのだが、ともかくたいした進展もなく一週間がすぎ、その日になった。
ヤジウマ、マスコミ含め四千人が集まった。
少ない。いや多いほうか? いや、やはり少ないか。どうでもいい。
地下にマウンドを収容した東京ドームは、さながら闘技場のようだ。
これがライブなどで、ステージや機材を持ち込めば印象も違うのだろうが、今日は必要ない。
俺はアナウンス室で、カフのレバーを上げた。
「あーテステス聞こえますか? ようこそお越しくださいました。では最初の命令です。私がストップをかけるまで殺し合いをして下さい。なお一度ドームから出てしまったら失格です。ではスタート」
詳しい説明はしない。
「お前等俺の告知を見て来たんだろ? だったら根性見せろや」
四千人は先ほどまでは固まっていたのに、お互いを警戒して距離をとる。
混乱。恐怖。さぐりあって動こうとしない。
「ウオオオオオオオオ死ねぇエェェ!!」
停滞を切り裂くようにして、痩せた男が目をギラつかせて若い女に飛び掛る。
武器のない殺し合い。この場の多くが、殺すというイメージに銃や刃物を結びつけすぎている。だからこそよけいに戸惑う。どうやって殺すか、どうやって殺されるのか。
痩せた男が女の顔面を殴る。
「へげ」
女が不細工な声をあげる。今の時代、裏稼業にいる者であっても素手で人を殺めた経験などありはしないだろう。
二発目はフック、三発目は右ストレート。たった三発の殴打。それでも歯が折れ、頬が腫れ、ひどい顔面になっている。
それでも死はまだ遠い。――殴打で殺すには。
殴った方の男の手も腫れている。喧嘩をしたことがないのかもしれない。あれでは拳や手首を傷めてしまう。
「くそが!」
言いたいのは女の方だろう、女は泣きじゃくるだけで何も言えない。
男が女を蹴り飛ばして馬乗りになると、その首筋に噛み付いた。
悲鳴があがる。噛み付かれた女ではない、近くにいた別の女だ。心の弱い者、あるいは健全な者が次々走ってドームの外に向かった。
もう説明せずともわかるかもしれないが、ドームは壁で囲ってあり、一度中から外に出るともう中に戻ることは出来ない。
組み敷かれた女が、足をバタつかせ、腕の力をいっぱい使ってなんとか男を押しのけようとする。
辺りの人間は闘いも助けもせず、自らの周囲におっぱじめる者がいないことを確認すると、スマホで生の殺し合いを撮影しだした。何が楽しいのか、ティックトックにでもアップするつもりなのだろうか。
広いドームの中では答えを得たからか、まばらに闘いを始める者達が出てきた。首を絞める。噛み付く、蹴る、踏む。殴る。武器になりそうな物を探す。逃げる者や、闘いはしないがその場にいる者の他に、隠れる者もいるはずだ。
闘う者の周りは人が離れて空洞が出来きた。輪の外の人間はお互いを警戒しながも興奮とスリルに流され始める。相手から来たらオレも闘う、そんな心の準備をし始める。
「やめろーーッ!」
輪の中に飛び込んでゆく者がいた。組み敷かれている女よりいくらか若い。まだ十代の女だ。
ホットパンツにブーツ、上にはジャケットを羽織っている。
「やめろって言ってるだろ!」
ホットパンツの女は男をどかそうとするが、男は組み敷いた女に噛み付いたまま離れようとしない。抵抗は徐々に弱くなり、このままでは死んでしまうだろう。
「ちくしょうッ!」
ホットパンツの女が、男のわき腹を蹴りあげる。
一発目がよほど効いたのか、二発目が当たる前に男は飛びのいてガードした。
「大丈夫か?」
組み敷かれた女はまだ息がある。男の噛む力が弱かったのか、自分で首を押さえるだけの体力はまだあった。
ホットパンツの女が周りの連中に軽蔑したような目を向ける。
くずが!
なんだよ、悪いか。
言葉にはしないが、周りの連中も目でいい返す。
俺はこの女にサービスしてやることにした。
ホットパンツの女の手、短機関銃がある。
壁で囲った箱。ドームの中では俺がルール。
無いはずのものを、有ることにするなど造作もない。
神の摂理すら捻じ曲げる。
突如現れた銃。
絶対的な死のイメージ。あれが自分に向けて放たれることを周りの連中はイメージした。
ホットパンツの女は、血を流す女をどうにかしてやりたい気持ちと、手にした短機関銃、そして周囲の視線を受けて迷っていた。優しさから来る迷い。迷ったから遅れた。遅れていることを周りの連中に悟られてしまった。
「よこせ」
「どこに隠し持っていた」
「本物? それ本物?」
女が凶器を持っていることに、身勝手な正当性を見出した者達が殺到した。武器を持っているのだから乱暴しても構わないと。
「来るなッ」
そのつもりはない。しかしトリガーには指がかかっていた。手にした短機関銃はMP5。毎分800発の死神を放つことが出来る、小型で瞬火力に優れた名銃である。
恐怖が指に力を入れさせ、手を硬直させた。視線に誘導された銃口が前を向き、装填、撃発。
弾丸が発射された。